第七話 策謀②

帝国暦1014年11月15日夕

バーミステラ辺境伯領領都ルーファス=キャピティス

領主宮 シーカイ・ユアン・バーミステラ


 古都ルーファス=キャピティス。

 

 ステラプエリ帝国東部最大の都市にして、バーミステラ辺境伯領の領都であり、帝都ロンディニウムに次ぐ歴史と格式を誇っている。

 当然、バーミステラ辺境伯の宮殿もその中心に鎮座している。

 

 外見は西や北の建築とは大きく異なっており、朱塗りの大柱を主体として、極彩色の装飾を散りばめる建築手法は、東方独自のものといえる。

 あらゆる色を注ぎ込んだ雲のような彫刻は、天空神教における天上の国を象っているという。

 

 歴代バーミステラ辺境伯が愛したこの芸術品は、『無憂宮』と呼ばれていた。

 

「アヒャ、ヒャハ、アヒャ、ああ、愉快じゃ、痛快じゃ……」


 誠に欣快の極みじゃ。これほど憂いが晴れたのは、久方ぶりじゃて。アウグストの小僧、まさにざまを見ろじゃ。あのしかめっ面をした熊が打ちひしがれている姿を想像するだけで酒が進むというものじゃ。

 

 ああ、素晴らしい知らせじゃった。

 小僧の金山が回復できるかも分からんような落盤事故でぱぁ。ぱぁじゃ!

 

 あの成り上がりの熊は、分を弁えず金で西の盟主ヅラをしておったが、力の源泉を失ったらその面相を保てるかのう。

 まあ、しばらくはメンツにかけてなんとかするじゃろうが、金子で集めた手下など、岩に落とした玻璃のようなものじゃ。あっという間に粉々じゃ。

 

 ようやく、成金のゴルドシュタインにつけ込む隙ができた。

 だが、吾が家中とて順風満帆というわけではない。

 いくつかの部族は相も変わらず叛乱の機会をうかがっているため、もうしばらくは内も外も小細工で凌ぐ必要がある。

 

 勝負に打って出るにはまだ早い。出るなら必勝を期さねばならぬ。

 それでも、火はついた。

 風を送り、燎原を焼き尽くす大火に育てる千載一遇の好機が転がり込んできた。

 

 どこをどう煽れば燃え広がる?吾ら以外がまとめて黒焦げになり、共倒れになってくれるのが最善。焼け跡に種をまけばよく育つだろう。

 策を練らねば。

 

「カークはおるか、誰ぞカークを━━」


 呼び出して気づく。カークはすでに放逐していた。あの智謀は息子の代には危険すぎると判断したゆえに。

 同世代の家臣は多くが鬼籍に入り、残りもほとんど引退して故郷で余生を送っている。思えば、一抹の寂寥が胸をよぎる。

 

「父上、ずいぶんとご機嫌ですな」

「おお、ツァオドンか。良いところに来た。さ、さ、近くに寄るのじゃ」


 ツァオドンが段を登り、近づいてくる。

 吾が上機嫌と聞いて、息子のツァオドンが様子を見に来たようだ。

 いつもは渋面で叱ってばかり。ここしばらくは不機嫌であった自覚はある。息子が不審に思って覗きに来るのも分からんでもない。

 

 ツァオドンはなぁ━━。

 

 辺境伯公子なのだから、浩然とした態度を取るのは良い。不安げな命令など、誰も聞かないだろう。

 だが、せめて一歩、一歩でいいから言葉を発する前に立ち止まり、因果を考えて欲しかった。

 

「どうされたのです?笑い声が朝堂まで響いておりましたよ」


 やれやれ、その何かを伺うような目つきは何度言っても治らんのう。

 

「アウグストの小僧が、高転びに転びおった。金山の事故で金熊が青熊になって萎れておるのよ」


 数拍おいてから、ツァオドンにも笑みが広がった。

 その反応の遅さに、失望が湧き上がるのが止められない。

 外面はいい。明朗で行動力がある男を装えている。


 だが、全てを口に出してしまう悪癖は治らないし、叱られるのを恐れてか、口に出したことを必ず実現させて辻褄を合わせようとする姿勢は、あまりにも後継者として不安がある。

 遅くに出来た子を甘やかしたのは大きな悔いとなって吾を責め苛む。

 

「雷公が青くなっているとは滑稽ですね。頼みの綱の金がなくなってしまえば、あの男は何もできないでしょう。いよいよ当家が躍進する時が来ましたな」


 そうじゃ、今じゃ。吾が生きている内にカタを付けねば!

 それがバカ息子への最後の贈り物じゃ。

 

 湧き上がってくる苦さと悲しみを抑え込むには少々努力が必要だった。それでも、自信と笑みを湛える表情を作り、愛する公子へと告げる。

 

「ツァオドン、西を煽るぞ。またぞろマンダレーとスカルドゥの阿呆どもが揉めておるゆえ、軍は動かせんが。まずは熊の巣穴を切り崩してやろう。そうじゃな、奴の寄子で目端の利きそうなカンクーン子爵あたりは、すでに動いておるじゃろう。あとは━━」


 あの熊はどう動く?

 

 あやつの性格を思えば、まずもって積極的な打開策を講じるはず。ならば不満の矛先を外に向け、なおかつ実利も求めるはず。


 矛はどこに向く?

 

「フジシマ、あの目障りなフジシマと潰し合ってくれれば楽しそうですな!」


 ツァオドンは、そうなって欲しいから口に出しただけだろう。

 だが、言われて検討してみると実に具合がいい。


 熊にしてみれば、フジシマに寄子どもをどかんとぶつけて、勝てば利権を奪い、手下の不満を略奪で解消できる。手下が勝てずとも双方疲労困憊なら、後はどうとでもなる。数の差があるのでまず、負けはない。

 

 やや距離があるのは問題であろうが、このあたりで金と食料がありそうなのはフジシマだけ。熊が襲う相手としては絶好ではないか?


 ならば、吾はフジシマを支援してやろう。あそこには魔導部隊がある。その実力はなかなかのもので、シンウィに貸し与えた兵どもから詳しい報告があがっている。魔導兵器を融通してやり、城にこもって戦えば、熊の手下どもは痛い目を見るやもしれぬ。

 その時に吾が家が西に押し出せば━━。

 

「ツァオドン、よう言うたわ。よいぞ、熊やその手下どもの目がフジシマを向くよう、赤旗でも振ってやろう。頭に血を上らせて突っ込んでくるよう仕向けてやろうぞ」


 さてさて、忙しくなるのう。


◆◆◆


帝国暦1014年11月30日夕

ゴルドシュタイン辺境伯領商都フロイル

モルガン商会


「ズミル鉱山について判明した情報を報告してくれ」


 私は、直属の部下である渉外課の課長に声を掛けた。

 この場には、商会の舵取りを行う部門長たちが勢揃いしていた。一つとして明るい表情はない。

 

 無理もない。

 私がこの商会を起こしてから三十年になるが、これほどの窮地に追い込まれたことはなかった。


 鉱山への投資が焦げ付き、在庫商品の価格下落が始まっている。調達予約した先物の消費財は、保証金の追加を求められている。

 まるで、つま先から少しずつすり下ろされているような絶望が、両肩を押さえつけてくる。

 

「はい、十一月八日の事故発生後、領軍が昼夜問わず復旧作業を行っておりますが、噴出する大量の水の排水だけで手一杯のようです。操業再開の目途は立たない模様です。十一日以降は情報統制が敷かれ、詳しい情報が出てこなくなりました。鉱夫たちも隔離され、軍が見張っている状況で手出しが出来ませんでした」


 円卓を囲む全員が大きなため息をつく。

 

 課長の報告は三日前から何も変わっていなかった。厳しく情報を絞るということは流言飛語を警戒しているのであろうが、実情が良くないということでもあるのだろう。

 

「経理統括、資金繰り状況はどうか」


 経理を統括する専務のスマイソンは創業時から私と組んで商会運営に携わってきたベテラン中のベテランだ。経理の裏も表も知り尽くしている。

 

「今月の決済は、問題ありません。辺境伯家の支援受付も始まっており、申込みは終了しています。物価次第なところはありますが、年末の決済もおそらくクリアできるでしょう。しかし、それ以降は……」


 スマイソンがゆっくりと首を左右に振る。灰のような疲労の色が顔を塗りつぶしているように見えた。

 

 このままであれば、年を越せず破綻する商会が多数出るだろう。

 商会の破綻が続けば取引はしぼみ、不動産の取引価格も下がるだろう。

 多くの破産者がぶら下がる縄で作られたオーナメントで迎える黒い新年━━。

 

 沈鬱な会議場では、物言わぬ石像たちが、静かに沈黙の挽歌を奏でていた。

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