第六話 策謀①

帝国暦1014年11月8日15:48

ゴルドシュタイン辺境伯領

ズミル金鉱 鉱夫


 そろそろ交代の時間だな。

 まったく、毎日毎日穴掘り仕事で嫌になるぜ。ツルハシを振るうのも、排水ポンプを漕ぐのもえらく疲れる。

 

 最近、湧いてくる水が増えやがった。お陰で金にならねえポンプ漕ぎばかりだ。先日、ちと博打でハメた監督官を脅してサボった時には、トロッコ引きのガキが溺れ死んで、えらい目にあった。

 

 ったく、あの時あのカードが来ていれば大勝ちだったのに。

 そうすりゃあ、女侍らせて豪遊できたっつうのによう。

 

 苛立ちのまま、ツルハシを振るう。

 また、水が出やがったな。━━おい、止まらねえぞ、勢いが。

 

 なんだよ、この音……まるで地鳴りじゃねえか!

 くそっ、ずらか━━。

 

◆◆◆


帝国暦1014年11月10日夜

ゴルドシュタイン辺境伯領領都アライトン

領主邸 アウグスト・デム・ゴルドシュタイン


 夜の帳が静かに世界を抱きしめてゆく。

 何もかもを闇に沈めようと漆黒の女神が努力する中で、抗うかのごとく、その部屋は光に満ち溢れていた。

 

 優美な衣装を纏った男女が、軽やかな調べに乗って踊っている。光彩が織りなすアラベスクを見れば、画家なら絵筆を握らずにはいられないだろう。

 

 この空間にはあらゆる富貴が満ちている。

 帝国中から選りすぐった美酒、古今東西の豪奢な料理、黄金とクリスタルを纏うシャンデリア、笑いさざめく貴種・貴顕。

 そして━━渦巻く欲望。

 

「ゴルドシュタイン閣下、今宵の宴も盛況でございますな。いや、これもひとえに閣下の御威光というもの。このルガール、感服いたしましたぞ!」


 ルガール……ロンジット伯爵だったか。相変わらず軽薄な男だ。

 格式の低い夜会ゆえ、儂の言葉を待たぬのは許すが、そのくたびれた服で参列するとは。

 そういえば、ロンジットは領地経営に行き詰まり、儂の他にもあちこちに融資を求めているという報告があったな。

 

「……卿は楽しんでおるようで何よりだ。ゆるりと過ごされよ」


 一瞥して、形だけの言葉を投げてやる。

 儂の機嫌を損ねたことに気がついたのだろう。あちらこちらに視線を彷徨わせている。

 

「こ、これは失礼をいたしました。盛大な夜会に少々浮かれていたようです。いや、当家ではなかなかにこのような宴を催すこともできず、閣下のお力に恐れ入るばかりです」


 今度は、キツツキのように頭を振り出しおった。衆人の中だというのになんとも不愉快な男よ。周りの者たちは、楽しい見世物だと思っているようだが。

 呆れて、場を離れようとした。

 

「お、お待ち下さい閣下!なにとぞ、なにとぞ、そのぅ、閣下のお力におすがりしたく……」


 力、か。

 要は追加で金を貸してくれということだ。

 金は力━━ゴルドシュタイン家はそうして生きてきた一族だ。


 儂ら一族が、裏では成り上がりと蔑まれていることは分かっている。 元は北を追われた流民であり、それがこの地で運に恵まれたに過ぎぬ。そう、理不尽に追われたのだ。

 

 祖先は北の少領を本拠として金貸しを営んでいたようだ。よほど商才があったのであろう、かなり儲けていたらしい。

 北の諸公が連合して少領を滅ぼし、借金を踏み倒す程度には。

 

 滅亡後、一族は北の各地に離散し、再び金融で生きようとした。それなりの力を回復した祖先は随分と努力したと伝わる。

 そしてこれからという時に、北で疫病が流行った。

 根なし草で富を蓄えていた一族は、民衆の憂さ晴らしに選ばれてしまった。

 

 再び何もかも奪われ、住む場所さえ無くした一族は、最後の希望をこの西の大地に託した。

 もし、もしもこの西の地に金山がなかったら。

 嵐の後、川の様子を見に来た若者が砂金に気づかなかったら。

 

 歴史に「もしも」は無いという。

 今、儂らが西に君臨しているのは紛れもない事実だ。

 いずれ、一族の悲願である旧領の回復とて視野に入る所まで来た。

 

 遠き昔に金(ゴールド)は力に敗れた。

 されど、此度はどうなるかな?

 

 らちもないことを考えながら、手を変え品を変え借金を頼み込んでくるロンジット伯をあしらう。

 

「おお、そうです、私の身内にちょうどご奉公に上がるに相応しい娘がおりましてな。身びいきではございますが、なかなかに器量の良い娘でして、ぜひとも閣下のお側で使っていただければと━━」


 此奴、身内を差し出すか!

 怒りの雷光が脳を灼く。

 

「痴れ者が!そのような話に儂が乗ると思うてか!」


 思わず右手がサーベルのハンドルを握る。

 大喝に恐れおののいて尻もちをつき、あわあわと両手を振るロンジット伯。あまりの無様さに、わずかに頭が冷えた。

 

「誰ぞ、この慮外者を叩き出せ!」


 衛兵が入室してくるのが見える。

 ふと、衛兵に執事のシムスが混じっているのに気づいた。

 シムスは、そのまま側に寄り、背中を丸めて恭しく礼を取る。

 

「閣下、夜会中に恐れ入ります。緊急の鳩でございます」


 他には聞こえぬよう囁くような声ではあったが、体の芯に軽い緊張が走ったのが分かった。

 緊急の鳩を飛ばすということは、変事の発生を意味する。

 昨今の情勢を考えれば、決して吉報ではあるまい。

 

「シムス、執務室で待て」


 短く指示を飛ばし、夜会の雀たちに向き直る。

 

「来客諸君、すまないが急用が入ったようだ。儂は中座するが、引き続き宴を楽しまれよ」


 数人の目ざとい連中が興味深そうな表情をしたのが分かる。

 全く、抜け目がないな。その顔は覚えておこう。

 

◆◆◆


「なんということだ……」


 衝撃に言葉が出てこない。

 伝書鳩がもたらした一報は、稲妻となって儂を打ちのめした。

 

 フロイル近郊の鉱山で発生した、大規模落盤事故の知らせ。

 それも最も産出量の多い金鉱山の主坑道で発生したとある。

 

 伝書鳩用の薄い紙を握った手が震える。

 あの金山は産出量全体の七割を占める。復旧にかかる時間によっては領地の経営に重大な影響が出かねない。

 

「シムス、経営統括のカプランを呼べ。至急だ」


 影のように控えていたシムスが、すぐに一礼して部屋を出てゆく。

 

 まずいな。フロイルではすでに事故の情報が広がっているだろう。箝口令を敷こうにも、すでに手遅れだ。

 金の産出量が減れば、経済の停滞によって、物品の値が下がる。

 先物で高い商品を抑えている商家は破産しかねんぞ。

 

 何より、寄子どもの動向が気がかりだ。

 優遇してやっている取引が細れば、何をしでかすか分からぬ。

 先ほどのロンジット伯の醜い姿が脳裏をよぎる。

 

 じりじりと火であぶられるような時間が過ぎてゆく。

 ようやく執務室の扉を叩く音がした。

 

「入れ」


 カプランとシムスが入室してくる。

 遅い時間だというのに、カプランの白髪はきれいに撫でつけられ、衣服にも乱れはない。まだ仕事をしておったか。

 

 カプランは長く領の経営を統括している儂の右腕だ。氷のように冷静な男で、慌てているところは見たことがない。孫に関する事以外はな。

 まずは現状を共有し、できうる限りの対策を講じるしかあるまい。

 

「カプラン、緊急事態だ。二日前にズミル鉱山の主坑道で大規模な落盤が発生した。大量に水が出ているらしく、現状では復旧の見込みが立たん」


 儂の性急さには慣れているはずのカプランが目を見開き、わずかに揺れたように見える。だがすぐに立ち直り、考え込む素振りを見せている。

 

「閣下、恐れながら二日前とのことですと、取れる方策は限定されます。復旧は領軍を投入して昼夜通して行うしかございません。経営に関しては、当家の備蓄金の無制限放出を広く知らしめ、市場の動揺を抑えることが肝要でございます。当家の枝葉たちもしばらくは支える必要があるかと存じます」


 ━━まあ、それしかないだろうな。問題は備蓄金の量だ。ここ数年の食料高騰で随分と減っているはずではないか?

 

「備蓄金はどれほどあるか?」

「1トンほどにございます」


 それしかないのか!長くは持たぬぞ。

 焦燥が背中を駆け抜ける。

 

「領債を発行し、帝国銀行から金貨を借り受けることは?」


 今一度、考え込むカプラン。やがて首を緩やかに振る。

 

「これまでの取引情報から推察いたしますと、すでに帝国銀行の金庫は空に等しいかと。困窮した領主たちの証文しかありますまい」


 一度、天井を仰いで思考を整理する。

 帝国になければ、あるところから引き出すほかあるまい。

 だが、近隣領は話にならん。

 

「どこぞ、思いつくあてはあるか?」

「されば、フジシマなどはいかがでしょうか。少々遠方ですが帝国街道を抑え、なかなか溜め込んでいると見受けます」


 フジシマか。東辺境伯の妖怪ジジイに対抗するため何度か誘いを掛けていたな。西にも東にも付かぬ時節の読めんやつだったはずだ。

 

「よし、カプランの策を良しとする。直ちに進めよ。フジシマには書状を送れ。厳しく服従を求めよ」

「御意」


 足早に下がってゆくカプランを見送る。

 さて、フジシマが従わぬ場合はどう始末するか練るとしよう。

 

◆◆◆


帝国暦1014年11月11日00:00


「ナノマシンによる工作、完了。人口抑制三か年計画、最終フェーズへの移行を確認。現在の進捗率は94.5%。計画に対する遅延は認められず」

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