第三話 予兆③
帝国暦1014年10月12日13:15
フジシマ子爵領トカラ村近郊
シンウィ軍農兵集団 兵士
農兵達は呆然としていた。
丘を迂回して街道を急いでいると、盛り土のようなものが行く手を塞いでいた。
しかも、敵がその盛り土の向こう側で待ち構えているように見える。
一部には木の柵まであり、陣地といって差し支えがないものだった。
フジシマ領の村を襲撃して略奪と焼き討ちをするだけ。
奇襲になるから、敵の兵隊はおらず戦にならないと聞かされていた。
痩せこけた体を無理やり引きずり、ともすれば崩れそうになる膝を励まして街道を急いだのは故郷の村で飢えている妻や子供、老いた親に食べ物を持ち帰るためだ。
食料が手に入らなければ、もう今年の冬は越せない。
農兵たちを突き動かしているのは、少しづつ、だが確実に迫ってくる死ヘの恐怖だった。
背後からの死神と目の前の死の板挟みとなり、誰ともなく立ち止まってしまった農兵達に指揮官の怒号が飛ぶ。
「貴様ら!何をやっとるか!五百歩進めぃ!」
怒号に怯みノロノロと進む。
お貴族様のご命令に背くと斬られる。ひどいときには村の家族が見せしめにされる。話が違うとは言い出せない。
「よし、総員、槍を構えよ!銅鑼の合図で突撃じゃ!」
羽で飾り付けられた甲冑を纏ったお貴族様が怒鳴っている。
すぐに大きな金属音が激しく打ち鳴らされた。
「総員、突撃ィ!食い物は奴らの向こうだ!」
突撃の合図!
残り少ない力を振り絞り、槍を握りしめて走り出す。
恐怖に心臓が暴れ出し、息が苦しい。でも進まねば来年の春はもう来ない。
少しづつ土塁が大きくなり、正面の敵が木の杖を構えているのが見える。
そして、正面に美しい紋様が三つ煌めいた。大輪の華が咲く。冥府へと誘う悪魔の華が。
いきなり空気が震え、次の瞬間世界が白い光に包まれる。
轟音が骨の髄まで響き、地面が爆ぜ上がる。
気がつくと、焦げた肉の匂いと血の鉄臭さが鼻を突き、耳の奥で金属音が鳴り続けていた
いでえ。目がチカチカする。耳さキンキンだあ。左腕に力がはいんね。だども起きねば。
こんな時なのに腹だけは減りやがる。なんとか起きれた。
「あ、あ、あ、なんねこれ。なにがあったと……」
焦げ臭え。あっちこっちに人が転がって呻いていやがる。
ひでえ、足や腕が……。
訳もわからず見回しているうちに、今度は矢が降ってきた。
そうだ、おらたち、フジシマさ、攻めるって、ガキにメシさ食わせてやれるって。
お役人様が、フジシマには食い物さあって、たんともってげえれるって……
「わがんね、もうなんにもわがんね!」
逃げねば、逃げねば。
わああ、背中がいでえ。村にげえる、おっかぁ、ジンス……
◆◆◆
帝国暦1014年10月12日夕刻
トカラ村近郊戦場
フジシマ軍東部防衛大隊 ソウスケ・マキシマ少佐
まだ鼻をつく焦げ臭さと、たなびく煙の残る戦場。
そこに血の色の夕日が落ちようとしている。
勝利の余韻が消え去ると、重い苦しい静寂が辺りを包んでいた。
その中に置き去りにされた負傷者のうめきが混じる。凄惨な戦の匂いに思わずむせる。
実況見分ってやつが大事なのは百も承知なんだが、さすがに滅入るぜ。
ふと、妻の顔を思い出し帰れる喜びを感じていたことが今は刺さる。
「少佐殿、敵の損害を確認しました」
副官のホソコウが青ざめた顔で報告に来る。
戦に当てられたか?
有能な男なんだが、今ひとつ肝が据わり切れていないんだよな。
「シンウィ軍死者二百程度、負傷者二百余り。残存兵力は約四百と思われます」
概ね戦況から推測したとおりの死傷者だった。
残存兵力といってもばらばらに逃げ散っており、組織的な抵抗は出来ないだろう。
魔導兵器の威力は理解していたが、実際に目の当たりにすると胸に来るものがあった。
「敵さんの指揮官は見つかったか?」
いきなり突撃をかけてきたアホウ。敵とはいえあんな指揮で死んだ兵が哀れだ。
戦と言ってしまえばそれまでだが、収まりがつかねえぜ。
生きていたら、直接どつき倒してやりたい。
「おそらくバルク騎士爵だと思われるモノはありました。その、遺体がどうにも……」
バラバラになって吹き飛んだか。中央部にいたらそうなるわな。
「こちらの損害は?」
「重軽傷者二十名。死者はおりません」
ほっと息をつく。これだけの戦だ。死者なしは僥倖と言っていい。
改めて魔導の恩恵を感じる。こりゃフブキや連中に一杯おごってやる必要があるな。
だが、あいつらザルなんだよな。
にんまり笑う徒っぽい表情が目に浮かぶ。
ここで雑念を振り払う。大事なことが残っているからな。
「敵の負傷者の手当てを急げ。使える軍医は全員使って構わん」
「は、しかし敵兵を……」
ホソコウが戸惑う。
「構わん。同じ帝国の民だ。見捨てることはできんよ。それにな、負傷者の中に装備が違うのがいたら手当後尋問しろ。多少手荒でもかまわん」
ホソコウの目に理解の色が広がる。すぐに敬礼して大隊司令部に戻っていく。
暗くなってきた戦場をなお歩く。
そろそろ戻ろうかという時に、かすかなうめき声が聞こえた。
黒い影がうずくまり、力なくもがいているのが目に入った。
敵兵だな。用心しながら近づく。
まだ若い農民のようだった。苦痛に顔を歪め、何かに手を伸ばそうとしている。
そして、うわごとのようなつぶやきが漏れた。
「おっかあ……ジンス……」
家族の名前だろうか。
この男にも守るべき者がいたのだ。それは俺たちと何も変わらない。
抱え起こして傷を見ると、背中から腹に矢が突き抜けていた。
腹をやられていやがる。こいつは…ダメだ。
過去に何人もこんな傷を負った兵士を見てきた。
皆、苦しみ悶えて、血を吐きながら死んでいった。生者を呪う恨み言を残して。
「今、楽にしてやる」
剣を抜き、男の胸を一突きしてやる。一瞬硬直して目を見開き、微かに口が動く。
男の時間は永遠に止まった。
家族のところに帰りな。恨むなよ。いつか俺の番も来るんだから。
今夜の勝利の酒は苦そうだ。
◆◆◆
帝国暦1014年10月13日早朝
帝国街道森林地帯
シンウィ軍?支援兵中隊 兵士
走る、走る、闇の中を何もかもを振り捨てて走る。
木の根につまずいて倒れ込み、顔を土まみれにしても必死に起き上がって走った。
後ろからあの白い光が追いかけて来るような気がする。
あの光に捕まったら、今度こそ臓腑を撒き散らしながら死ぬことになる。
ここで死んでなるものか。
儂が伝えなければ。あの恐ろしい光景を。
そうせねば、次に吹き飛ばされるのは同胞ぞ。
ゼハッ、ゼハア、ゼイッ。
息が苦しい、足ももう動かない。
胸の鼓動は暴れ狂っていて、肺は悲鳴のようなうなりを繰り返している。
したたる汗が目に入り視界を奪っているのだが、それすら意識に上らない。
だが、夜を徹して走った肉体は動こうとはしなかった。
崩れ落ちるように仰向けに倒れ込む。
気がつくと、あたりは枯れ葉の積もる深い森となっており、木々のささやく音以外は何も聞こえない。
背後から迫る絶望はもうなかった。
なんとか逃げられた。安堵が胃の腑からえずくようにこみ上げてくる。
震えが止まらない手で水筒の蓋を開け、すすろうとするが、すでに空っぽで一滴の水も残っていなかった。
白の爆発はシンウィ軍本軍から少し離れていた儂らの肺腑をも揺らした。
呆然としているうちに本軍が矢で洗われ、敵の突撃であっという間に踏み潰されてしまった。
本軍の崩壊に巻き込まれた儂らの部隊もフジシマの追撃を受けて四散した。
どの程度生き残ったのかもわからない。
此度の使命を閣下から頂戴し、ともにあの戦場にあった仲間たちの顔が思い出される。
シンウィに助力してフジシマにひと当てする。
後は結果を持ち帰る任務のはずだった。
いつかは戦場で命を落とすだろう。漠然と考えてはいた。
それがこんな暗い森の中で生を求めて這いずり回ることになろうとは。
だが、最後の一人になろうともあの出来事を閣下にお伝えせねば。
◆◆◆
帝国暦1014年10月14日朝
フジシマ子爵領領都アスカ
領主屋敷 カガセ・フジシマ
「報告、大義であった。下がってゆっくり休め」
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