第13話 星の示す先

 ユニコーンに戻った三人は、コンピュータールームでビデオチップの再生を始めた。




『リリス。これを聞いていると言う事は、お前が俺の追討任務にあたっていると考えて構わないと思う』




 音声だけで、画面にはノイズだけが走っている。




『俺は戦士だ。戦場が無ければ生きていく事が出来ない。HATに乗る事のみが俺の存在意義だ。そしてHATに乗れない俺が、お前の横に立つ資格は無いと思っている』




 ズキン、とリリスの胸の中で『何か』が疼いた。




『だから、俺はリチャードの誘いに乗った。結果は多分、お前の想像通りだ。もし、俺を許せないと言うのであれば、俺を追って来い。俺はお前を待っている。オリオンの赤色巨星と天を焦がす番犬たちが創り出す、その頂点で俺はお前を待つ』




 冷たく、感情を抑えた声。それがより一層、リリスの『胸の疼き』を浮き彫りにする。




『俺は戦士だ。今、死に場所を得る事を心の中で喜び、そして憎んでいる』




 何かが『狂った』ような響きを感じさせる言葉。




『俺は、お前を待っている』




 もう一度、そういう声が入り、後にはただ波打つノイズが走るのみ。




「リリス、少佐……?」




 キリコはリリスが泣いている事に気付いた。表情では我慢をしているが、心の中で泣いている。しかも、見捨てられた子供のように大きな声で。




「リリス……。どうするのか、指示をちょうだい」




 フェリアシルも『それ』には気付いているが、泣いているだけで解決する問題でもない。




「目標宙域、プロキオン星系……。座標軸は……ここ」




 求められた通りに座標の指示を出す。




「行ける? フェル、目標座標まで、どの程度、かかる?」




 不安だらけの、それでも無理に作った表情で、端的にフェリアシルに問う。




「行くだけなら、長距離ワープも駆使して、十数日ってところだけど……」


「問題があるんですね?」




 キリコの言葉にフェリアシルは頷くと、モニター上にある航路図を指でなぞる。




「ここからだと、確実にプロキオン奉龍教団の勢力圏を横切って、プロキオン共和国の勢力圏内になるわね」




 それは、三大軍事勢力の一角を相手にしなくてはならない。無言のまま、フェリアシルの表情はそう語っていた。




「つまり、対プロキオン制圧隊の聖龍艦隊か、教団親衛隊である真龍艦隊を相手にしなくてはならない、という事ですか?」




 キリコの声に僅かな震えが走る。




「そう。対外威圧隊の牙龍艦隊なんか目じゃないほどに、強い艦隊よ」




 息を呑み込んだ瞬間。




『艦長! 軍警察のパトロール艦です!』




 ラッセンの声がコンピュータールームに響く。




「わかった。今行く」




 フェリアシルはそう言うとリリスに、艦橋に来るように要請する。




「……わかったわ」




 返ってきたリリスの声はかなり震えていた。






 地球連邦軍警察火星支部所属パトロール艦リュンクス。




 目の前にいる艦から、そういう通告がされた。そして、軍法違反者を差し出せ、という通告も入っている。




「はぁ? 誰が軍法違反者よ、誰が?」




 高圧的な態度にフェリアシルは思わず呆れた声を出した。




『リリス・ヒューマン『中尉』だ』




 その言葉にブリッジクルー全員がざわめく。メインモニターに映し出される、自分の倍近い年齢を重ねているであろう男に、フェリアシルは大声を出して笑う。




『き、貴様! 何がおかしい!?』


「おかしいわよ。リリスは今『中尉』ではなくて『少佐』よ。少尉該当官である、あなたなんかより、よっぽど階級の高い位置にいるのよ。わかる? あなたがやっている事の方が上官反逆罪に該当しているのよ?」




 フェリアシルは傍に立っているリリスを指差して、もう一度笑う。




「それに、この『私』に対して『貴様』呼ばわり。これ、充分な上官侮辱罪よねぇ……?」




 フェリアシルがブリッジクルーに目線を送る。




「ついでに言うと、私たち、ファウスト参謀少将の勅命で動いているの」




 フェリアシルがそう言った瞬間、モニターの向こう側から笑い声が聞こえる。




『ファウスト参謀少将? ああ、停戦協定を勝手に切り出し、その挙句に見事、冥王星群沖で宇宙の藻屑となられた、ご立派な少将閣下の事か? あのような輩の命令など、紙屑同然だと言う事もわからんのかね?』




 その言葉が漏れた瞬間、リリスは艦橋にいた誰よりも速く、銃を引き抜き、フェリアシルの後頭部に銃口を突き付けた。




「な……リリス……?」


「ラッセン少尉、艦砲射撃準備」




 唖然としたフェリアシルを尻目に、冷たい声を切りだす。




『な……!?』




 モニターの向こう側にいる男の顔が一気に青ざめる。




「この艦の指揮権は私が『たった今』強奪しました。一分以内にそこを退かない場合、強制排除します。もし命令に従わない場合、この艦のクルーを順次射殺していきます」


『気でも狂ったか!? リリス・ヒューマン!』




 男の言葉に美しく、そして冷たく視線を送る。




「ラッセン。リリス『少佐』の言う通りにしなさい」




 諦めた口調で、フェリアシルはラッセンに指示を出す。




『フェリアシル少佐もだ! 軍人の誇りは無いのか!?』


「私は自分が死んだ後の『栄光』には興味ありません。それに、貴艦が道を開ければ、それで済む事です。死にたくないのであれば、リリス『少佐』の命令に従うのが一番合理的です」




 フェリアシルの言葉にパトロール艦はゆっくりと道をあける。




『このままで済むと思うなよ、リリス・ヒューマン!』


「そうね。私をどうにかしたいのであれば、権力なんかに頼らず、自分の力で何とかしてみなさい。それと、次に『父』の名を汚すような発言があった場合……」




 ほんの僅かだけ間を置く。




「容赦なくボロ布にしてあげるから、そこら辺もよろしく」




 ニッコリと微笑むと、通信を切るように命じる。




「……もう、演技はいいわ、リリス」




 通信が切れるのを確認してから、フェリアシルは笑みを浮かべ、リリスの方に顔を向ける。




「悪いわね、こんな事をして」




 頭を下げながら言うリリスに、フェリアシルは動じた風もなく、手をヒラヒラさせる。




「リリスは私たちに刑罰が出ないように演技をしただけなのでしょう? でも、次にこういう事を相談もせずに勝手にしたら、怒るわよ?」


「え、演技だったんですか、今の?」




 ラッセンの声に、フェリアシルは頷く。




「半分くらいは本気だったかもしれないけど、私に銃を向ける時に、一瞬だけ辛く哀しそうな顔をしていた。だから、本気で私を撃つ気は無かった。違うの?」


「フェルが機転の利く艦長でホント助かるわ」




 リリスとフェリアシルは顔を見合わせると、静かに微笑む。




「ただいまより本艦は、先に示された座標に向かいます。総員第二種警戒体制のまま任務に当たりなさい」




 フェリアシルの言葉を背中に受けながら、リリスは静かに艦橋を後にし、カタパルトデッキに向かった。フェリアシルは充分に自分を理解してくれている。それがなんとなく、リリスにとって嬉しかった。

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