第三章 『伝令神』対『冥王』

第12話 フォボスの答え

 火星の衛星、フォボス。そこにある唯一の都市、フォボス・シティは人口三十万人強の小さな都市だ。とはいえ、火星圏全体から見れば、全人口の二十分の一近くが住む、火星圏の中では大きな都市の部類に入る。そして、この街に入る為には、ある『特殊な』手順を踏まなくてはならないのは、意外と知られていない。




「なんでこんな恰好をしなくちゃならないの!?」


「あら、意外と似合っているじゃない、フェル」




 悲鳴に近い声を上げるフェリアシルに、リリスは笑う。キリコの方は、と言うと、何をどう言えば良いのか困った様子で自分の姿を鏡に映している。




 火星に着くまでの間にリリスがしたのは二つだけだった。一つは自分の機体の調整。もう一つはフェリアシルとの距離を縮める事。その第一歩として、フェリアシルを愛称で呼ぶようにした。最初こそ嫌な顔をしていたが、それは僅かな期間で解消された。




 そして、たった今、三人が着ているのは、ウェスタンガンマン・スタイルの服に、テンガロンハットという、まさに『西部劇』さながらの服装だ。




「リリスは知っていたの? ハンドガンは取り上げられるし、こんな服装に着替えさせられるし、こんな『重たい』だけの旧式リボルバー銃を渡される事」




 そう言って、ガンベルトから覗く銃を見て大きく溜息を吐く。




「文句は、三十五年前の市長に言ってもらえる? もっとも、もう墓の中だけど」




 くだけた口調に嫌みは全く無い。全く無いから、フェリアシルはいつの間にか、リリスに対して、敬語を使う事を無くし、気付けば呼び捨てにしていた。




「これなら軍服の方が……」


「そんな事をしたら、フォボスでは目立ちまくるわよ?」




 キリコから漏れた声をリリスは素早く制した。言葉に詰まるキリコを尻目に、リリスは銃が置いてあるコーナーの一角で視線を止める。




「……何、しているの?」


「銃、選んでる」




 問うフェリアシルに、リリスは鼻歌交じりに答えると、やけに銃身が長いリボルバーを手にする。


「ふぅん……。バントライン・スペシャル。こんなのまで扱うようになったんだ。ますます磨きがかかってきたわねぇ……」




 そう言うと、リリスは満足そうにそれをガンベルトに収める。




「それにしても、少佐、着なれていますねぇ……」


「誰が着なれてなど……」


「そりゃ、この街の生まれなら……」




 キリコの言葉に、フェリアシルとリリスは同時に声を出し、互いに顔を見合わせ、吹き出すように笑い始める。




「キリコ? 街の中に入ったら、階級で呼ぶのは厳禁。もし破ったら、一回につき減給五パーセント」


「は、はい……」




 キリコの声に頷くと、リリスは宇宙港を出るように指示を出し、歩き始めた。






 宇宙港を出た三人の目の前には、まさしく『西部劇』の光景が広がっていた。




「うわぁ……すごい光景ですねぇ」


「まさに、西部劇……」




 率直な感想を漏らす二人にリリスは楽しそうに笑う。




「まぁ、西地区は『西部劇』をモチーフにした観光客用の地区だからね。郊外はもう少し近代風にできているわよ」




 ついでに、東地区は『純和風』と、いらない知識まで声に出す。




「そういえば、さっき、リリスはこの街の出身とか言っていたけど、ご両親は?」




 フェリアシルの言葉にキリコが慌てて袖をひっぱる。




「な、何よ?」


「まずいですよ。リリス……さんは、お父様を例の事件で亡くしているんですから!」




 小声で話す二人に、リリスは不思議そうに近付く。




「何、コソコソと話をしているの? さっさと歩く」




 リリスの声に二人は、一瞬直立不動の姿勢をとり、リリスを追いかけるように歩きだした。




「え、と……」




 声をかけにくそうにするフェリアシルに、リリスは赤い空を見上げる。




「母は郊外の酒場の店主。父は……ファウスト参謀少将らしいわ」




 天空にある赤い惑星に軽く手をかざすと、僅かに目を細める。




「それが聞きたかった事じゃないの?」




 その言葉に、フェリアシルは頭を下げる。




「ごめんなさい……余計な事を聞いたみたいで……」




 謝るフェリアシルに、リリスは、気にしていない、と答えた。




「私だって、ついこの間、知った事だし」




 そう言うと、一瞬だけ悲しそうに笑い、次の瞬間には普段のリリスの顔に戻る。




「行くわよ。ここからだと、二キロくらいなんだけど、どうする? 歩いてもいいし、バスもあった筈だし、確か……電車も通っているわ」




 最後に、車を借りるのも手段ね、と付け加える。




「私、デスクワーク派なので、歩くのはヤです」




 即答するキリコに、リリスはフェリアシルの方を見る。




「私は別に構わないわ。ただ、どうせなら、歩いた方が楽しそうではあるけど……」




 その言葉に、リリスは頷く。




「キリコも士官学校は出ているんだから、二キロくらいは徒歩でも構わないわよね? そういう訳で歩きに決定。文句ある?」




 キリコは、有無を言わせぬ言葉に不承不承頷くしかなかった。






「ここが、リョウ少尉の実家、ですか?」




 キリコは呆けたように『それ』を見上げる。




「ミツムラ武術アカデミー……?」




 フェリアシルも『それ』を読み上げると、微妙な顔つきになる。




「しばらく見ない内に、ずいぶんと落ちぶれたものねぇ、ここも」




 半分呆れた様な口調でリリスは入り口まで歩を進めると、そこで足を止め、銃を抜く。




「どうしたの?」


「……何か、いる」




 緊張した顔つきに変え、ゆっくりと入り口にさしかかると、一気に飛び込む。




――正面!




 暗闇に銃口を向け、そのまま横に移動する。




――右、か!




 瞬間、引き金を引きかけ、そこで硬直する。咽元に、冷たい感触が触れたのだ。




「まだまだじゃの、嬢ちゃん」


「ずいぶんと物騒な挨拶じゃない、クソジジイ」




 吐き捨てるようにリリスが呟くのと同時に、道場に明かりが灯る。




「少佐!」




 キリコの声に、リリスはゆっくりと老人の額に突き付けた銃を下ろし、咽元に触れていた日本刀を左手で下げさせる。




「キリコ、減給五パーセント」


「あう……」




 悲しそうに息を吐くキリコに、冗談よ、と笑いかける。




「リリス、そのご老人は?」


「そうですよ! いきなり日本刀で斬りかかるなんて、非常識ですよ!」




 二人の声に老人は喉の奥で笑う。




「では問うが、いきなり、人の家に銃を抜いて入り込むのは『非常識』では無いのかの?」




 フェリアシルとキリコの言葉に動じた風もなく、老人は口を開く。




「無駄よ、二人とも。このクソジジイに、んな人道的な事、言っても。大体、そんなに殺気を剥き出しにしておいて、無警戒で入れという方が無理な話じゃない?」




 リリスはそう言うと、床に腰を下ろし、老人を睨みつける。




「その様子じゃ、リョウは今どこにいるのか、なんて聞いても無駄ね?」


「家を勝手に出て、勝手に軍人になったクソガキの事など、わしは知らん」




 リリスに同意するように、老人は笑う。




「まぁ、連邦軍の軍警察とやらも来おったが、丁重にお帰り願った」


「……丁重? また、腕折ったり、銃を切ったりしたんでしょうが」




 呆れたように腰に手を当て、リリスが文句を言う。




「人の家に銃を抜いて押し込んで来て、殺されないだけでも丁重じゃ」




 老人はその質問にカラカラと笑いながら答えた。




「で? 本当にリョウの居場所は知らないの?」


「わしがリョウの声を最後に聞いたのは、四年と少し前じゃ。士官学校を卒業したという報告の時じゃったかの。ずいぶんと喜んでいたが」




 その言葉に、リリスは大きく溜息を吐くと、立ち上がる。




「そう、邪魔したわね」


「ときに嬢ちゃん……」




 立ち去ろうとするリリスの背中に、優しい声がかけられる。




「何? 七年前に比べて色っぽくなったとか、そういう下らない言葉を言ったら、老い先短い人生、今すぐに終わらせてあげるけど?」


「いや、ずいぶんと哀しい瞳をするようになったの」




 心の奥に突き刺さるその言葉に、気のせいよ、と答えるとリリスは道場を後にする。その後を慌ててフェリアシルとキリコが追いかける。




「ちょ、リリス、いいの? あんな簡単な問答で?」




 フェリアシルの声に、リリスは頷く。




「いいのよ、フェル、キリコ」




 突き刺さった言葉を振り払うかのように、無理に作った笑顔を二人に向ける。




「あのジジイ、こういう事に関しては絶対に嘘を言わないのよ。どれだけ人間的に壊れていても、ね。それから、強引に聞き出そうとしても、すぐに追い返されるだけよ。それに、見たでしょう? あのジジイの実力。あれで五割程度よ」


「ご……」




 絶句する二人に、リリスは息を吐く。




「……それから、尾行している人間が四人」




 リリスは小声で二人に話しかける。




「え……?」


「撒く、か……。タクシー!」




 手を上げ、タクシーを止めるとリリスは二人を車に押し込む。




「ロックアイスまで」




 扉が閉じるのと同時にリリスは行き先を告げる。




「ロックアイス、てどこですか?」




 キリコの言葉に、私の実家、とだけ答えると、リリスは黙り込んだ。






 カラン、という音がドアにつけられたベルから乾いた響きを出した。




「まだ、開店前だよ」




 扉を開くのと同時にかけられた声に、リリスは一言、ただいま、と言うと急いでカウンターの中に潜り込んだ。フェリアシルとキリコが同様に潜り込むのを確認すると、自分の母に視線を送る。




「追われている。匿って」




 端的にそれだけ言われると、リリスの母は急いで勝手口を開き、わざと大きな音がたつように閉め、カウンターに戻ると同時に入ってきた四人の男に向かって同じセリフを吐く。




「女が三人、来なかったか?」




 やや威圧的とも取れる態度に、臆する事も無く、勝手口の方を指差す。




「たった今、駆け込んできたと思ったら、そこから出て行ったよ」




 何食わぬ顔でそう言う。




「そうか、邪魔したな」




 男たちは言葉の真偽を確かめる事もなく、勝手口から外に出ていく。




 それからたっぷり五分が過ぎてから、カウンターの中に向かって声をかける。




「もう、行ったよ。まったく、帰ってくる度に面倒を持ち込む娘だね」


「……ごめんなさい」




 頭を下げるリリスに、フェリアシルとキリコが顔を見合わせる。




「今日は何の用だい? 里帰りと言うには、知らない顔が二人もいる」


「一応、軍務よ。詳しい事は言えないけど。それから……父さんが死んだわ」




 リリスがそう言うと、母親は静かに頷く。




「そういう人だからね。結局、最後まで名乗ってはくれなかったんだろう?」


「どうして、わかるの?」




 リリスは驚いた風に自分の母親を見上げる。そんなリリスの頭を優しく抱くと、笑みを浮かべる。




「そりゃ、籍を入れなくとも、あの人を旦那にしたのは私だからね」




 その言葉に、リリスは辛そうな表情を浮かべ、母親から離れる。




「じゃ、母さん、私、もう行くね……。次の休暇に、店の手伝いに帰ってくるから……」




 そう言うと、入ってきたドアに手をかける。




「お待ち。そういえば、リョウの坊やから小包が届いているよ」




 母の放った言葉に三人は顔を見合わせる。




「確か……あった。お前宛てで、消印は二ヶ月前のニューヨーク」




 母親からそれを受け取ると、リリスは急いで小包を広げる。




「ビデオチップ?」


「しかも、軍の特殊タイプですよ?」


「艦で再生できるかしら? かなり特殊な構造みたいだし……」




 フェリアシルの疑問にキリコが笑みを浮かべる。




「大丈夫ですよ。こういうのは、私の『超得意分野』ですから」




 その言葉に三人は頷くと、リリスの母親に軽く会釈をし、表に出た。

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