第15話 勘違いの飴細工
勘違いの飴細工
テストが終わったらもう時の流れは早くて、今日は夏休み前学校最終日。もうみんな夏休みだとはしゃいで帰ってしまった。
「伊聡君?」
放課後、誰もいない教室で飴に声をかけられる。エアコンが切れて一気に暑くなった教室で俺はノロノロと顔を上げる。
「最近、伊聡君の目は死んでるね」
オブラートに包むこともせず直接的に言ってくる飴に俺は諦めたようにハハッと笑う。
「テストで全部100点取った時、父さんと本音で話したんだよ。そしたらさ、何にも進展しなかった。進展どころか、ずっと溝が深まって、もう俺は父さんの息子じゃ無いんだって」
その日から俺は居ない人物として扱われた。朝食も夕飯も無い、早く風呂に入らないと風呂の水は抜かれてしまう。俺は幽霊だった。それなのに俺への暴力は酷くなって身体中が痛い。飛んだ矛盾に笑ってしまう。
「テレビでさ、父さんが出てたんだ。そして記者の人に家族との関係聞かれて。そしたらなんて答えたと思う?息子は頑張ってるって、テストでも100点取ってきて、自慢の息子だってさ。馬鹿馬鹿しくて、テレビぶっ壊そうかと思ってさ、」
俺はそこまで話して止める。これ以上話したら俺の小物さと言うか、価値と言うか、存在と言うか、それら全てが明確に分かってしまいそうで。もう、知っているのにな。俺が黙ると飴は隣に来て俺を優しく抱きしめる。
「私が殺してあげようか、伊聡君のお父さん」
「…………」
「死んじゃえばいいのに、伊聡君のお父さん。伊聡君を、こんな風にした奴なんて要らないよ」
「…………俺は、飴がいるだけで良いよ」
「私も、伊聡君がいればいいんだ」
飴は笑う。
「私ね、伊聡君がいれば何でも耐えられるし、平気なんだ」
飴は俺から離れて首のインナーを下げる。そこは前よりも痕が濃くなっていた。
「お父さんの役、子供を殺す役だって前に言ったでしょ?その役作りが最近始まってね、毎日のように首絞められるの」
「飴、」
「でも大丈夫だよ。お父さん、お母さんのことで反省して私を殺さないように力加減してるの。それが上手でね、私は死なないの」
そんなこと言っている場合では無い。上手いとか、下手とか、そんな次元の話じゃ無いのだ。
「俺は、飴が死んだら生きて行けない。飴は俺が辛い時いつもそばにいてくれた。飴が死んだら、俺は、これからどうやって生きてけばいいんだよ、」
「死なないよ。死なないから」
飴はまた俺を抱きしめる。俺は飴を思い切り抱きしめる。飴に痕が残ってしまうかもしれない、強い力で。
「伊聡君、痛いよ」
「…………………」
「私、伊聡君になら殺されてもいいなぁ」
「殺さない」
「そっか」
俺は飴から離れて飴の頬を撫でる。肌荒れなんて知らない綺麗で透き通っている、怖いくらいに白い肌。ほのかに赤色が乗っていて、それが飴の妖美さを助長する。メイク無しでコレか。どんだけバケモノなんだ、お前は。そんなバケモノに、俺は告白する。
「飴、好きだ」
「違うよ」
飴はその告白を承諾する訳でも拒否する訳でも無く、違うと言う。飴は立つと俺から少し離れて窓際に移動する。
「何が違うんだよ」
俺はこんなに不機嫌なのに、飴は飄々と漂い哀しく笑うだけだ。
「伊聡君の好きと、私の好きは違うよ」
「そうだろうな」
「私の好きは恋人の好き」
「俺も同じだ」
「違うよ」
何故違うのか。俺の気持ちも同じだ。俺は本当にその意味で飴が好きなのに、違う違うと言われると何だから腹が立ってくる。だからと言って無理強いはしないけど。飴は幼子を諭すように言う。
「伊聡君の好きはね、頼る人物が私しかいないからしょうがなく私を好きになってるだけだよ。勘違いの好き。本当の好きじゃ無い」
「飴、俺は、」
「伊聡君には私よりももっと良い人がいるはずだよ」
「飴!」
「でも信じて。私の好きは、本当だから」
飴は哀しそうな、憂いを帯びた顔をする。まだ高い位置にある太陽が後ろから差し、映画のワンシーンのようだ。窓は開けてないから風は入ってこないはずなのに、飴の髪が揺れる。それは綺麗な軌跡を描いて飴を妖しく彩る。
「それを言うなら、飴のそれだって、勘違いの好きじゃないのか?飴だって、俺しか頼る人物が居ないから、」
「違うよ。私の好きは、本当だよ」
「じゃあ俺だって!」
「伊聡君」
飴はフワリと俺のそばに来ると俺の心臓の上に人差し指を置く。
「君には、幸せになってほしいんだ」
前にも聞いた言葉。互いを保険にかけて殺して、その金で色んなことする話。その話は、一緒に幸せになる話ではなかったな。
「私なんかと一緒じゃなくてね」
「……………俺は、飴と一緒じゃなきゃ幸せになれない」
「そんなこと無いよ。伊聡君は良い人で、頑張り屋さんで、優しいから」
「そんなの嘘だ!嘘なんだよ全部!そう演じてるだけで、俺は本当は醜い、ずっとずっと醜いんだよ!」
俺はそのままの感情で心に積もった言葉を吐き出す。
「私だって醜いよ」
「それでも良い!俺らはどうせまともに生きられないんだ」
「そっか」
飴はそれだけ言ってまた笑う。何で飴はこんなに平気なんだ。俺はこんなに混乱して醜い醜態を晒しているのに、飴はいつも通りの妖美な姿のままだ。
「ねぇ伊聡君」
「…………何だよ」
飴は俺のそばに来ると頬にキスを落とす。
「私が辛いとき、そばにいてね」
「……………当たり前だ」
俺はそれだけ返事をして、今日はもう帰ろうと荷物を纏めてフラフラの足で教室を出る。
「伊聡君」
俺が振り返ると、飴は笑ってハラハラと手を振る。
「バイバイ」
その姿は逆光に照らされて綺麗な輪郭を描いていた。
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