輝く飴細工

第16話 禁忌の飴細工

禁忌の飴細工

 7日22日

 夏休み初日は生憎の雨だった。俺は雨ということもあってずっと家にいた。ぼけーとテレビを見ているとふと目が止まる。そこには流麗月晶がインタビューを受けていた。


「今回の役はどうお考えで?」


「…………前にも、こんな役はやったんで」


「そうですね。監督はあの役を見て、今回のこの役はあなたにピッタリだと仰っていましたが、」


「そうですか」


 ここでインタビューは途切れている。多分、流麗月晶がどこかに行ってしまったのだろう。自由気ままで誰かの配下に付こうとしない彼のことだ、記者が何を言おうがインタビューの途中だろうが関係無いのだろう。

 俺は飴を思い出す。飴、今頃何をしているのだろうか。その瞬間、ブワリと悪寒が背中を駆け上がる。何をしているか、そんなの決まっている。この流麗月晶から暴力を振るわれているのだ。飴は言っていた、力加減が上手くて自分は死なないと。そんな訳ない、人を、自分の妻を、殺している奴だぞ。

 飴細工が砕け散ったあの日から、少しずつ飴細工は直ってきたと思っていた。でもそれは違う。昨日言われたあの言葉。



     「私が辛いとき、そばにいてね」



 あの時の飴細工は壊れていた。壊れたままだったのだ。俺は急いで立って傘片手に外に出て行く。ああくそ、財布が無いな。俺はそれを取りに戻ると、あんな一瞬だったのに父がいつの間にか玄関に仁王立ちで立っていた。


「っ、父、」


 その瞬間、俺は父に頭を殴られる。しかし、構っている暇など無いのだ。俺はすぐに階段を駆け上がり小さめのバッグにスマホと財布だけ入れて下に降りる。相変わらず父は居て、俺を通さない気だ。


「何処に行く」


「何処でも良いだろ」


「お前が変わった理由が分かった。変な奴とつるんでいるんだろ、そうなんだろ!?」


 父は血相変えて俺の肩を掴む。指が、爪が食い込んで痛い。ここだけ聞けば変わってしまった息子を更生させようとするいい父親だ。

 しかしどうだ現実は。今更俺を大切な息子とか、そんな扱いして。都合の良い頭だ。流石、暴力で人を従えながらも国を背負うとか言う奴の頭の作りは違う。


「誰だ、誰なんだ!お前をこんな風にしたのは!お前を誑かしのは!!」


「離せ!」


 俺は父の手を振り払う。そして置いておいた傘を持って先端を父の方に向ける。


「誰でもない、これは、俺の意思だ!」


 俺はそれだけ言うと乱暴に玄関を開けて外に出て行く。外は大雨で、俺はせっかく持ってきた傘を差さずにに走って家から離れる。父が追ってきていないことを確認し、少し離れたところでようやく傘を差してタクシーを呼ぶ。タクシーはすぐに来て、前教えられた住所を言うと運転手は驚いた顔をしながらも車を出発させた。


「もしかして、芸能関係の方ですか?」


「………ええ、まあ」


 父が議員だから大きく見てその関係で良いだろう、うん、そういうことにしよう。俺もつくづく都合の良い奴だ。こんな所で血の繋がりを感じたくなかったが、文句を言っている暇も無いから今は有り難くその立場を使わせてもらう。


「流麗月さんに用が?」


「はい」


「彼、出ますかねぇ」


「…………どう、でしょうか」


「貴方高校生でしょう?高校生があの流麗月晶に1人で会いに行くんですか?かなり肝がおすわりな事で」


「ええ、よく言われます」


 何となく会話をしていても飴の家は遠くて、すぐ無言になってしまった。俺は飴に「今から行く」と連絡を入れる。迷惑だと思うが、それでも会いたかった。生きていると、この目で確認したかった。

 芸能関係と言ったのが良かったのだろう、高校生では中々払えない金額をパッと払っても何も言われなかった。俺は傘を差す暇も惜しくて大きな門に駆け寄る。門は開いておらず、持ってきた傘を上手く使ってよじ登った後急いで玄関に向かう。玄関は開いていて、俺は不敬だと思いながらも土足でバタバタとリビングに向かう。早く行かないと、その一心だった。


 だって、殴る音と泣き声が聞こえていたから。


「飴!!!」


 俺は叫ぶ。飴は血だらけで瞳に涙を浮かべながら、俺の目の前で流麗月晶に首を絞められていた。


「お前…」


 流麗月晶は驚いた顔をして飴を絞めている手を緩める。その瞬間、飴は小さな声で俺の耳を貫く。






          「助けて」






 その一言で充分だった。


 俺の瞳には飴しかいなくて、脳内に奴を殺せと命令が下る。いつか、いやきっと、今すぐにもコイツを殺さないと、今度こそ飴が殺されてしまう。


 生憎、前回の訪問でキッチンの場所は知っていた。


 俺はキッチンに駆け出して引き出しを開ける。目に付いた包丁を取り出すと、すぐそこには流麗月晶が俺を追って来ていた。



 ああ、丁度いい。



 俺は躊躇いも躊躇もなく、流麗月晶に向けて包丁を振った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 一体どれほどの時間が経ったのだろう。たった数分の気もするし、数十分の気もする。


 俺はゼイゼイと息を上げていた。全身汗と血と皮脂でベトベトで、包丁は血と皮脂ですっかり切れ味は無く、それでも振っていたから刃こぼれもしている。目の前には流麗月晶だったものが転がっている。あの人形みたく綺麗な流麗月晶は居なく、ぐちゃぐちゃのドロドロになった醜い「モノ」がそこにあるだけだ。これを見て流麗月晶だと分かる者は、知る者はこの世界で誰も居ない。


 俺と飴を除いては。


 俺は目の前の光景をしばし眺めていた。もう腕がパンパンで、今日の夜は筋肉痛だな。そんな呑気なことを考える。あまりに非現実的なことに俺の頭は処理が追いついておらず、俺は何が起きたか自分でも分からなかった。

 そんな俺の耳に、ずっと聞きたかった声が入ってくる。


「ありがとう」


 飴の声だ。飴の足音は近くなる。


「ありがとう伊聡君」


 飴はこんなベトベトの俺を抱きしめる。







    「お父さんアイツを殺してくれて」







 その言葉に俺は全てを理解する。

 ああ、俺は殺したのだ。人を、飴の父親を、流麗月 晶を、この手で殺したのだ。


 俺はノロノロと顔を上げる。そこにはいくつか幼い純粋無垢な笑顔をしている飴がいた。









 その笑顔に救われてしまった、俺はもう手遅れだ。


 

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