第5話 執念

「嘘、だろ……」


 愛用の拳銃、グロッグ19が手からすり抜け床に落ちていく。散乱している薬莢にぶつかり鈍い音を立てた。


 研究を始めて8日後の9月13日の深夜11時過ぎ。俺は戦慄していた。


 今撃ち切った弾でオーラ量1.11から999.99までの実験が終わった。だが、未だ魔法弾は開発できていなかった。


 俺は力無くソファに座り込み頭を抱えた。


 8日間で10万発以上の弾を撃った。寝る間も惜しんで一日20時間以上弾を打ち続けてきた。


 その結果分かったことは小数第2位までのオーラ調整では魔法弾は作れないと言うことだった。


「まじかよ。無理だろこれ……」


 魔法弾の開発が難しいとは思っていたがまさかここまでとは思わなかった。0.01の位まで調べてダメだとすると、さらに厳しくなる。どんなに頑張っても成功しないんじゃないかと言う不安が押し寄せてきて胸が苦しい。


「いってぇ……」


 オーラ回復薬『タミエル』を飲み続けているため、頭が割れそうに痛い。酒を限界まで飲んだ後のような気持ち悪さと浮遊感もあり、最悪の気分だ。 


 少し態勢を変えるだけで全身に疲労が蓄積しているのがわかる。もう何日も布団の上で寝ていない。身体はすでに相当追い込まれていた。


「待ってろよ。必ず助けるから……」


 俺はソファに仰向けになりながら虚空に向かって呟いた。ベッドの上で苦しんでいる妹のことを考えると不思議と力が込み上げてくる。


 この8日間どんなに絶望しても、妹を助けると言う想いだけは少しも消えていなかった。


「まだまだ、これからだ。諦めないぞ。絶対に!」


 俺は再び心を燃え上がらせると険しい道のりを歩む覚悟を決めた。しかし、再び激しい頭痛が襲ってきて顔を歪める。


「今日はちゃんと休もう。もう弾もないし……。エリクサーを手に入れるまで俺が倒れるわけにはいかないからな……」


 俺はソファから起き上がると、トボトボと家に向かって歩き始めた。布団に倒れ込むと、意識を失いそうになりながらネットで『タミエル』と9ミリ弾を大量に注文した。


♢ ♢ ♢


 実験開始から39日目の10月21日、深夜2時過ぎ。


 俺は生きる屍のようだった。


 絶え間なく押し寄せる頭の痛みや、荒波に翻弄される小舟の上にいるような気持ち悪さに加え、幻覚に苦しめられていた。


 今も射撃場のターゲットの近くに紫色をした髑髏がたくさん浮かんでいるように見える。頭がおかしくなっているのかもしれない。


 正直、いま生きてられるのが不思議に思えるほど憔悴しきっていた。


 流石に一日10本の『タミエル』は無理があったのかもしれない。俺は椅子に座りながら射撃場のカウンターに上半身をのせて項垂れていた。


 魔法弾の開発はまだ成功していなかった。いや、正確に言うと成功する気配が微塵も感じられなかった。


 9ミリ弾丸の小さな弾頭の中に確かにオーラを込めているはずなのに、少しも魔法は発動しなかった。


 今日でオーラ量227.999までの検証が終わった。しかし結果は最悪だった。


 魔法が付与されるオーラの適正量を見つけると言うのは、まるで広大な砂漠の中から一粒の米粒を探しているかのようで、頭がおかしくなりそうだ。


 もしかしたら、火属性魔法のオーラを込めてたのがダメだったのかもしれない。


 それとも、今使っているメーカーの9ミリ弾には魔法が、付与できないのかもしれない。


 いや、そもそもあの中国人の話が本当に全て嘘だったのかも……。


 だとしたら今までの全てが無駄になってしまう。

 

 土地と建物代、弾代、薬代ですでに7000万近く使ってしまっている。もしこの計画が失敗したら妹を助ける道が途絶えてしまう。


 そしたら唯が……

 

 あらゆる不安が津波のように押し寄せてきて心が押しつぶされそうになる。


「くそっ!!」


 俺はカウンターの上に置かれていた拳銃と弾丸を腕で払った。床から甲高い音が広がる。


 妹を死なせたくないという一心だけで、ここまで耐えてきたが、もう身も心も限界だった。


『これに懲りたら身の丈にあった場所で生きて行くんだな』


 追放された時に洋輔に言われた言葉が脳内で響く。莫大な悔しさと苦しみが込み上げ、胸を痛めつける。


(結局俺には何も出来ないのか……、どんなに努力をしても才能の壁は越えられないのか……)


 虚しさや悲しみ、絶望といったありとあらゆる負の感情が心を満たしていくのを感じる。世界がぐるぐる回転し、もうここが現実なのか夢の中なのかもよくわからない。


 俺は足元に落ちている拳銃を拾い上げ、弾を一発装填すると、自然と自分の頭に銃口を向けた。


(いっそのこと、ここで全てを終わりにしてしまおう。どうせ、唯を助けることなんて俺にはできない……。初めから無理だったんだ……)


 とめどなく溢れ出る負の感情に操られるまま、引き金に指をかける。


 しかし、その瞬間、病気で亡くなる直前に言われた母親の言葉を思い出した。


「ごめんね。優斗。唯のことよろしくね」


 母は末期の癌だった。結衣が病気になる一年ほど前に呆気なく死んでしまった。


 あの時の母親の声や切な気な表情が、驚くほどリアルに再生された。そして、今も病室で一人苦しんでいる妹の姿も……


 その瞬間、俺は頭から銃口を外し、30メートル先に立つ、西洋甲冑に向かって弾を放った。そして、席から立ち上がると、急いで古民家に駆けていった。


 洗面所に行くと、蛇口を捻った。凄い勢いで放出される水を両手で救うと顔に叩きつけた。何度も何度も。


 鏡に映る自分を見た。髭がめちゃくちゃに生え、頬は以前よりも痩せこけていた。見るからに浮浪者の姿だ。


「逃げるな!!」


 心を支配する弱い自分を、叩き斬るように叫ぶ。


「俺が死んで、誰が唯を助けるんだ!! 他に誰もいないだろ!!」


「無理なことに挑むしかないんだ!! 母さんの言葉を思い出せ!」


「諦めるな! なんとしてもやるんだ! 唯の命は俺にかかっているんだ!! 諦めるわけには絶対に行かない!!」


 鏡の中の自分を睨みつける。少しずつ体に力が漲っていく。


「心を燃やせ! 2度と弱気になるな!! あいつは今も病院のベッドの上で一人戦ってるんだ。俺が頑張らないでどうする!!」


 鋭い言葉が自身の心に突き刺さった。最強の燃料が心に充填されていく。


 俺は再び闘志を燃やした。先ほどまで見えていた幻覚はもうどこにも見えない。不思議と頭も冴え渡っていた。


 俺は再び射撃場に行くと実験を開始した。


 深夜の山奥に銃声だけが響きつづけた。

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