第3話 灰色の世界で

「ロベルトぉっ!!」


 奴はもう他者の生命を傷つけるだけではなく、殺していた。そしてなおも迷いの無い『殺意』を向けていたのだ。生かしておく理由は無い。私と、同じくらいに


「貴方の仲間ですか。既に彼の槍の穂先は血に濡れていますね」

「な……?! え、え……い、いや……俺達はただ、この村が邪悪な『魔女教徒』が恐ろしい儀式のために悪さをしているんだって……そう、そう聞いて……」

「こんな……こんな村になにがあるんですかっ! みんなガンバってまた田畑をたがやさないとねって! 今年は豊作だといいねってっ! そんな村なんですよっ!!」


 村の少女の悲痛な声が轟く。それを聞いた彼からまた芽生え掛けていた『殺意』は消えていき、代わりに古傷の中の肉を少しづつ何かに食われるような『悲痛』の感情が押し寄せてきた。殺命者とはいえ、仲間は仲間、か……


「……確かに、一見したら本当にどこにでもある村に見えた……けどっ!」

「けども何もありません。あの村はスブパといいまして、昔から土地が痩せていて作物があまり採れず、近くの森に頼らざるをえなかったのです。ですから恐ろしい儀式とやらをしている暇などありません」

「だ、だがっ! まがまがしい魔女の――」

「アレはこの村をすくってくれたリヴェラ様の――」

「リヴェラ! やはり、っ……!!」


 彼は剣を構え直した。あれが何の素材か、どんな物か、その構えも繰り出す技にも興味は無い。だが、非戦闘員にも『殺意』を向けたのは間違いない


「やはり“正義の勇者”は“悪の手先”なら非戦闘員とて嗤って手に掛けるのですね」

「!! う……ち、違う……俺は、俺達は……うあああああ!!」


 奴の顔を見てしまう。若い。しかし酷い皮膚病に幾つも罹患している。これで確信した。彼等はもう、のだ


剣の重みを活かした必殺の連撃が敏捷な体捌きと共に華麗に舞う。心技が崩れているのにこれまでとは凄い……残念だが、これでは私ごときでは負けるだろう


「ああああああああ!!!」


 くぅ……彼の剣には古傷に酸を注ぎ込まれるような『悲愴』の痛みがある。仲間を殺された怨み、大切な存在を殺された痛み、信じていた信念が揺らぐ悲しみ……それが分からなくはない。無駄に歳を取るとそんな心も“分かって”しまう


「死ねえっ! 牙連昇っ!!」


 ? 訳の分から――むっ?!


ががががが、と。どういう理屈なのか分からないが、地面から骨のような刃のような白く硬い何かが生えてくる。何故か、と問うよりも先に体が逃げていた。これは間違いなく駄目だ。超常の力を目の当たりにした私は半ば諦める


 無理なものは無理だ。“挑戦”は蛮勇でしかない。技術や知識、経験や戦技に至るまで、積み重ねてきたものは重い。“奇跡”や“信念”での勝利など無謀に信じるには歳を取り過ぎた。駄目なものは駄目なのだ、砂粒は大河に逆らえないように、な


重そうな鈍色の直剣が、しかし鋭さを失わずに振られる。飛び退き、転がり、躱せるものは躱すが……涙に塗れた彼の顔を見るとどうしても腕が動かない。喪う痛みは私も嫌という程に分かっている。その原因に対する怒りもまた、分かってしまっている


だからこそ手が出せない。ざくり、しゅくっ、と肌が切れる音がする。しかし未だ致命傷にはなっていない。それが幸は不幸か分からないが……少なくとも彼の動きは鈍重になっている。当たり前だが体は正直に疲れる。気力では代わりに動かないのだ


「はあっ! はああっ!!」

「センセイっ!」

「いい加減にして下さい。仲間を殺された怨みは分かります、私には泣かれる身寄りもありませんが……それでも、殺命者の仲間を庇う貴方に殺されたくはありません」

「だ……だまれえぇっ!!」


 現実は残酷だ。絵本や物語のように延々と武器を振り回せる程に世界は優しくないし、武器や防具は地面に擦れても壊れてしまう。まして『ガレンショウ』なるおかしな技を使う時に擦り付けた剣はもう刃毀れしている


そんな物を、しかし気力だけで、しかも怒りに任せて大上段で振りかぶれば胴体はがら空きになる。また罪を重ねてしまうか。そう思って左手に力を篭も――らせられなかった。臭いが……嗅ぎ慣れた臭いが、した


「この臭いにあの煙……あなた方はそうまで心を捨てられるのですかっ」

「なにをほざ……!? け、煙っ?!」

「え……ああっ!! 村がっ!! 村からケムリがあああぁっ!!!」


 血肉の焼ける臭い、死の穢れ、こんな遠くからでも感じられる程の『悲痛』と『恐怖』と……古傷がざくざくと切り開かれるような『絶望』が絶えず伝わってくる


「貴方は何人連れてきてっ、何をさせたのですかっ」

「ま、待ってくれ! これはきっと……」

「逃げ惑うだけの無力な少女を剣で脅しながら追い掛け、仲間は既に生命を奪った上に更に罪を重ねようとし、今度は平和な村を焼き討ちですか。ご立派な使命ですね」

「違うっ! これはきっと『魔女教徒』が――」

「だからそんなのいないって言ってるだろっ!! リヴェラ様のコトすら知らないクセにっ! なにがユウシャだっ! ただの殺命者だろうがあっ!!!」


 少女の絶叫に本来なら大陸の民からは出ない筈の『殺意』を感じ、私は戦意を喪失した男を放って村の方へと走り出した。彼は何も言わずにただ戸惑うばかりで、その幼さの残る顔は不安に満ちている。これはもう相手にする必要は無い


スブパの村は私の破れ屋からは離れている。普段は会わない近さで、しかし緊急時にはそう遠くない距離だ。“魔森の装束”は全てが植物で作られているから足が遅く、装備の多い私でもそれなりに走る事が出来る


全力で走り……段々と顔が強張り、とうとう顰めた。駄目だ。とてもあの子に見せられる光景は残っていない。嗅ぎ慣れた、そうなってはいけない臭いがしてきていた



 村だった場所に到着して……私は目の前が灰色になった。目がすうっ、と自然に据わっていく。もはや筆舌に尽くし難い。この大陸には必要無い、生命どもめ!


「命中っ! 偏差射撃も慣れ――」


怒りを抑えながら林の中に走り込み、げたげた嗤いながら逃げる方々を長弓で射っている女を観察する。ヒト、普遍的な女弓兵の軽鎧、立射中、身長はやや高め。次の矢を取る為に箙……ではない、背中の矢筒に手を伸ばしている


そこまで確認すると林から飛び出し、急接近する。あと少し、という所で奴に気づかれて振り向かれる。右腕を下から振り、小刀を右目に投げた


「え――ぎゃあっ!!?」


命中。眼窩骨には弾かれていない。押し込むか


「……」

「いだいっ! いだ――ぐ、うぇ……」


そのまま接近して弓を取り落とし、悶えている奴に向かって左手の短刀の柄を両手でしっかり握って右腎臓へ体ごとぶつかる。骨の感覚は無い。奴は少し下がって仰向けに倒れ、私はすぐに腹を踏みつけて右目に刺さっている小刀の柄を踏み込んだ


「ぎ……」


終わりだ、次。あの無抵抗の者を虐殺する歓喜に陶酔している奴。血濡れた斧、老夫婦を追い掛けていて気づいていない。しかし兜こそ脱いでいるが全身用の板金鎧、あれは何も通じないな


 私は死体から飛び降り、小走りで奴の方へ向かう。右手で右腰の衣嚢から開き口をかなり捻った花粉袋を取り出し、左手は腰帯の左1番の短刀を順手で抜く


「ハピア逃げなさい! ワシはもういいっ!」

「あなた……嫌ですっ! 死ぬ時は同じですよっ!」

「はははははっ!! さあ……ん?!」


そのまま老夫婦の前に飛び出し、奴の見るに耐えない顔に親指と人差指で開き口を緩めた花粉袋を投げる。ばさっ、と黄緑色の粉が踊った


「おわっ?! う……ぎっ!!?」

「……はっ」


顔を抑えて苦しみながらも右手でぶんぶんと斧を振り回す奴の背中に回り、勢いをつけてその背中を蹴る。まともな状態なら何ともないだろうが、奴は目と鼻の痛みで立っているのもやっとだった筈だ。案の定、うつ伏せに倒れた


「うわ……?! と、と……うがっ!」

「ば、化け物……っ!」

「あなたっ! 逃げますよっ! 立ってっ!」


 化け物、か。そうとも、私は化け物だ。だから、躊躇わずに殺せるのだろうさ


全身用の板金鎧は倒れてしまうと却ってその頑丈さが仇になる。どれ程に軽量にしようとも、1度倒れてしまえば自分だけでは容易に立てなくなってしまう。奴は虐殺を楽しみたくて兜を脱いだようだ。あとは、何万回と繰り返した動作をするだけ


右手で後頭部を叩きつけ、左手の短刀を後頭部と首の境目にある『死命部』へと刃を横にして真下ではなく、やや刃を上に向けるようにして突き刺した。僅かに骨の感触はしたが、鈍い音がした。これならもう斧を取る間も無く死ぬな


 春雨と火の粉と血煙と、雨だれと火柱と血の噴出。そんな綺麗なものと醜悪なものが同居する奇妙な光景を目にして、漸く私の世界に色が戻った。そしてやっと、目元の周りに付いている透明な液体が血だったと、そう気づいた

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消えた見えない星の物語 浦灰洞 @yukishirotya

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