第2話 “正義”の軽重を問うて

『ほら、食うんだ。あ、だがちょっとずつで良い。ゆっくり、無理なく、な……』


 はい、師匠……いつものように今日も過去の思い出と共に生命をいただく。薬草を煮込んだ根菜こんさい汁物しるものと乾燥果実。まるで病床の者に出すような献立だが、私は常時病気寸前のような体だからこれくらいしかれないのだ


この貧村ひんそんでは火を使って料理をする事は普通は贅沢ぜいたくな行為で、家から良い匂いのする煙が出るだけで眉をひそめる者もいるくらいである。だが、私は薬草をせんじて水薬みずくすりを作らねばならないのだ。粉末や丸薬が嫌いな種族も多い


ああ、思えばチトル師匠もヴォルエイ族でいらしたな……彼等は粉薬や苦みのあるものが嫌いなので樹液やみつで包んだ物を出さないと不機嫌になる。師匠はそんな事を1度もなされなかったが……だが、やはり甘い物が好きでいらした


『ばか弟子、またあの薬をくれんか。また……が入ってしまったのでな……』


 ……私が未だ未熟だった頃、師匠は孤独に血と死にまみれて戦っておられた。そして必ず帰ってきなさると冷水でお体を清めなさり、酒をぐいぐいと無理やり呑んでしまわれたものだったな……そして、いつも、いつも泣いていらしたものだった


 皆が言っていた、“血にえた褐色かっしょく”などと。それを聞く度に私は怒った。師匠は本来なら濡羽ぬれば色の美しい毛並みをしておられるのに、返り血を浴びるから赤黒く染まってしまわれたのだ、とそう怒鳴り散らしたかった


だが……師匠は何も仰らず、ただただ"弱者”をお救いになっていた。私は今もそのご立派なお背中を追い続けている。どれ程にさげすまれようとも最先に悲劇を止める為の悲劇を始めなさる、あのお姿を。だが、そんな師匠も……


『ばか弟子よ、もう戦わないでくれ……我はとうにいとわれているから今更にどう誹られようが構わぬ。しかし、お前は未だ正道せいどうに戻れる……皆から愛される存在になれ……』


 そう泣いておられた。しかし、殺した相手の遺体を丁寧ていねいほうむられておられ、私が死化粧しげしょういたしましょうかと傲慢ごうまんにも申し出た時には


『そんな事も出来るのか? ふふ、ばか弟子などとはもう呼べぬなぁ……』


と喜んで下さったものだった……だから、私はどれ程に蔑まれようと、嫌われようと構わない。“成金の怪力女”が、"血に飢えた褐色”が、そして“最悪の魔女”が私を守ってくれたから。だからこそ、私は最期さいごまで幸せなど求めてはならないのだ


 薬湯やくとうをゆっくり飲みながら、その残り火で水薬を作って木筒きづつそそいでいく。目薬、皮膚ひふ薬、胃薬、鎮静ちんせい薬……火がなくなるまで煮出にだしを続ける。枯れ木も薬草も水も鉄も……何もかもが大陸の恵みだ、少しも無駄むだにする事は許されない


細心さいしんの注意を払って1本1本に水薬を注ぎ込み、しっかりとせんをして暗所あんしょの倉庫へしまい込んでいく。これらは夏に近づくにつれて需要が高まっていく物だ


この効能を劣化させてはならないのでこの倉庫だけはしっかりと修理している。他の部屋は隙間すきま風に雨漏あまもりにとひど有様ありさまだが、直しても直してもきりがないので仕方が無い。それでも野宿するのに比べれば何もかもがありがたいがな


 3杯めの薬湯を器に盛った所で、にわかに外がやかましくなった。閑静かんせいな貧村では秋の収穫祭以外ではまず盛り上がる事など珍しく、皆が皆して苦しい生活に耐えているので喧嘩けんかなどをする元気も無い筈なのだが……


そんな事を考えたが、すぐに止めた。私は不吉な“9等星”の生まれ星を持った、本来なら生きていてはいけない存在……何をするにつけてもこの大陸に、愛しいロトシー大陸にとっては迷惑でしかないのだから


 3杯めの薬湯に口をつけ、ようやく胃が長く続いていた重い痛みを発するのを止めてくれた時だった。再び胃が痛むような音が、においが近づいてくる。またか。そう思いながらも右手の器を置いて立ち上が――りざまに左手で外套がいとうから小刀こがたなを抜いた


どだどだ。そうとしか表せないような林ではなく山道を走る音が近づき、その度に増していく血の臭い。そして……死の穢れ。それらを感じて思わず小刀を抜いてしまった。やはり……私にはもうこんな平穏な暮らしは許されないのだろう


 ほんの少しだけ目を瞑り、覚悟を決めて外套の前を開ける。使いたくないとは思ってはいたが、それでも捨て切れなかった小道具やあちこちに仕込んだ小刀、蔦の帯に差してある短刀がその存在を主張し始めた。お前には自分達が必要なのだ、と


「待ってくださいっ!」

「イヤですっ!! センセイっ! センセイっ! たすけてぇ!!」


 ぶちっ、と下唇の端を噛み千切る。何が“先生”だ。“外道の化け物”、“気の触れた怪物”だろうさ。いや、それは間違ってはいない。私がしてきた事を考えればその通りだとも。だが……私が望んで刃を振るったのはただの1度だけだった


『アタシの代わりにさ、キミが“ひーろー”になってほしいな……って……』

『常に忌まれるが、しかし、我等は必要、だ……済まぬ、後を、たの、む……』

『私なら大丈夫。だって……私は“最悪の魔女”なんだから、ね?』


そして……皆もそうだった。『コイツだけは!』とディオーネは泣きながら力を振るった。師匠は『むを得なかった』と外道の道をただおひとりで歩まれた。そして、義母上は今もなお『“大陸の守護者”だから』と戦っておられる


 だが、私は“もう”ちが――いや……“元から”違っていたのだったな。侵略者の最先鋒、敵は元より味方からも恐れられる最悪の種族、ヒト。この忌々いまいましい体にはその血が確かに流れている。殺しを楽しめる素質が脈動している。救いようの無い、存在だ


心が無になり、世界から色が消えていく。これが本来の“私”の姿なのだろう。ディオーネは蔑むだろう。師匠はお嘆きになるだろう。義母上は“排除すべき敵”とお思いになるだろう。それでも、こんな私ごときでも助けられる生命があるのなら迷いは無い


「センセイっ!」

「う!? 貴様、その異常な雰囲気……アルジェラ達を殺したのはお前か!」

「すみません、どうでもいい方の名前などすぐに忘れてしまうのです。ただ、『魔女教徒は殺せ』と世迷言を吐かし、逃げ惑う民に武器を向けた連中は殺しましたよ」


 3月前、そいつらは突然現れた。『魔女教徒を殺せ』と叫びながら恍惚こうこつに満ちた笑みを浮かべながら老若男女の種族問わずに武器を向け、戦いと呼ぶのもおこがましい虐殺行為を行ったのだ。それは間違い無い。実際に被害は甚大だったからな


私はその時には珍しく往診おうしんの帰りだった。異変を察し、外道の勘が息を吹き返し、いつも通りに左右の腕が動き……気がつけば、助命をう連中を淡々たんたんと“処理”していた


彼等の嘆願たんがんを聞く気はなかった。脅すだけではなく、実際にその刃を向けていたのだから。だが……終わった時には彼等の遺品が私の心を抉った。そのほぼ全てには“魔女”という“悪の権化ごんげ”を倒して下さいという“正義”の願いが込められていたからだ


だからといって“敵”と見なした相手を虐殺する理由にならないが……彼らはそれを持たされてしまったが故に、期待されたが故に、引き返せなくなってしまったのかもしれない。“正義”という美酒に泥酔でいすいしなければならなかったのかもしれないのである


「貴様……!」

「貴方の仲間を手に掛けてしまった事については認めます。しかし、私はそれについて謝罪も言い訳もしません。この大陸では他者の生命を奪う行為はどんなご立派な大義名分を掲げようとも許されないのです。皆が等しく、罪者ざいしゃなのですよ」

「……」


 彼は私の言葉に明らかにたじろいだ。相変わらず古傷が『殺意』を叫ぶ。分かってはいる。仕掛けるなら今だ。だが……未だ、未だ、彼は迷っているのだ!


「自分の姿をもう一度見直して下さい。ぼろぼろの薄い服を着た非戦闘員に、貴方は今、抜き身の直剣を向けながら話を聞けと追い掛けているのですよ」

「お、俺は……ただ、話を……」

「なら、どうして武器をしまわないのですか。どうして距離を置いて、穏やかに話し掛けようとしないのですか」

「それ、は……」


 びたり。古傷から止め処なく血が溢れる冷たい痛みが止まった。やはり彼は駆り立てられていただけだったのだろう。“正義の勇者”よ“悪の権化たる魔女”を殺してきてくれと、そう言われて旅立たざるを選なかったのだ


そう思った時だった。殺気。右手が自然に動き、腰帯の左2番の短刀に手が伸び――


「げ、ぐ……っ……」


左の林から現れた男の喉に逆手で投げていた。奴は槍を……それも穂先ほさきが血濡れている槍を落とし、血をき出しているのどに手を伸ばしたが、そのままうつ伏せた。ずぐぐ……と短刀がより深く刺さる音だけが静寂の中に響いた


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