消えた見えない星の物語

浦灰洞

消えた“見えない星”が忘れようとした記憶1 紅色の呪石

第1話 過去“しか”ないのでございます

 明け方からやわらかく、あたたかな春雨はるさめが降り続いているが、それでも私はいつもの装束しょうぞくを身にまとって大陸の恵みをいただいていた。薬草、香草こうそう、野菜、果実……あらゆる生命いのちが輝いて見え、どうにも気後れして刃が進まない


すまないね。そう思いつつ丁寧ていねいに、しかし残酷に彼らの生命を刈り取る。この葉がくきが根が、その全てが生きる上で必要なのだ。そうは思っても……こんな外道の生命を長らえる為に犠牲になる彼らの心を思うといたたまれないものである


血塗ちぬれたその手でさわんじゃねぇよ!」

「死でけがれた体で近づかないで」

「この子の生命だけは助けてください……」


 また、そんな声が聞こえるが……それは気のせいだ。私は特別な存在ではない。だから……彼等の言葉を聞きたくても、聞く事など……できはしないのだ


空をあおぐ。自らの非才無能ひさいむのうを今日も痛感し、またなげく。ああ、私の星よ……この愛しい大陸からは“見えない星”よ……もう、もう落ちてしまってくれないかな。私にはもう今も、未来も見えないし、見たくもない。もう、生きていたくないんだよ……


春雨のしずくか、外道ごときの涙か、この醜い顔の目からつゆれ……いつもの顔覆かおおいがそれを吸い取ってくれる。目元以外は全て覆うこれは、ただでさえ醜い顔に刻み込まれた古傷をも隠す為に必須な物だ。賊徒ぞくとと間違えられるのがなんではあるが


それに加え、敬愛けいあいする義母上ははうえのお帽子に似せた魔女帽子、衣嚢いのうつたって作った帯が以上に多い長外套なっがいとう樹皮じゅひをなめして作られた木の長靴ちょうかが私の装束である。古くは“魔森まもりの装束”といわれていたそうだが……それ以外はよく分からない


 だが、私は余程よほどの事がなければこれ以外の服装に身を任せたくないのだ。いや、着たくない、と言うべきだろうな。なにせ……これは“大陸の守護者”たる義母上がお手ずからに作って下さった私専用の装束だからだ


確かに素材の全てに金属が使われていないので防御力は無きに等しい。それに全てが木賊とくさ色で染められ、更に目を引く天草あまくさ色の1筋の線が入っているので自然が無い所では隠密性も無いのだが……これは義母上からの餞別せんべつの品だ、手放す気は微塵みじんも無い


 この装束に身を包み、日々自然の中で大陸の恵みをいただいて暮らす生活を始めてもう3月になる。だが……やはり病弱で貧弱な私には療養りょうようしなければならないらしい。こうして小さな畑を世話しているだけでも息切れしそうなのだ


ついでに右肩の傷の治りも遅い。やぶれかぶれでなまくらの直剣が肩峰けんぽうかすっただけだったが……まさかにここまで治らないとはな。我が体ながらあきれる程にもろいな……


32。いつの間にかそんな歳になっていた。幼い頃は“今”を生きるのに必死で“未来”など考えられなかったが……今となっては、その“今”すら無い。もう私には“過去”しか……優しい過去の思い出しか、それしか見れなくなった


 今だって私なんかに触れてくれる春雨の優しさに、またしても涙が出そうになっている。嫌だな、と思っているだろう。避けたい、と思っているだろう。当たり前だ、血と死に穢れた私なんかには近寄りたくもないだろうから


無論、そんな声は聞こえない。私のただの思いこみだと、分かってはいるのだ。しかしながら……私はあまりにも生命を奪い過ぎてきた。相手の返り血を浴び、自らの血を流し、殺して、殺されそうになって……そんな事ばかりしてきたのだ


それは必要だったのかもしれないし、不必要だったのかもしれない。それはもう今となっては分からないし、当時も分からなかった。ただ1つ分かっているのは私はこの大陸に相応しくない存在だという事だけ……絶対に逃れられない、烙印らくいんである


 さらさら……そう静かに歌う春雨の子守唄に耳をかたむけながら、また殺命さつめい行為を始めようとした時だった。がさり、と、不自然な音が聞こえた。左の腕を動かし、外套の右胸に結わえてある小刀を手に取り、右手の短刀を静かに逆手に持ち替える


長年の荒れた生活でつちかってしまった嫌なかんは反応しない。だが、“負の感情”を敏感に受け止めてしまう古傷が痛んだ。きちきち……まるで開いた古傷に爪先つまさきとがった小虫がい回るような不快なこれは『恐怖』の感情だな


 私は気がつかない振りをし、しかしいつでも動けるように中腰のまま、殺されるかもしれない恐怖に怯えているのであろう植物たちを見回しながらも集中する。背後を見せているが、さあ、どう出てくるか


「あ、あの……」


声は女、おびえて震えてはいるが殺意は無い。それにこれは演技ではないな、何かを演じようとするとかえって感情が強く出てしまうものだ


「……私、ですか」

「はい……あの、その……」


相変わらず『恐怖』の痛みを感じさせながらも女は近づいてくる。だが、こそこそと、決して林の中からは出ないようにして。化け物と、そう言わんばかりに、だ


「……薬ですか、仕事ですか」


 自分でも驚くくらい、冷たい口調で言葉が出た。いつもの事だったが……こうして私を化け物のように扱っているのに、この3月の間、周囲の目を憚るようにしながらも様々な用事を頼み込んでくるのである。自覚はなかったが、辟易へきえきしていたらしい


「その、薬を……子どもが2日前からおなかがいたい、と……」

「お腹が痛い、だけでは何も分かりません。どこがどう痛むのか、他におかしな仕草や素振そぶりを見せていないか、顔色や肌のつやはどうか。そのくらいは教えてもらえなければ……全ての病に効く万能薬などは無いのです」

「え、えっと……と、とにかくおなかをおさえて……ねつはなくて、顔色はいつもと変わらないみたいで……そ、そのくらいしか……」

「それだけでは何も出せません。魔女様や大陸公認医師ならともかく、メルーカの子供、腹痛、平熱、顔色は平常、この情報だけでは胃薬しか出せませんよ」

「出してもらえるのならなんでもイイです。ですがその……」

「構いませんよ、支払える時で。取り敢えずは病気用の胃薬とメルーカに起こりがちなちょうサバセンに対応している水薬を出します。少し待っていて下さい」


 ありがとうございます。そんな声が聞こえたが、私はえて無視して家の中へと入った。薬と知識を持っているが、いつ暴れるかもしれない怪物、それが私に求められている役割だ。それ以上になっても、それ未満になってもいけない


どんな生命も全て1回1度の1つきりでしかなく、代えなど何処にも無い大切なものだ。その思いは幼い頃から変わってはいない。しかしそれは……歳を重ねるたびに、何処へ行こうと気儘きままになればなる程に、揺らいでいったものだった


他者の生命を何とも思わない者、モノと生命とを平気で秤に掛ける者、自分の生命だけは特別だとのたまう者……そういった連中の事を見聞きする度に、私は自分の救命行為や殺命行為に辟易してしまったのだ


 今でも生命は大切だとは思ってはいる。だが、それは木枯らしに耐える枯れ葉のようなもろさでしかない。だからもう、何にも関わらないように、しかし見捨てないようにはしているのだ。冷淡で無感情で不気味で……そんな嫌厭けんえんされる存在を演じている


 薬を手にし、ぐっ、と下唇したくちびるみながら表に出る。依頼者は未だ林の中。それで良い。そのままでいてくれ。私はもう、誰とも交流を持ちたくないのだ


「お待たせしました。こちらの粉薬が胃薬、1日3回までならいつでも飲ませても大丈夫です。この潤朱うるみしゅ色の丸薬が腸サバセンに効く丸薬で、かなり苦いですが効果だけは保証します。こちらは1日1度、1粒までにして下さい」


 私は春雨が降ってぬかるんだ道に清潔な布を敷き、そこに薬を置いた。正直に言えばこれで良くなるのであればそれに越した事はないのだが……メルーカ族は消化器官があまり強くない種族だ、心配ではある


「あ、ありがとうございますっ! このお礼は、いつか必ず……」

「それは結構です。私は“外道の化け物”、“気の触れた怪物”……そうでしょう」

「え……えっ、と……」

「さようなら」


 私は話を切って家の中に入る。古く傷んだこの家はまたも雨漏りをしていた。さてさて、これはまた直さないとだな……


疲れ切った心中の言葉の響きとは裏腹に、普段はぴくりともしない口角が少しだけ上がっていた。春雨ちゃん、あまり困らせないでくれないかな。また……あの子の幻影が見えてしまっているじゃないか


『コレが『ハルサメ』? イヤ、キリじゃんさー……え? それじゃダメなのー?』


 えへーっと笑う、亡き親友ディオーネが……今日もまた春雨の中に見えていた

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