再第6話 黒き魂の咆哮
死体だらけの砦をかいくぐるのは容易だった。
セレスの施した術の特異性ゆえか、ゾンビたちはレオを認識できない。
腐臭の漂う廊下を、レオは無言で歩いた。
血に濡れた石畳の上に、無表情の死体兵が断続的に立ち尽くす。
壁には新たに描かれた符文。剥がれ落ちた部屋番号。砕けた鎧の残骸。
――かつて自分が歩いたその場所は、すでに“死者の工場”と化していた。
記憶にあった砦の面影は、すべて死臭に塗り潰されている。
軍の司令部は最上階。リュグナーの性格を考えれば、そこにいると確信できた。
血濡れた扉を押し開く。
静まり返った部屋の奥、黒檀の机に座る黒い影。
それは記憶とは違う異様な気配を纏っていたが、確かにリュグナーだった。
豪奢な黒鎧に青白い肌。見覚えのある姿。
だが――眼がなかった。光を喰らうように、眼窩は真っ黒に穿たれている。
「……珍客だな。貴様は、レオか」
喉が震える。
「……わかるのか」
「光に依存した不安定な感覚は、とうに捨てた」
リュグナーが立ち上がる。
「魂は偽れん。怒りも、悲しみも、覚悟も――すべて分かるさ」
レオもまた、感じ取っていた。
“見える”。
今のリュグナーの魂は、かつてのそれではなかった。
黒く、巨大で、ねじれ、渦巻く黒鉄の雲。
いくつもの魂を無理に溶かし込み、融合し、拡張した――異形の魂。
「……お前、他の死霊術師の魂を取り込んでいるな」
レオの言葉に、リュグナーは薄く微笑んだ。
「必要だった。知識も力も、器も。……“誰のもの”かなど問題ではない」
「そうやって魂を喰らって、何になるつもりだ」
「私は私のままだよ、レオ。ただ、どこまで行けるか確かめたいだけだ」
レオは剣を抜いた。
リュグナーもまた剣を引き抜き、一歩を踏み出す。
影が重く這い寄り、床に刻まれた魔術陣が淡く光る。
「だったら――ここまでだ、リュグナー!」
重苦しい静寂を裂いたのは、リュグナーの黒剣だった。
剣は夕影のように伸び、床をえぐりながらレオへ迫る。
だが、それは空を切った。
レオは高く跳び、剣を肩に担ぎながら避ける。
リュグナーが指を鳴らす。
床の陣が歪み、黒装束の兵が這い出てきた。
鎧を纏い、顔のない兵士たち――意思なき死者。
「“フェリクス兵”……意思を持たぬ不滅の兵、いや兵器か」
「ならば一対一と変わらんさ!」
剣を大きく振り回し打ち払う。
土煙と腐臭を巻き上げて、死霊兵が一斉に襲いかかる。
剣が閃いた。
肉を裂き、骨を砕き、無数の兵が宙に舞った。
死体を割りながら黒い線が背後より迫る。
レオは一転して黒い線に剣を合わせ、火花を放ちながらリュグナーの元へ駆けた。
勢いのまま、鍔競り合いの形から、腕ごと顔を引き裂いた。
「終わりだ、リュグナー!」
剣が肉を断ち、腕ごと顔を引き裂く。
呻き声を上げて床を転がるリュグナー。術を操る腕はもうない。決着はついた――そう思えた。
「……まだ終わらんぞ、レオ!」
背後で、もう一対の隠し腕が印を結ぶ。
黒い霧がリュグナーの身体へと流れ込み、その輪郭が膨張していく。
皮膚が裂け、骨が変形し、複数の顔と手足が混じり合う。
そこに現れたのは――継ぎ接ぎの竜。
暗い眼窩の奥、なおも黒く燃えるリュグナーの魂があった。
「私も――異形なのさ、レオ」
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