再第6話 死神の砦
空はどこまでも灰色だった。
濁った雲が広がり、影と光の境界も曖昧なまま、北門前の広場を覆っている。
――幌をかけられた遺体の山。仮布に包まれた亡骸が、軍規格の無紋馬車に積まれ、列をなして並んでいた。十数台の車列が軋みながら砦へと進んでいく。まるで死体が死体を運ぶような光景。
その一台。手綱を操るゾンビの隣に座り、セレスはひょいと横目をやった。
「馴染んでますね、騎士殿」
軽口。しかし、隣の“ゾンビ”は答えなかった。フードを深く被り、血の気のない頬を隠している。
セレスは口元に笑みを浮かべる。
「今日から私は雇われの死霊術師。あなたはその従僕。到着したら、私は砦の死霊術式を壊し、あなたはリュグナーをとっちめる。――冷静に考えると、なかなか無茶ですよね?」
レオは顔を上げずに答えた。
「できないことじゃない。砦の構造は知り尽くしている」
「死霊術式は?」
「……お前以上の死霊術師を俺は知らん。どうにかできるんだろう?」
「ふふ。そう来ましたか」
セレスは皮肉めいて笑い、手綱を締めた。彼女の視線の先、砦の門がゆっくりと開かれていく。湿った風が吹き抜けた。
――死神の砦。
門番の問いは簡素だった。封印符と記録用紙を見せると、詮索もなく通される。やはり内部の人間は“考える必要”を奪われている。
レオは微かに顎を引き、セレスは目で合図を返した。馬車は低く沈んだ搬入口へ進み、生気を失った兵士――否、すでに死者となった兵が機械のように誘導する。
換気装置の重い唸りが耳を圧迫し、腐臭が鼻を刺した。中庭に入った瞬間、レオは光の歪みに思わず目を細める。
そこには巨大な陣幕が広がり、その中央に“何か”があった。
――青白い炎のような結晶。
無数の死体が円環を描くように並べられ、その中心で結晶は淡く燃えている。炎は時折形を変え、まるで断末魔の声が形をとったかのように揺らめいた。
レオが言葉を探していると、隣のセレスが下唇を噛んだ。その目は険しく、迷いなく結晶を睨みつけている。
「……魂を吸い出して、無理やり物質化してる。刻むことも、流し込むことも、読むことも、燃やすことも……全部可能。これ以上ない禁術です」
声には怒りが滲んでいた。
レオは、もうひとつの異様さに気づく。
「……警備も作業員も、一人も“人間”がいない。全員ゾンビだ。死霊術師すら見当たらない……こんなことがあるのか?」
セレスは短く息を呑み、馬車の幌を蹴って降りた。ゾンビたちは反応しない。死霊術師の制御がなくても、異常を判断する機能を持たないのだ。
「遠隔操作で全体を自動運用……理屈としては可能です。ですが、“正常な”死霊術師なら絶対にやらない。――これは尋常じゃない」
彼女は杖を抜き、地に構えた。魔力が空気を走り、瞬く間に魔法陣が広がる。
「私はここで術式を破壊します。中心部は遠隔の癒着式……ここを潰せば崩れます」
レオは口を開きかけ、そして閉じた。表情には、恐れと決意がないまぜになっていた。
「……気をつけろ。今度は、守ってやれんからな」
セレスは振り返り、静かに笑う。
「ええ。絶対に負けないでくださいね」
レオが一歩踏み出したとき、彼女は背に声をかけた。
「――あなたは、私の最高傑作なんですから」
それは皮肉にも、激励にも聞こえた。だがレオは振り返らない。
ただ足音だけが、砦の奥へと消えていった。
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