第19話

 砦の大半は吹き飛び、石は割れ、通路は裂け、廊下には燃え残った霧の名残が漂っている。

 その瓦礫の合間を縫うようにして、セレスが現れた。

 彼女の黒衣は煤け、杖も焦げていたが、足取りはしっかりとしていた。

「……ご無事でしたか。さすがは私の最高傑作。――いえ、“騎士殿”ですね」

 変わらぬ様子で胸を張るセレスにレオも笑みが漏れた。

「そっちの仕事も終わったようだな」

「当然です。魂は天に、肉体は地に返しました。もう辱しめられることはございません」

 レオは瓦礫に腰かけていた。剣は鞘に収まり、視線は砦の崩れた天井、夜の空を見上げていた。

「記録も資料も、全部吹き飛ばしちまった。……これじゃ俺のことも、全部闇の中だな」

「でも、貴方はここにいます。今夜の貴方は、きっと誰よりも輝いてました」

「そうか?」

「ええ。とても。素敵ですよ」

 レオは小さく肩をすくめ、顔を逸らした。

「証拠も、名簿も、記録も、消えた。

 けど――俺には、“どんな剣を振るえばいいか”が残ってる。

 それがあるなら……もう一度、騎士をやってもいいのかもしれねえ」

 彼の背はまっすぐだった。

 つぎはぎの体。記憶の抜けた顔。だが、その姿には決意があった。

 セレスは一歩、前に出てレオを見上げた。

「それなら……ちょうど良かった」

「ん?」

「私、今回の事件で確信致しました。これからは“死霊術”を正しく広めなければなりません。

 その過程で各地を回りますし、いろいろと敵も増えるでしょうし……」

 彼女は軽く笑って、言った。

「――だから、騎士様。

 私の護衛に、付き合ってくださいよ」

 レオは呆れたように息を吐く。

「俺みたいな女の顔した、つぎはぎ騎士でも?」

「ええ。あなたは“騎士の中の騎士”ですから。

 魂を見れば、誰よりも誇り高い剣の持ち主です」

 レオは小さく笑った。

「……護衛騎士ってのも、悪くないな。

 ま、命は高くつくぞ?」

「護衛代は、命の貸し借り分でおあいこということで」

 風が吹いた。

 二人は歩き出す。

 塔を背に、過去を焼き払った瓦礫を越えて。

 ――騎士の歩みが、確かに始まっていた。

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つぎはぎの騎士と笑う死霊術師 藤屋・N・歩 @shinnarifuji

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