第16話

 死体だらけの砦をかいくぐるのは容易いものであった。

 セレスの術の特異性かゾンビは全くレオを認識することが出来なかった。

 レオは腐臭の中を無言で歩いた。

 血で濡れた石畳の上に、断続的に無表情の死体兵が立ち尽くしている。

 壁に描かれた新しい符文。

 剥がれた部屋番号。砕けた鎧の残骸。

 かつて自分が歩いたその場所は、すでに“死者の工場”へと作り変えられていた。

 薄汚れた城内の記憶は死臭に塗りつぶされている。

 軍の司令部があるのは砦の最上階、敵の性格を考えればそこにいると確信する。

 血濡れた扉を開けた。

 静まり返った部屋の奥、黒檀の机に座る黒い影。

 記憶とは違う異様な雰囲気を纏っている、しかし確かに、リュグナーであった。

 豪奢な黒い鎧、青白い肌。確かに見覚えがある。

 しかし以前とは全く異なるの点がある。眼が無いのだ。ぽっかり相手光を食らうよ うな空洞。眼窩が真っ黒に穿たれている。

「……珍客だな。貴様は、レオか」

 レオの喉がぴくりと動く。

「......わかるのか」

「光に依存した不安定な感覚などとうに捨てた」

 リュグナーがゆっくりと立ち上がう。

「魂は偽れん。貴様の怒り悲しみそして覚悟。全てわかるさ」

 レオもまた、感じ取っていた。

 “見える”。

 今のリュグナーの魂は、かつてのそれではない。

 黒く、巨大で、ねじれている。黒鉄の雲だ。

 いくつもの魂を無理に溶かし込み、融合し、拡張したような――異形の魂。

「……お前、他の死霊術師の魂を取り込んでるな」

 レオが言うと、リュグナーは静かに微笑んだ。

「必要だった。知識も力も、器も。

 “誰のもの”かなど、問題ではない」

「そうやって他人の魂を喰らって、何になるつもりだ」

「私は私のままだよレオ。どこまでいけるか確かめたいだけさ」

 レオはリュグナーを睨み、剣を抜いた。

 リュグナーも剣を抜き一歩を踏み出す。

 影が重く這い寄り、床に穿たれた魔術陣が淡く灯る

「だったらここでお終いだ。リュグナー!」

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