第15話
門番の問いは簡素だった。
馬車の封印符と記録用紙を見せると、特に詮索もなく通された。
――やはり、内部の人間は“考える必要”をなくされている。
レオは微かに顎を引き、セレスは無言でアイコンタクトを返す。
馬車は砦の内側、低く沈んだ搬入口へと進んだ。
生気の抜けた兵士――いや、すでに死体となった兵が機械的に誘導を行う。
換気装置の重い唸りが耳を圧迫し、鼻を突く薄い腐臭が充満していた。
中庭に出ると、光の歪みに思わず目を細める。
そこには巨大な陣幕が貼られており、その中央に“何か”があった。
――青白い炎のような結晶。
無数の死体が円形に並べられ、その中心で結晶が淡く燃えている。
ただの炎ではなかった。光はゆらめきながら、時折“断末魔の声”のように形を変える。
レオが言葉を探していると、隣でセレスが下唇を噛んでいた。
その目は珍しく険しく、迷いなくその結晶を睨んでいた。
「……魂を吸出して、無理やり物質化してます。
刻もうが、流し込もうが、読もうが、燃やそうが……何でもあり」
声は低く、怒りすら含んでいた。
「これ以上ない禁術です」
そのとき、レオはもうひとつの違和感に気づく。
「……警備も作業員も、一人も“人間”がいない。
全員ゾンビだ。死霊術師すら見当たらない……こんなことがありえるのか?」
セレスは沈黙し、辺りを見回すと、馬車の幌を軽く蹴って飛び降りた。
ゾンビたちは反応しない。
死霊術師が制御を放棄しても、彼らには“異常を判断する機能”がないのだ。
「遠隔操作で全体を自動運用……できないことじゃありません。
でも“正常な”死霊術師は絶対にやらない。これは、尋常じゃない」
彼女は杖を抜き、地に構える。
魔力が空気に走り、すぐに魔法陣が足元に広がる。
「私はここで術式を破壊します。
中心部の仕組みは遠隔の癒着式。ここを潰します」
レオは一瞬、口を開きかけてからやめた。
その顔には、ほんのわずかだが決意と恐れが混じるものがあった。
「……気をつけろ。今度は、守ってやれんからな」
セレスは振り返り、静かに笑う。
「ええ。絶対に負けないでくださいね」
レオが一歩踏み出そうとした瞬間、彼女はその背に言葉を重ねた。
「――あなたは、私の最高傑作なんですから」
それは皮肉にも、激励にも聞こえた。
だがレオは、振り返らなかった。
足音だけが、静かに砦の奥へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます