第11話

 部屋の中。

 倒れた椅子の傍で、カイ・ルザルドは肩を揺らしていた。

 レオは黙ってその前に立ち、鞘を床に落としたまま――静かに問いを重ねる。

「お前は、部隊をどこに消した?」

 カイは目を逸らした。

 そして、長く、苦しげな呼吸の末に言った。

「……ああ」

 その一言に、空気が変わった。

「お前は……疎まれていた。

 正直すぎて、強すぎて、黙って従うには危なっかしい存在だった。

 上層部――いや、“今の宰相”になったあの男にとっては、特に」

 レオの目が鋭くなる。

「リュグナー・ヴァルテノス」

「……ああ。あいつが当時、戦略局長だった頃の話だ。

 お前の戦果が目立ちすぎて、“そのままでは上に立たれる”と危惧された。

 そして、無理のある作戦命令が下った。

 ――ナクス前線へ。補給なし、援軍なし。

 “死ぬまで戦え”って命令だった」

「俺を殺すつもりで、戦場に放り込んだのかそれで部隊を......!?」

「……それだけじゃない。俺も加担した」

 レオの目が、切っ先のように細くなる。

 カイは床に座り込み、壁に背を預け、酒のように吐き出す。

「俺の家族は……山の村に住んでる。飢饉の年に、飢えで死にかけた。

 あいつはそこへ“救援”と称して物資を送ってきた。

 対価は――“お前が敗北するよう、戦術的に仕向けること”だった」

 レオは拳を握る。

「俺たちを裏切った報酬が、麦と金だったと?」

「違う、俺が裏切ったのは“自分の誇り”だ。

 お前に……生きて帰ってきてほしくなかった。生きて戻れば、きっと全部に気づくと思ったから。

 だから、俺は……」

 沈黙。

 だが、その次の言葉は別の温度を帯びていた。

「――だがな、あの男は“魂”にまで手を伸ばし始めてる」

「魂?」

 その言葉に、部屋の隅で聞いていたセレスが身を乗り出した。

「何を知っているのですか?」

 カイはレオを見て、ため息をつくように言った。

「お前が死んだことになってから数年、あの男はお前の部隊を引き継ぎ“戦死者を管理する部署”を私兵化した。

 死体の収集、魂の封印、遺族の沈黙……

 最近では、“特定の魂を抜いて、別の兵士に埋め込む”なんて噂もある」

レオが一歩、前へ出る。

「……俺が、消されたのは始まりだった?」

「そうだ。“魂の記録から消す実験”の……な」

 セレスの瞳がわずかに震えた。

「それは、“魂の意志改竄”の応用です。

 そんな術が、騎士に使えるとは思えませんが……誰か協力者がいるはずだな?」

「いるよ。“屍語の連盟”っていう、禁術の民だ。

 そこと組んで、リュグナーは国家の死者を“再利用”しようとしてる。

 それが、今あいつが進めてる――《フェリクス計画》」

レオは、剣の鞘を静かに拾い上げた。

「……だったら、俺がもう一度生きた意味がある」

「何?」

「俺たちを殺したやつが、今度は国そのものを汚そうとしてるなら……

 今度は、俺の剣で終わらせる」

 セレスは、満足げに微笑んだ。

「ようやく“あなたの真の目的”が見えてきましたね。

 騎士殿の魂、思った通りに美しい」

「うるさい。俺の魂は美術品じゃない」

「ええ、美しくともあなたの魂は“剣を持つ騎士”ですから」

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