第6話

 セレスは机に並べられた地図の上に指を置いた。

 その動きは、まるで外科医が手術の切開点を決めるような冷静さだった。

 セレスは馬車で見た鎧と、終着点から進路を絞る

「まずは、南のザラン砦。

 “王国騎士レオ・ヴァレンティア”という名を持つ者が、本当に存在したのか。

 過去の戦歴、関係者の記録、残された遺体。そこから解析を進めます」

 レオは黙って地図を見つめた。

 懐かしい地名。だが、それは今の自分とは遠いものに思えた。

「こんな姿で行って何になる......俺の名が通じるわけがない、

 今さら......何が掘り返せる?」

 セレスは地図から顔を上げ、彼を見た。

「では、“今のあなた”は何者なのですか?」

 レオは答えなかった。

 鏡の中に映る、つぎはぎの女の姿が思い浮かんだ。

 剣を握れば振れる。戦える。魂はここにある。

 だが――“誰”として生きるのか。

 その問いだけが、ずっと胸の奥に残っていた。

 レオはただ言葉を探し押し黙ってしまった。

「では、さようなら」

 セレスはひょいと鞄を肩にかけ、軽やかに踵を返した。

「助けていただきありがとうございました。私も命を救い、魂を繋ぎましたので、これにて貸し借りは帳消しということで」

レオはその場で動かず、じっと背中を見ていた。

 あまりの軽さに、言葉を失う。

「……お前、それ本気で言ってるのか」

「ええ、本気で」

 振り返ったセレスの顔は実にあっけらかんとしていた。

「あなたは、燃え盛る馬車の中で迷いなく剣を抜き、私の前に立ちました。

 顔も名も知らない女のために。

 それは騎士の中の騎士――まさに“行動が魂を証明する”瞬間でした」

 レオの眉が微かに動いた。

「……なら、なんでこの姿に」

「そちらについては、魂の適合と保存条件を優先した結果ですね。

 あ、あと私の審美眼も加味されています。これは私の術者としての誇りです」

「……勝手に誇ってるなよ。こっちはこの姿で生きてく羽目になってるんだぞ」

 セレスは少しだけ目を細めた。

 軽口のままに見えて、その奥には確かな誠実さがあった。

「誤解なさらずに。私は、あなたを“騎士らしい姿”にしようとしたのではありません。

 “騎士であるあなた”にふさわしい器を、最大限の敬意をもって組んだつもりです」

「……つもりか」

「はい、つもりです」

 自信と冷静さが一切ぶれない返答だった。

 だからこそ、レオは反論しようとして――息を吐いた。

「……それで、さよなら、か」

「あなたが望むなら。それとも、まだ何か?」

 セレスが問いかけたその瞬間、レオはようやく言葉を投げる。

「……俺は何者でもなくなった。

 だが、“かつての俺”をただ見捨てるのは、逃げだと思う」

「ふむ、立派です。さすがは“騎士の中の騎士”ですね」

「だから、その言い方やめろ」

「褒めてるんです。最大級に。……で、私にどうしろと?」

「同行を頼む。お前の力がいる」

 セレスはすっと表情を緩めた。

 それは、からかいのない本物の笑みだった。

「ええ、もちろん。もともと“魂の旅”には興味がありましたし、

 あなたのような騎士の魂なら、なおさら価値があります。

 この目で最後まで見届ける義務が、術者として私にもあるでしょう」

「そういう風に言われるのも……なんか、落ち着かないな」

「では、口は慎みますが態度は変えません。よろしくお願いします、騎士の中の騎士殿」

「……騎士の中の騎士ってのはもう言わないでくれ」

「了解しました、“騎士の魂の鑑”さん」

「もっと悪化してるだろそれ」

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