第3話

 目覚めた時、痛みはなかった。

 鼓動は安定していて、四肢も動いた。

 だが、皮膚の下に違和感があった。

 “自分の体”という感触が、どこか遠い。

 手を動かしてみる。

 見知らぬ指の長さ、節の滑らかさ。

 それは細く、美しく、だが“軽すぎた”。

 剣を握るには華奢すぎる。

 だが、そう思った自分に――軽く、笑った。

 ゆっくりと立ち上がると、壁際に立てかけられた鏡が目に入った。

 ぼやけた反射の中に、人の形が揺れていた。

 レオは、半歩だけ近づく。

 足取りに迷いはない。

 騎士としての重心配分は、まだ体に残っていた。

 鏡の中に立っていたのは――女だった。

 首筋から鎖骨にかけて、縫合の跡が走っている。

 頬は均整が取れているが、片方の瞳の色がわずかに異なる。

 細やかに結ばれた唇。呼吸に合わせて、鎖骨が上がる。

 整っている。だが、整いすぎている。

 “人”というより、“作られた何か”に見えた。

 レオは鏡に映る女の目を見つめた。

 そこに宿る瞳だけが、唯一、自分のものだった。

 沈黙が空気を満たす。

「……成るほど」

 その一言だけが、落ちた。

 受け入れたわけではない。

 怒りを表すことも、拒絶することもなかった。

 ただ、理解した。

 ――これは、現実だ。

 そして、この体に宿る魂こそが、今の“自分”なのだと。

 レオはマントを手に取った。

 鏡に背を向けると、それ以上見ようとはしなかった。

 見たくなかった。

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