第2話
空が裂けた。
炎とともに、巨大な影が馬車を覆う。
翼の鼓動、焼け焦げる木の匂い。
馬の絶叫が一つ、また一つと潰れていく。
竜は無慈悲に命を焼き裂く。この戦争よりも余ほど平等に。
動けない者がいる。
黒衣の女。外見からして旅の呪術師――恐らくそうだ。
彼女の目が、こちらを見た。
目を見開いて。だが、恐怖ではなかった。
ただ、「どうして自分はまだここにいるのだろう」という戸惑い。
俺は、自然に前に出ていた。
マントの端を振り上げ、顔を隠したまま剣を抜く。
この名も、姿も、どうでもよかった。
剣を抜くべき時に、抜く者であるか否か。それだけが、俺の価値だった。
ドラゴンの目が俺に向く。
重い爪が空を裂き、襲い来る。
振るえ。技を思い出せ。
魂に刻まれた流れが、腕を動かす。
剣が光を裂き、熱と血の中に道を作る。
だがその瞬間、何かが砕けた。
衝撃。
頭蓋が潰れる音。
視界の半分が黒く沈む。
それでも――最後の一撃を、俺は振り下ろした。
それが、俺であることの、証だった。
◆◆◆
「誰……?」
その姿は、剣を振るい、そして崩れ落ちた。
顔は見えない。名前も聞いていない。
だが、魂が見えた。
「――騎士」
迷いなく、命を捧げて剣を振るった者。
そこにあったのは、誰かを守るという“魂の選択”。
セレスは震える手を抑えながら、死霊術の準備を始めた。
彼の肉体はすでに半壊していた。
頭部の半分が潰れ、脳すら一部が消失している。
だが魂は、まだ“ここ”にいる。
燃え尽きていない。
それが何よりの証。
「名も、顔も知らない。けれど――この魂を、ここで終わらせてはいけない」
周囲の死体を確認し、使える部分を選び始める。
骨と筋肉、血管の流れ、神経の連結。
誰かの顔面骨、誰かの頬、誰かの口元。
それを“彼”の輪郭に合わせて縫い合わせていく。
これは死者の冒涜ではない。
魂を生かすための器を、再び作り直す儀式。
「あなたは……今も、ここにいる。だから私は――あなたのために、再び立たせる」
術式が輝き、つぎはぎの騎士が、静かに息を始めた。
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