旧版

第1話

 未だ焼け焦げた肉の匂いが土地にしみついている。

 自分が率いた騎士たちの躯の山が支える旗の影、そこにレオは座っていた。

 ボロ布で欠けた鎧を隠した負け犬、騎士と知る者はもういない。

 彼はここを生き残った、いや──ここで死ねなかった。

 彼は燃え尽きた部隊の中で生き残り、名誉だけが焼け消えた。


 そして、生きてしまった以上――歩かなければならなかった。


「……南だな。ザラン砦。まだ人の出入りがある」


 誰に言うでもなく呟く、前線との中継地点。


 足を引きずるように南へ向かい始めた。

 それは、旅でも使命でもなかった。

 名を捨てた者にとって、行くあてもなければ目的もない。

 けれどその足取りは、奇妙にしっかりとしていた。

 それは、“まだ剣を振るえる”ことを、

 彼の魂が知っていたからかもしれない。


 三日後、峠の馬留めで一台の荷馬車に出会った。

 古びた木枠に荷を詰めたその馬車は、

 「ザラン砦行き」と札が掲げられている。

 中に既に一人の乗客がいた。


 黒いローブを纏い、ゆったりと腰掛けて書物を読んでいる女。

 髪は淡い銀、瞳は落ち着いた琥珀色。

 その手元に、骨を削った細工の護符が揺れていた。


「乗られますか?」

 御者にそう声をかけられ、レオは短く頷いた。

 名前を聞かれることもなかった。

 銅貨を3枚払うと、御者はそれだけで満足したように手綱を引いた。

 馬車が軋む。

 レオは揺れる板の上に腰を下ろす。

 その目が、ちらりと彼の肩のあたり――

 つぎはぎの鎧と、異様な沈黙に包まれた気配を見ていたことに、

 この時のレオは気づいていなかった。

 彼がこの女――セレスと名乗る死霊術師と出会い、

 やがて“騎士”としての魂を呼び戻す物語が、

 このとき、確かに動き出していた。

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