第2話:今世紀最大の異種間合コン、戦場はカモメ亭!?




「……なんの冗談だ、ミロ」


ギムレットは、目尻の皺を深く刻み、店先に貼り出された一枚の張り紙を睨みつけた。昨夜の霧の調査はどうにか片付いたが、街にはまだ奇妙な緊張が尾を引いている。そんな午後の空気に、この悪夢のような告知はあまりに不釣り合いだった。


【緊急告知! 異種族交流促進イベント開催!】

『絆を深めろ!ダミエッタ恋活パーティー ~種族の垣根を越え、真実の愛を見つけよう~』

日時:今週末、夜の部(20:00~)

場所:大喰らいカモメ亭 貸し切り!

参加費:男性3金貨、女性1金貨(軽食・ビール他飲み放題!)

主催:ダミエッタ商工会&市警広報部(後援:ダミエッタ異種族融和推進委員会)

※各種族大歓迎! 人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、ノーム、オーク、半漁人、獣人、巨人族(要相談)他、参加者募集中!

~あなたの隣に、まだ見ぬ運命の人がいるかもしれません~


「ミロ! てめえの店だろうが、これは!」

ギムエットは、店の中から現れたホビットのミロの襟首を掴んだ。

「うわっ、待ってギムレット! 僕だって寝耳に水なんだ! 衛兵のアラン君が、上からの命令だって泣きついてきて……断りきれなかったんだよ!」

ミロは必死に弁解する。


「その『寝耳に水』というのが、食わせ物ですわね」

澄んだ声が、二人の背後から聞こえた。リリエルだ。いつものように優雅な身のこなしで、張紙の内容を吟味している。

「主催に商工会と市警。例の霧の件で、各々の種族間に生まれた不信感を払拭するための、拙速で安直な、政治的パフォーマンスといったところでしょう。利権が絡む以上、あなたが見逃すはずもありませんわ、ミロ」

彼女の大きな瞳が、きらりと光る。

「そして、小人族の情報網を駆使すれば、この手のイベントの裏にある意図など、とっくに掴んでいたのではなくて?」


ミロは観念したように苦笑した。「うーん……まあ、その通りなんだけどさ。でも、衛兵のアラン君、すごい熱心でね。彼も参加するみたいだよ? 若い人間だし、こういう出会いの場は大事だって」


「アランねぇ……」ギムレットは忌々しげに張り紙を指差した。

「だいたい、この『各種族大歓迎』ってやつが問題なんだ! エルフや人間や、それに獣人みたいにひらひらした奴らならまだしも、俺らドワーフがこんな場所に乗り込んで、どうなる!」

ギムレットは、己のずんぐりとした体躯と、丹念に編み込んだ赤髭を指差す。

「岩盤を砕く腕力も、鉱脈を見抜く眼力も、溶鉱炉のような情熱も、こんなチャラついた場所じゃ何の役にも立たねぇ! 誰がドワーフの『本質』を理解するってんだ!」


「あら、ご謙遜を。見かけの華やかさに惑わされない、実利を重んじる女性には、あなたの堅実さは魅力的に映るはず。私の研究記録にもそうありますわ」

リリエルは真面目な顔で、しかしどこか楽しげに言った。

「それに、女性参加費が格安なのは合理的な判断です。男女比の偏りはイベントの失敗を意味しますから」


「合理もクソもあるか! こっちはビール飲み放題じゃなきゃ、参加費の元も取れねぇ!」

ギムレットは吐き捨てるように言った。

「……ん? ビール飲み放題、だと?」

そこで初めて、ギムレットは張り紙の隅に書かれた文字に気づいた。

「マジか!? ホントにミロのとっておきが飲み放題なのか!?」

「ああ、それはもちろん! 僕も腕によりをかけて、黒鉄(くろがね)ドワーフ秘伝のスタウト樽を用意するつもりだよ!」ミロは胸を張った。


ギムレットの目が、にわかに輝きだした。

「……くそっ。罠か? これは罠なのか? 参加費は取られるが、あのスタウトで元は取れる……いや、むしろ儲かる……」

ドワーフの脳裏で、そろばんが高速で弾かれる。

「だが……ドワーフの出る幕はねぇってのは変わらねぇんだよなぁ……」

彼は、再び張り紙を恨めしそうに眺めた。


その時、店の奥から、ゆっくりとスキルが姿を現した。まだ顔色は優れないが、濁った目はまっすぐに張り紙を捉えている。

「……これ」

スキルが、しゃがれた声で呟いた。

「……俺が行く。それが、仲間たちがこの街で生きていくための、道になるかもしれない」

それは諦めではなく、覚悟を決めた男の声だった。


ギムレットは、半漁人の姿を見て、一瞬言葉に詰まった。そして、それを振り払うかのように、わざと大声で笑った。

「ガハハハ! 半漁人が行くってのか! 陸でどうやって女を口説くんだ! 喉が乾いてひっくり返るのがオチだぜ!」

「……うるさい。俺は……お前たちとは違う。俺たちには、ここで嫌われるわけにはいかない理由がある」

スキルはそれだけ言うと、口を固く閉ざした。


リリエルが、スキルの言葉を受けて静かに微笑んだ。

「ええ、非常に意義深いことですわ。それに、ギムレット。あなたは案外、女性に好かれますわよ? 特に、自然の厳しさや、揺るがぬものの価値を知る方には、あなたの強さは正しく評価されるでしょう」

「冗談はよせ、嬢ちゃん。俺は酒さえあれば十分だ」

ギムレットはぶっきらぼうに答えたが、どこか落ち着かない様子だった。


ミロは、にこやかに言った。

「まあ、ギムレット。あんたは無理に女性を口説かなくたっていいさ。ビール飲み放題だし、他の種族がどういう基準で相手を選んでるのか、観察するだけでも面白いんじゃないか? きっと、リリエルさんの研究の役にも立つだろうし」


ギムレットは腕組みをして唸った。

黒鉄ドワーフのスタウトは、確かに抗いがたい魅力だ。

そして、何より……。


「……ま、万が一、だ。万が一、ドワーフの男の価値がわかるような、物好きな女が、もし、たまたま、そこに、い、いや、なんでもねぇ!」

ギムレットは顔を赤らめて言い放った。

「とにかく! 俺は、その……ビールの品質管理と、揉め事が起きた時の用心棒として行ってやる! それだけだ!」


リリエルはくすりと笑い、再び羽ペンを取り出した。

「『異種族間恋愛・婚姻の発生要因と社会適応に関する考察』……。ええ、このイベントは、まさに私の研究にとって、最高のフィールドワークですわ」

彼女は楽しそうに、張り紙の内容を羊皮紙に書き写し始めた。


こうして、誰もが「場違い」だと思いつつも、それぞれの思惑と、少々の好奇心、そしてドワーフに至っては「黒鉄スタウト飲み放題」という魔の言葉に引き寄せられ、ダミエッタ今世紀最大の「異種間合コン」の幕が、静かに開かれようとしていた。

ドワーフが「出る幕ない」と嘆くその場所で、果たしてどんな混沌が待ち受けているのか。

その混沌こそが、常に最高の物語を生み出すのだから。

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