第3話「…ドルイドはドワーフの天敵だろうが! メデューサなんざ目が合ったら終わりじゃねぇか!

地獄の宴と絶望のドワーフ


「さて、と。地獄の宴の始まりってわけか……」


ギムレットは、店の中央に鎮座する黒鉄ドワーフのスタウト樽をじっと見つめ、唾をゴクリと飲み込んだ。

『大喰らいカモメ亭』は、色とりどりのリボンで飾り付けられ、いつもよりずっと明るい。主人のミロは嬉々として、軽食の皿を並べている。


「いやぁ、まさかウチがこんな大役を任されるとはね! ギムレット、そのビールは特別に、今日のイベントのために醸造された最高級品だよ!」

ミロが満面の笑みで言った。

「ほう、そいつは期待できるな。……だが、俺はあくまで『ビールの質の監査』に来ただけだ。勘違いするなよ」

ギムレットは言い繕うが、その顔はすでに半ばデレデレだ。


カウンターの隅では、リリエルが早くも羊皮紙と羽ペンを構えている。

「非常に楽しみですわ。様々な種族間の交流、そしてそこから生まれる新たな関係性。これは私の研究にとって、まさに生きた資料となります」

彼女の瞳は好奇心で輝き、獲物を狙う狩人のようだ。


その隣では、半漁人のスキルが所在なさげに立っている。鱗の生えた手で、ぎこちなく髪を撫でつけているが、どう見ても場違いだ。

「……なんで、俺まで……」

「いいかい、スキル。君もこの街で生きていくなら、色々な人との繋がりは大事だ。もしかしたら……君にも素敵な出会いがあるかもしれない」

ミロが励ますが、スキルは「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。


やがて、開場時間となり、扉の向こうから、徐々に参加者が入ってき始めた。

最初は、比較的想定内の面々だった。人間の青年、猫耳の獣人女性、ノームの男性、ホビットの女性……。

「ふむ。やはり人間が多いですわね。獣人族も人気が高いですが…」

リリエルが分析を始めた時だった。


ドアが大きく開け放たれ、夕暮れの光を背に、信じられないような影が三つ、店内に滑り込んできた。


最初に現れたのは、頭上ギリギリをかすめて優雅に舞い降りてきた女性。腰から下は猛禽類、背中には巨大な鷲の翼を持つグリフィン。

続いて、猫のようにしなやかな身体にライオンの鬣、そして毒々しいサソリの尾を持つマンティコア。

さらに、岩肌のような肌を持ち、身長が優に二メートルを超えるゴーレムの女性まで現れた。


「……おいおい、マジかよ」

ギムレットの持つグラスが、カタリと音を立てた。


リリエルは、震える手で羽ペンを握りしめ、顔を紅潮させている。

「素晴らしい…! グリフィン、マンティコア、ゴーレム! まさかこれほど希少な種族の方々がいらっしゃるとは!」

彼女は興奮で立ち上がり、今にも質問攻めにする勢いだ。


だが、地獄はまだ序の口だった。


次に現れた女性の姿に、店内の空気が一変した。

深い森の香りを纏い、柔らかな苔のドレスを身にまとった、息を呑むほど美しい女性。その微笑みは聖母のようだが、彼女が歩いた石畳の隙間から、蔦や若草が芽吹いていく。

「……万物の母よ……ドルイドだと……?」

ギムレットの顔から血の気が引く。ドワーフにとって、岩を穿ち、大地を切り拓く自分たちとは真逆の、畏怖すべき存在だ。


そして、最後に扉をくぐってきたのは、目にした途端、ギムレットが本能的に目を逸らしてしまうような女性だった。

絹のヴェールで顔の下半分を隠しているが、覗く双眸は深く、吸い込まれそうだ。そして、何より――その髪。一本一本が生きているかのように蠢く、無数の蛇。

メデューサ。神話の中だけの存在ではなかったのか。


スキルも、普段は濁った目を大きく見開き、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「……どう、するんだ……これ……」

彼の喉から、か細い声が漏れた。


ギムレットは、ゆっくりと、しかし確実に、ドアの方へと向き直った。

最高級のビール樽を一瞥する。飲み放題。

だが、目の前には、空を舞う猛禽、毒を秘めた獣、動く岩、大地そのもの、そして石化の魔眼。


ギムレットは、大きく、大きくため息をついた。

そして、店中に響き渡るような大声で叫んだ。


「話が違う!!!!!」


彼は、張り紙を指差して絶叫する。

「誰がこんな神話の化物みてぇな連中相手に、恋活パーティーなんざするってんだ! ドルイドはドワーフの天敵だろうが! メデューサなんざ目が合ったら終わりじゃねぇか! ドワーフの出る幕、どころじゃねぇだろうが!」


グリフィンの女性が、ギムレットの方を見て、フッと薄い笑みを浮かべた。

マンティコアの女性は、しなやかな尾を揺らし、興味深そうにギムレットを見つめる。

ドルイドは、困ったように眉を下げ、ギムレットの怒声に芽吹いた足元の草花をそっと撫でた。

そして、メデューサの女性は、わずかに首を傾げた。その瞬間、ギムレットは慌てて顔を床に伏せた。


「……いや、俺、帰るわ」


ギムレットは、黒鉄スタウトを諦め、店を後にしようと足を踏み出した。

しかし、その前に、リリエルが彼の腕を掴んだ。彼女の瞳は、もはや研究者のものではなく、この混沌そのものを楽しむ共犯者のように輝いていた。

「お待ちください、ギムレット! 帰るだなんて、とんでもない! これは歴史的瞬間ですわ! あなたがいなければ、この場の誰が、この混沌を制御できるというのですか!」

「知るか! 俺は死にたくねぇ!」


混沌は、幕を開けたばかりだった。

ドワーフの嘆きと、エルフの興奮、半漁人の困惑、そしてホビットの引きつった笑顔。

今世紀最大の異種間合コンは、予測不能な宴となりそうだった。

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