第10話 故郷

 男はネクタイをキュッと整えて言った。


「コホン。僕はダン【ダン・ウォーカー】ここ、ラビュリントスの支配人をしている者でサラの夫だ。今は絶縁状態ぜつえんじょうたいだけど…」


「は…はあ」


 彼は私たちの手を握り握手をした。


「話は聞いてる、君がマリーちゃんで後ろの子がリタちゃんだね。長旅大変だっただろう」


 ダンの手はとても暖かく、なんだか安心するような感覚を覚える。

それはまるで…。


『マリー……すまん』


 父の姿を思い出すような。

私は首を振ってよからぬ妄想をかき消す。


 それにしても、彼はサラと違いずいぶん穏やかな雰囲気をしている。

とても娘を失った人間とは思えないほど……いや、今この話はやめておこう。


 私はステーションについて尋ねた。


「あの、ここは一体何なんですか?お店の数といい、とてもテロリ……皆さんの拠点とは思えないんですけど…」


「ははは。構わないよ、実際テロリストだしね。とはいえ僕らにもシノギは必要でね、こうして使われなくなった宇宙ステーションでこっそり非合法の商売をやってるんだ」


「そ、そうなんですね…」


「売り物も違法商品が多いから、お客様だって只者じゃない人ばかりだけど」


 彼の言う通り、確かに普通ではない風貌の客が多い。

怪しげな商人から浮浪者のような人まで。

特に筋者とでも言うべきだろうか、そんな人同士がすれ違うだび一触即発いっしょくそくはつの雰囲気が流れる。


すると、目の前で強面こわもての男性同士がドンッと肩をぶつけた。


「ヤバ…」


 私は思わずつぶやいてしまう。

きっとこの後とてつもない乱闘騒らんとうさわぎに発展するのだろう、そんなことを考えていると。


「……」


「……」


男性たちは一瞬にらみ合っただけですぐに歩き去ってしまった。


「あ、あれ?」


 不思議そうにしている私にダンが言う。


「みんなここの"ルール"を知ってるんだよ」


「ルール…ですか?」


「そう、分かりやすく説明すると」


 彼が言いかけたとき、私たちの脚の隙間すきまをエプロン姿の女の子が駆けていった。


「通りまーす!」


台車を押し、人混みへ向う小さな背中にダンは言う。


「走ったら危ないぞ」


「ごめんなさい!お客さん待たせてて!」


 私は尋ねた。


「まさか…あんな小さい子まで働いてるんですか?」


「…うん。本当なら同い年の子と遊んでる年頃だろうに、俺たち大人を気使って手伝いをしてくれてるんだ。全く情けない限りだよ……」


 女の子は小さな体で客の足元をくぐり抜けていく、そのとき。


「あっ!」


死角から現れた足にドンと台車をぶつけてしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 女の子が見上げると、そこには派手なジャケットを着たチンピラ風の男がおり「痛ってえなあ…」と睨みを利かせていた。


ダンは少し焦り気味に言う。


「マズイな、あれは今日来たばかりの新客じゃないか…きっとここのルールには浅い」


 男は女の子に因縁をつけている。


「おーおー、この"ゲルダ組"幹部のインゴ様に怪我ぁさせるとは言い度胸しとるのぉ。この落とし前どうつけてくれるんや?」


「ああっごめんなさい…とても急いでて…」


「あ?そんなん言い訳にならへんぞ?誠意ってモン見してもらわんとな!ちょいツラ貸せや」


「え?でもまだ仕事が…」


「ええから来い言うとんのや!」


 男が女の子の手をグイッと引っ張る。


「痛っ…やめてください…」


嫌がる姿に、私は止めに入ろうとつい体が動いてしまう。


「アイツ…子供相手に」


その時ダンはこう言った。


「大丈夫、行かなくていい」


「え?なんでですか、あの子嫌がってるのに…」


「周りを見てごらん」


「え?」


 私は周囲を見回す。

すると大勢の客がある一方向に向かって鋭い視線を向けていた。


「え、なに?」


 視線の先には先ほどの男がおり、男は「なんやお前ら!文句あんのか!」と啖呵たんかを切っている。


「「……」」


誰も言葉を発することはない、ただ静寂と視線だけがそこにあった。


「おいメンチ切るだけでなんもでけへんのか!のお!!」


そう言って男は近くにいた客の襟首えりくびを掴む。


その瞬間。


「「ガチャリッ!!!」」


あらゆる方角から鈍い金属音が響いた。


「え?えぇ!?」


 隣にいた客が銃を取り出し構えている。

それだけではない、視界に写る客全員が男に向けて銃を構えているのだ。


「な、なんやお前らぁ!」


 男も動揺しながらズボンに突っ込んでいた拳銃を取り出し、キョロキョロと落ち着きのない構えを取る。


そこへダンが説明に入る。


「お客さん聞いてくれ、これがうちのルールなんだ」


「はあ!?ルール!?」


「ここ、ラビュリントスでは銃器の持ち込みが許可されている。それがどういう"意味"を持つか分かるかい?」


 彼は手を広げ、ゆっくりと近づいていく。


「銃器を持ち込める意味。それはお客様一人一人に"自衛権じえいけん"があるということだ」


「自衛権やと?俺がいつお前らに危害加えたっちゅうねん!人様に銃なんぞ向けよって…こっちはガキに怪我させらたから教育しとるだけや!」


「ふむ…確かにそれはうちの落ち度だ、この場を使って謝罪しよう。だが君はそれ以上に他のお客様の気分を”害”してしまった、だから今こんな状況になってるんじゃないかな?」


「あぁ……?」


 数多の銃口はいまだ男へと向けられている。


「俺にどないせえっちゅうねん…」


たじろぐ男に「これで手打ちにしてくれないか?」とダンは小さな紙を手渡す。


「何やこれ……割引券?」


「そう。ラビュリントス限定10%割引券だ」


「お前……バカにしとんのかぁ!慰謝料払わんかいコラァ!!」


 男が銃を構え直すと同時にガチャリッと客たちの銃も音を立てる。


「う…」


「もう一度言うが、ラビュリントスではお客様一人一人に自衛権がある。その抑止力よくしりょくこそが、ここを争いのない平和な場所にしているんだ。だから、どうか騒ぎは起こさないでほしい」


「……」


「それと、こちらが言うことではないが。子供のしたことだ、どうか大目に見てやってくれ」


 男は「チィ!」銃を下ろし、割引券を握り去っていく。

客たちも銃を仕舞い買い物へ戻ると、再びステーション内に賑やかな空気が戻った。


「ダンおじさんごめんなさい…わたし皆に迷惑かけちゃった……」


 泣きそうな女の子の頭をダンは優しく撫でる。


「大丈夫、誰にだって失敗はあるさ。それに本来これは大人がすべき仕事だ、いつも手伝わせてしまってこちらこそすまないね」


そう言って見送った後、彼は私たちのところへ戻ってくる。


「いやーごめんごめん、待たせてしまったうえに見苦しいものまで…」


「いえ全然、ここのこと少しだけ理解できましたし。それより…ダンさんて本当にテロリストですか?すごく優しい人ってイメージしかないんですけど……」


「あはは…サラには情けないヤツって言われるけどね。それでも僕はこういう性分しょうぶんだから」


そんな話をしていたとき、私はあることに気がつく。


「あれ?リタは?」


 さっきまで後ろにいたリタがいない。

近くのソウルに尋ねると、彼は親指で人だかりの方を指差した。


 近づいて確認すると、そこには。


「ちょっと!脚にしがみつかないでくださる!?」


「すごーい金色の髪ー」


「お姫様みたーい」


「お姫様ー遊んでー」


子供たちがリタの高貴な外見に魅せられ周囲を囲んでいた。


「ちょっとマリー!こっちに来て助けてくださる!?」


「えー良いじゃん大人気で。相手したげなよ、お・姫・様」


「あなたまで何をバカな!」


その様子に、ダンは子供たちの気を引くようポケットからキャンディを取り出す。


「ほーら子供たち。お姫様とはこの後大事な話があるんだ、キャンディーをあげるから良い子で待ってなさい」


「わーいキャンディー」


 扱い慣れている彼にリタは問う。


「皆んなここの子供なんですの?親は仕事中で?」


「そうだね。でも…親のいる子ばかりじゃないよ」


「……」


「そろそろ本題に入ろうか」


 ソウルとクロハは険しい顔で「また後でな」とその場を立ち去る。


私たちはダンの背中を追ってステーションの奥へ進み、STAFF《スタッフ》 ROOM《ルーム》と書かれた部屋に通された。


「どうぞ座って」


「し、失礼します」


ソファーに腰掛ける私たちに彼は尋ねる。


「それで、僕たちのことはどこまで聞いてるんだい?」


「えーと、テセウスへの復讐が目的なこと。惑星オルコンという場所にいたってこと、それから……サラとあなたの娘さんが亡くなっていること……」


「……そうか」とダンは眉を顰める。


「教えてください。惑星オルコンで何があったんですか?」


私の言及に彼はゆっくりと口を開いた。


「……今から3年前。僕たちは自分の惑星ほしを、自分たちの故郷を奪われた。君たちのよく知っている。あのテセウスにね」

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lirie〈リリー〉 @johnny3

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