第9話 旦那

「テセウスに殺されたって……どういうことですか?」


「……」


「クロハさん!」


 彼女は押し黙り、サラを強く抱きしめる。


リタの母親もそうだが、なぜテセウスの話には「死」が付きまとうのか。

これではポチの改造コアすら手違いでなく、仕組まれたものなのではないかと思えてくる。


「教えてください、みんなテセウスに何をされたんですか…」


 クロハは重々しく口を開いた。


「……【惑星オルコン】て知っとる?」


「オルコン…どこかで聞いたことがあるような。ごめんなさい思い出せなくて…」


「知らんくてもしょうがないよ、すごい小さな惑星ほしだもん。うちらはそこで…」


 彼女が言いかけたとき、腕の中にいたサラが話を止めた。


「クロハ」


「あ…サラおばちゃん。もう"正気"に戻ったんじゃね」


「すまない、また迷惑をかけたね」


そう言ってサラは腕を離れ、青い瞳でこちらを見る。

そして私が握っている抗不安薬に手を伸ばしてきた。


「よこしな」


「あっ…はい…」


 薬を渡すとサラは蓋を開け、5粒ほど取り出して一気に飲み込む。

それを見ていたクロハが言う。


「飲み過ぎだよ…」


「分かってるさ」


「幻覚酷いんでしょ…?またルナちゃんの名前叫んでたし…」


「そうかい……でもこれが一番効くんだ」


 気まずい空気が流れる。

しかし、真実を知りたい私は功を焦るように先ほどの話に言及した。


「あの、それで惑星オルコンの話…」


 その言葉にサラは背を向ける。


「今日はもう休みな。どうせすぐに全部分かる」


「……すぐに?」


「ああ、今日にはアタシらの拠点に到着する。そこで全部教えたげるよ」


「は…はい…」


 少し踏み込みすぎただろうか。

そんなことを考えながら部屋を出て、通路の分かれ道に差し掛かる。


別れ際にクロハは言った。

 

「サラおばちゃんのこと、あんまり誤解してあげんでね。あんなん見たら怖いって思うかもしれんけど、悪い人ではないけん」


「大丈夫、分かってます。娘さんを失うんなんて経験したら誰だって…」


言葉に詰まりながらも私は訊いた。


「やっぱり…サラの復讐する理由って娘さんのためですか……?」


「……うん、そう。たった一人の娘のため」


「……」


「きっと凄く愛してたんよ。ううん、凄くなんて言葉じゃ足りんいくらい。だってあんなでかい企業敵にしちゃうくらいじゃもん」


 彼女は通ってきた通路を見つめる。


「薬に頼っていてもサラは強い。壊れそうな自分を必死に起き上がらせて前に進もうとしてる。あんな人がいなかったら、うちら立ち上がることもできんかった。本当に立派なリーダーよ…」


「……」


 暗い通路を通り自分の部屋に戻る。


するとリタは目を覚ましており「どこに行ってたんですの?」と尋ねてきた。


「ちょっと…サラのところにね」


「TS-666のこと、何か聞けまして?」


「いや、そのことは全然。ただ…」


黙ってしばらく考える。


「どうしたんですの?」


リタ言葉に、私は自分で決めた覚悟を。彼女に話していない全てを伝えた。


「リタ、私さ」



 時刻は午前10時。

船が貿易惑星の前を通り過ぎる。


「本当に降りなくていいのか?」


ソウルの問いに「はい、もう決めたんで」と私は返す。


「ここで降りたって何一つ解決しませんし。それにここまでの出来事、あんな薬一つで忘れられるとは思えませんから」


「まあそうだな。ついこの間まで学生で、今じゃテロリストの仲間だもんな」


「あはは…ですね」


 振り返り、リタを見る。

すると彼女は「ふんっ」そっぽを向いた。


「一度は逃げようとしたくせに今度は本当に仲間になりたいだなんて、随分調子の良い人ですわね」


「私はただ、真実を知りたいだけ。このままモヤモヤして生きていくなんて絶対嫌だから。ポチのことも、皆のことも、そしてテセウスのことも。絶対にこの目で確かめてみせる」


 そう、復讐のために行くのではない。

この船の行き着く先に、全ての答えがあると信じて進むのだ。


「それで?ソウルさん、今日のご指示は?」


 ソウルは「ん?あーそうだな…」と戸惑っている。

すると通路横からラブが顔を見せた。


「ああマリー、ここでしたか。少し右腕の反応に遅れがあるようで診ていただきたいのですが」


「本当に?ちょっと見せて」


「それから、昨日破壊した軍用ADのパーツは使えないでしょうか?あれなら耐久面の問題も補えるかと」


「そうだね、やってみる」


 リタはソウルに尋ねる。


「あの二人、なんであんなに仲良くなってるんですの?」


「さあな。強いて言うなら、お互い抱えてるものが似てるからだろ?」


「そうなんですの?よく分かりませんわね…」


 船は航行を続け、やがて無人惑星のアステロイドベルトへ差し掛かる。


「うわー小惑星がいっぱい…こんなの初めて見たよ」


 大量の小惑星が粒のように連なり円を描いている。

そんな光景に見惚れていたとき、私はその中に一つだけキラリと光る何かを発見した。


「あれは?」


「あれが俺たちの拠点だ」


 ソウルの言葉に「え?」と目を凝らす。

よく見ると、それは人工物で作られた宇宙ステーションであり、小惑星の中へ紛れるように存在していた。


 発光信号を頼りに距離を近づけ、やがてドッキングベイのゲートが開く。

そして誘導に従いながら船はステーション内部へと着陸した。


ゴウン!!!


「うわ!」


 着陸と共にゲートが閉まり、船体がコンベアで奥へと進められる。

 内部には擬似重力が発生しており、それまで浮いていた足が床に付いた。


『さあ降りるよ』


サラの声がスピーカーから響く。


「行くぞ」


「は、はいっ」


 ソウルの背中を追い、私達は船を降りる。

一歩外へ出ると薄暗い船内とは一変、明るい光が視界を包んだ。


「うっ!」


 手で光を防ぎ、徐々に目を慣らしていく。

すると。


「「お帰りなさい!サラ!!!」」


 大勢の”人の声”が響いた。

周囲を見回すと、このステーションのクルーたちだろうか。作業着を着た人、子供をかかえる女性。バーテンダーのような姿の人まで見える。


「ここって…」


呆然としている私に、後ろから現れたサラが言う。


「ここがアタシたちの拠点、【ラビュリントス】さ」


「ラビュリントス……?」


 そこははまるで大型複合施設おおがたふくごうしせつのようだった。

バーもあればレストランもあり、ジャンクやADの販売。船の整備までも行なっている。


 私たちの船だけではなく他にも外から来たであろう多くの宇宙船が格納されており、言ってしまえばサービスエリアのような場所となっていた。


「本当にここが…テロリストの拠点?」


 想像していたものとあまりに違いすぎて、キョロキョロと何度も見回してしまう。


 そうしているうち、行き交う客にぶつかり「うわっ」と船の外装に手をついた。


「あっ」


 その時、私ははじめて自分の乗って来た船の外観を目にした。

 船首には角と目、動物の鼻のようなペイントが施されており、その全容ぜんようは大型の輸送船だった。


「どうどう?カッコイイじゃろウチのペイント!」


 クロハが後ろから抱きつく。


「これ、クロハさんが描いてんですか?」


「そう!船の名前にちなんでね!」


「名前?」


「うん!人呼んで【ミノタウロス号!!!】」


『ミノタウロス』たしか神話に出てくる半人半牛はんじんはんぎゅうの怪物だ。

言われてみればこのペイント、牛に見えなくもないが、鼻を大きく描きすぎているせいで一見ツノの生えた豚に見えてしまう。


リタは尋ねる。


「なんでミノタウロスなんですの?」


「えー?じゃって強そうじゃろ?」


「あー…ええそうですわね」


 特に深い意味は無いらしい。

そんな話をしていると、人混みの奥からガタイのいいウェイター姿の男が現れた。


「サラ!みんな!!無事だったか!?」


 彼は焦った様子で駆け寄ってくる。

そして『掃除中』の看板が置かれた床でツルン!と滑りその場でコケた。


「あいた!!」


「……」


 サラはその様子を険しい顔で見ている。

男は足を滑らせながらなんとか立ち上がり、ハグを求めるように手を広げた。


「おかえり!サラ!!」


 サラは何も言わず、無視するよう人混みの中へと消えて行く。


男は「はぁ…」とため息をつき、ガクリと肩を落とした。

そんな姿にソウルが慰めの言葉をかける。


「あー…”ダン”さん、大丈夫か?サラはちょっとほら、今機嫌が良くないだけだ。な?」


「僕がいるといつも機嫌悪いよ…」


 近づいて男を見る。

彼はドレッドヘアに優しい面持ちをしており、左手の薬指には指輪をはめていた。


私はソウルに尋ねる。


「あのーこの人は?」


「ん?ああこの人はダンさん。サラの『旦那だんな』だ」


「えぇ!?」


 サラとはまるで真逆。『温和おんわ』という言葉が似合うであろう男は

「あはは…」と無理な笑顔を浮かべていた。

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