第8話 TS-666
「うわあああん!ソウルちゃん死なないでえぇぇ!!」
クロハがソウルに抱きつき、その声が通路に響く。
「あーもう分かったから離れろ…傷が痛む」
防弾装備をしていたとはいえ、左肩の隙間から被弾したソウルは「いってて…」と傷口をおさえている。
止血を行い、治療へ向かう二人を見送った後、私はボロボロになった改造AD、ラブの身体を抱えた。
彼の赤い目はあの日のポチを思い出させる。
しかし恐怖は感じない。メインコアの謎が一歩前に進んだこと、何よりポチと同じコアを起動させられたことが、少しの希望に繋がったからだ。
「ラブ、お疲れ様。また修理しないとね」
頭部が破損し、音声機能がままならないながらも彼はどうにか言葉を発する。
「ハい、オねがいシマス」
それを後ろで見ていたリタが言う。
「なんだか大変だったみたいですわね」
「アンタも手伝って。それから、聞きたいことがるの」
「……?」
二人でラブを倉庫に運び、施術台に固定する。
それから再びADパーツを選別して、新しい体を組み上げていった。
パーツを接続しながらリタは問う。
「それで?わたくしに聞きたいことって何なんですの?」
私は馬鹿げた質問と分かっていながらも真剣に尋ねた。
「テセウスってさ、改造ADを作ってたりする?」
「はい?」
ポチは改造ADだった。
彼女の体に入っていた赤いメインコア、もとい【改造コア】がそれを物語っている。
8歳だったあの日、私は間違いなく父の工場でポチと出会った。
ならばこのこのコアを作ったのは…
「何言ってるんですの?そんな話聞いたこともないですわ」
納得の反応だった。
「そうだよね…じゃあこれを見てほしい」
私はペンダントの写真を取り、ポチの改造コアを見せる。そしてラブのコアと照らし合わせた。
「これは…全く同じもの?なぜあなたのペンダントにそれが?」
「これは今から10年前。私の家にやって来たADのものなの」
リタは驚いていた。
「10年前!?ADの販売が始まって間もない頃じゃありませんの」
「そう。あの頃の第1世代、第2世代モデルといえばまだまだ高級品だった。なのにそれらが旧式化で安くなった現代。つい最近流行り始めた改造ADのコアが入ってるなんておかしい……」
「改造ADはそんなにも前から存在していた…?そしてなぜあなたのところに?」
「……分からない。何か手違いで紛れ込んだのか…どちらにせよ今ある手がかりはこれだけ。推測できるとしたら、はじめからテセウスが作っていたとしか」
「一体何のために…」
リタはラブを見て尋ねる。
「改造AD本人のあなたは何か知らないんですの?」
「詳しいことは分かりません。ワタシがいつ作られ、いつ改造ADになったのか、度重なる修復の中でほとんどの記憶は失われてしまいました。少しだけ覚えているとすれば、かつて仕えた主人のことくらいです…」
「
その時、リタは何か思い出したように「そういえば…」と口にする。
私は尋ねた。
「どうしたの?」
「『極秘』で思い出したのですが、わたくし達がここで連れてこられたとき、サラが言っていたことを覚えてまして?」
「何だっけ…」
「【TS-666】サラはその在処をわたくしに問いましたが、知っている限りテセウスの
型番に存在しないモデル。もしそんなものがあるとするなら改造ADもそれに含まれるのだろうか。
「TS-666、か…調べる価値はありそうなんだけど……」
「サラに直接聞いてみますの?」
「うーん……」
◇
「あ?TS-666?サラが探してるアレのことか?知らん知らん、本人に聞けよ」
「で…ですよねー」
治療を受けるソウルに軽くあしらわれてしまった。
「ソウルちゃん冷たすぎー。新入りちゃんにはもっと優しくしたげんとっ」
「痛って!!!」
「はい終わり。骨に当たってなかったとはいえ出血はしてたんじゃから、拠点に着いたらちゃんと診てもらうんよ?」
「わーってるよ…」
クロハの処置を終えソウルは再びこちらを向く。
「で?TS-666だったか?それについて俺は何も知らないんだよ。何たってアレは"サラだけが見た"って言ってるんだからな」
「え?そうなんですか?」
「ああ、こっちからすれば妄言を聞かされてるようなもんだ。それ一つ手に入れるだけで『テセウスを根本からひっくり返せる』なんて言ってるんだからな」
「根本から?」
ソウルは鼻で笑っている。
「馬鹿げてるよな?そんなあるかどうかも分からない物よりテセウスの娘を人質にしたほうが早い。意見割れしながら実行に移したものの、それも意味なかったわけだが」
リタは
「まだ意味がなかったと決まったわけではないでしょうに…」
「あーはいはい、せいぜい期待しときますよお嬢様」
ベシッ
「いてっ!何すんだ姉貴」
「もー!だからあんまり意地悪せんの!」
「へいへい…」
二人を見ていると、やはり姉弟だなと思わされる。
実家にいた頃はよくああして兄とふざけ合っていたものだから、今になって高校の時一度くらい家に帰るべきだったかと後悔しそうになる。
しかし。
『マリー……すまん』
「……」
父の背中が
部屋を出て次の行動を考える。
正攻法ならサラに直接聞くべきなのだが。
「行かないんですの?」
リタの言葉に私は
「いやだって…サラってちょっと怖いっていうか…」
「まあ確かに。余計なことを言えばすぐにでも殺されてしまいそうな雰囲気ありますものね」
それに部屋を出る前、ソウルが言っていた言葉も気になる。
「サラに聞くなら遅い時間はやめとけ」
「え?どうしてですか?」
「まあいろいろあるんだ、あれでも相当無理してんだよ」
「はあ…」
時刻は18時半を過ぎようとしている。
私はリタに言った。
「今日は……やめとこ?」
◇
ゴウンッ
「んん…」
船が時折刻む
時刻は0時過ぎ、昨日眠れなかったのと昼間の疲れのせいで昨日は随分早く眠りについてしまった。
おかげでこんな時間には起きてしまうし、体はダルいのに尿意を催してしまう。
「はぁー…」とため息をつきながらも、寝袋を脱いで用を足していたとき、
私は部屋の異変に気がついた。
「あっ」
ドアが半開きになっている。
ソウルがロックをかけ忘れたのだろうか、私は念の為端まで閉めておく。
「もしかしてこれが信用の証とか?」
くだらないことを呟き寝袋に戻ろうとしたその時。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』
遠くで叫び声のようなものが響いた。
「え!?な…なに?」
明らかに機械音とは違う、私は動揺してリタの寝袋を揺らしてしまう。
「ねえリタ、叫び声が…」
「うぅーん………お前を殺す……」
「……」
夢の中で復讐相手にでも会ったのだろうか。
物騒な寝言を言う彼女見て、私ももう一度寝袋に入る
「もう寝ちゃおうっ」
目を閉じて眠りに落ちようとするが…
30分後 ―――――――
「寝られない……」
変な時間に寝てしまったせいで完全に目がさえている。
『ア゛ア゛ア゛ッ!!!』
いまだ叫び声は響いている。まるで
「どのみちこんなの聞こえてたら寝られないよ…」
私は起きてドアに手をかける。
「ソウルかラブ、クロハ…もうこのさいサラでもいいや。この気味悪い声を止めてもらおう」
懐中電灯をつけ、通路へ出る。
明かりのない通路はおどろおどろしく、小学生の時歩いた夜の校舎を思い出した。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!』
「ひぃ!!!」
通路を進むたび叫び声は大きくなる。
それに加えガンガン!という何かを打ちつけ、壊れるような音まで聞こえてきた。
「早く誰か呼んでこよう…」
再び懐中電灯で周囲を照らす。
そのとき、通路の真ん中にキラリと光るものが見えた。
「ん?」
近づいて確認すると、それは薬品保管用の
「セルシン……
誰かの落とし物だろうか。あとで聞いてみようとポケットにしまおうとしたその時。
ガシッ!!!
「!!?」
後ろから誰かに体を
「わああああああああ!!!」
「あああん♡マリーちゅわあああんっ♡」
「え?」
振り返ると、下着姿のクロハが私を抱きしめていた。
「どうしたの?こんな時間にー?」
「えぇ…それはこっちのセリフっていうか…何で下着…?」
「ああ丁度シャワー浴びてきたとこでなーっ…てマリーちゃん手に持ってるそれ」
「え?これですか?」
ポケットにしまおうとした小瓶を見せる。
「ありゃーこれサラおばちゃんのじゃねー、ということは……」
『ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!』
叫び声を聞き、「やっぱり…」とクロハは呟く。
私は尋ねた。
「あのー…やっぱりって?」
「あの叫び声、サラおばちゃんなんよ」
「え?」
「丁度ええわ、マリーちゃんも手伝ってくれん?」
そう言われ彼女と通路を進み、
通路には物が散乱し、あらゆるものが宙に浮いている。
そしてその全てが、ドアの開きっぱなしになった部屋から来たものであると分かった。
「ここが…サラの部屋?」
「そう。サラおばちゃん入るよー」
そう言ってクロハが部屋に入ると、そこには。
「ア゛ア゛!!ア゛ア゛!!」
ガンガン!と壁に頭部を打ち付けるサラの姿があった。
「うわ……」
額から血を流し、うなだれる彼女を見て私は
すると、クロハはおもむろに手を広げこう言った。
「"ママ"、大丈夫?私はここだよ」
その言葉を聞いた瞬間、サラの動きがピタリと止まる。
そしてクロハの方を向いて。飛びつくように彼女を抱きしめた。
「ああああああ!!ルナァァ……」
赤子のように泣きじゃくるサラを、クロハは「よしよし」となだめている。
異様な現場。何一つ理解できない私はどうにか状況整理をしようと質問する。
「あの…ママとか…【ルナ】って…?」
クロハは苦笑いで答えた。
「……ルナっていうのはね、サラの娘さんの名前なの」
「子供がいるんですか?」
「うん。でも…もうこの世にはいない」
「え」
「テセウスに…殺されちゃったから」
私は言葉を失った。
時刻は2時。船内に響いていた叫び声は、サラの
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