第7話 おまじない

「だだいまーポチ」


「あらマリー、おかえりなさい」


 また昔の記憶だ。


中学生の頃だろうか、洗濯物をかたずけている彼女に私はニコニコと近づていく。


「ふふーん」


「どうしました?何か良いことでもありましたか?」


「まあね、ちょっと見せたいものがあって」


「見せたいもの?」


 後ろに隠し持っていた紙をポチに見せる。


「じゃん!」


「これは…高等学校の合格証、それもテセウスの!?」


「うん、頑張った!ブイ!」


 私は指でVサインを作り、満面の笑顔を見せた。


「マリー……おめでとうございます!!」


 ポチは私をギュッと抱きしめ「本当によく頑張りましたね…」と頭を撫でくれる。


「あはは、ありがとうポチ。でも…そこには行かないよ」


「え…なぜですか?」


「だってポチと離れ離れになっちゃうでしょ?」


『テセウス高等技術養成学校こうとうぎじゅつようせいがっこう』この銀河を分ける2大惑星連合【メルギオス】と【ヴィクレト】の両首都に存在する名門私立高で、ここからさらに選抜を受けた人材が大学へ進むことになる。


「マリー、あなたは選ばれたんです。ワタクシのことなどお気になさらないでください」


「ありがとうポチ。でも、もう決めたから。お父ちゃんには落ちたって伝えておいて」


 洗濯カゴを持ち、残りを片付けていく。


「私はこの惑星ほしが好き。お父ちゃんお母ちゃんお兄ちゃん、そしてポチ。みんな大好き!」


「マリー…」


「私はここで生きていくって決めたの」


 ポチは困ったような嬉しいような、そんな複雑な顔で私を見る。

そしてこう言った。


「ウソですね」


「え?」私は彼女の言葉に動揺する。


「う、ウソって何?ウソなんかついてないよ!」


「いいえ、マリーはウソをついています」


「ついてないって…」


「気づいていないかもしれませんが、あなたはウソをつく時、手を強く握り込む癖があります」


 自分の手を確認する。


そこには相当強い力で握ったであろう爪跡がくっきりと残っていた。


「……」


「お金のことですか?」


「………」


「マリー?」


 誤魔化ごまかしきれない。そう悟った私は本音を口にする。


「そうだよ…お金のこと……。うちも昔にくべたら裕福ゆうふくになったかもしれない、けどテセウスの高校に行くってとんでもないお金がかかるんだよ?」


「それでもお父様なら喜んで行かせてくださります」


「そうかも知れないけど、私一人のために家族へ苦労をかけられない……」


 ポチは私の両肩を掴む。


「覚えていますか?いつかワタクシが修理できなくなったとき、マリーがワタクシを直してくれると言ったのを」


「やめてそんな昔のこと…現実はそこまで上手くいかないの…」


「いいえ、ワタクシはマリーを嘘つきにしたくありません。お父様には本当のことを!」


「やめてってば!」


 そう言って彼女の手を振り払ったとき。


「うッ……!!」


「ポチ……?」


 突然彼女は頭を抱え、もがき苦しみ始める。


「ま…マ…リー…」


 その目は『赤く』発光していた。



「…い、おいしっかりしろ」


 目を開けると、ソウルのぼやけた顔がそこにあった。


「うう…最近ずっと意識飛んでる……」


「大丈夫そうだな。警備隊からは逃げられたみたいだし、俺は姉貴たちの様子を見てくる。お前はそいつを頼んだ」


 横たわる改造ADを見て、私は先ほどの青いADのことを思い出す。


「さっきのADたち、どうなったんでしょうか…」


「まあ、あれだけの加速だ。吹き飛ばされて奥でグチャグチャだろ」


 たしかに、周囲にあったADパーツも壁に打ち付けられいくつか壊れている。並のADならまず無事ではないはずだ。


「じゃあ、任せたぞ」


 彼は警戒しながら通路へ出る、その時。


ダァン!!!


 一発の銃声でソウルの体が通路の奥へ吹き飛んだ。


「ぐっ!?」


「ソウルさん!?」


 駆けつけようとする私を大声が止める。


「出てくるな!」


「!?」


 ヂヂヂッという機械音、一体の青いADが銃を構え目の前を通り過ぎる。

「……!?」私は息を殺し、扉の隙間からそれを見ていることしかできなかった。


「てめえ!死に損ないがぁ!」


 ダダダダダダッ!!!壁を盾にソウルが銃を発砲する。

しかし青いADの身体はそれをことごとく弾いてみせた。


「強化装甲だと!?」


 一般警備用ADだと思っていた。

犯罪鎮圧はんざいちんあつを目的に軍用が導入されると聞いていたがこんなにも頑丈だなんて…。


『対…ショショ象…セセセ…ン滅』


 故障で誤作動を起こしながらも、青いADは銃を発砲する。


ダダダダダダダッ!!!


「チィ!!」


 防戦一方のソウルを助けなくては。

 近くにあった工具を握るも、こんなものでどうにかできるとは到底思えない。


私の手はブルブルと震えていた。


 その時、横たわっていた改造ADが腕をつかんだ。


「ワタシのメインコアを、早く新しい体に」


 そうだ、彼なら戦える。

もう一度胸のカバーを開けコアに触れようとする。だが……。


「………ッ!!」


「どうしたのですか?早く」


「………できない」


「何を言っいてるのですか!?このままではソウルが!」


 分かっている。しかし手が言うことを聞かない。

私は恐れているのだ、目の前の赤いメインコアを。

 何度も起動に挑戦し、何度も失敗し続けたあのメインコアを。


 胸のペンダントを開け、中の家族写真をがす。

そこに入れてあるもの改造ADにを見せる。


「それは…ワタシと同じメインコア?」

「うん……これは私の大事な家族、ポチのものなの」



 3年前、ポチに合格証を見せたあの日。彼女は私の首を絞めた。


「がッ!ああぁ!…ポ…チ…」 

「………」


 返事は無く、だだ大きく開いた赤い目がこちらを見ている。 

息ができす、脳に血が届かなくなる。身体は寒さを覚え、感覚のない手足はブランと揺れていた。


「ポ………チ……」


その時。ぼやける視界の中、彼女の後ろに誰かの影が映った。


「マリー!?ポチ!何してる!!」


 それは父の声だった。


父は動揺し、咄嗟とっさに倉庫から猟銃を持ち出す。


「ポチ!マリーを離せ!!」


「……」


「聞こえないのか!!!」


 焦りながらで2発の弾を装填する。

そして彼女に向けて銃を構えた。


私は声を絞り出す。


「待っ…」


 しかし


ダアアアン!!!


 一発の銃声で、ポチの左腕が吹き飛んだ。

その拍子に私は拘束から解放される。


「ゴホッ!ゲホ!!」


「……」 


 彼女はグインッと父の方を向き、とてつもない勢いで距離を詰めた。


「うお!?」


 銃身を掴み、地面に押し倒す。

そして今度は右手で父の首を掴んだ。


「ぐわっ!やめろぉ!!ポチ!!」


 私はバランスを崩しながらも立ち上がり、ポチを引き剥がそうと背後から身体を掴む。


「もうやめて!!!」


 そして懇願こんがんするように叫んだ


「お願い!!ポチ!!!」


その時、ポチの目が一瞬緑の光を取り戻した。


「え?マリー?」


 父の首から手を離し、自分の無くなった左腕を見る。


「ワタクシは……一体何を?…」


 右手を伸ばし「マリー、なにがあったのですか?」と問う。

その瞬間、父はためらい無くポチの心臓に銃を向けた。


「ポチイィ!!」


「お父ちゃん!ダメ!!!」


ダアアン!!! 



「ポチは私の首を絞めた、おそらくその記憶はこのメインコアに残ってる」


「だからテセウスに渡せなかったのですね」


「私は知りたかった。なぜあの日あんなことが起きたのかを、そして証明したかった。ポチがあんな事するはずないって、きっと悪い何かに操られたんだって……」


 だからコアを隠し持ってテセウスの高校へ進んだ。

ポチをもう一度目覚めさせるために。彼女を射った父を避けるように。


『マリー……すまん』


 悲しげな父の背中は今でもはっきりと覚えている。 


しかし高校でどれほど勉強しようと、このメインコアに関する情報は得られなかった。

 試せることをすべてを試すも、彼女のコアが起動することは決して無かった。


 やがて起動させることそのものが恐ろしくなった。


「どうせ無理だ」 


「できるわけがない」


「ポチが目覚めることはもう無いんだ」


 そして決まっている結末を恐れ、コアをペンダントの奥へとしまい込んだ。


「私は怖い…。もしあなたのコアを新しい体に入れたとき、もう目覚めないんじゃないかって思うと…」


 手を震わせる私に改造ADは言った。


「マリー、よく聞いてください。あなたの手には今、ソウルという一人の人間の命が握られています」


「……」


「ここで手を貸さなければ彼は死んでしまうでしょう」


「そんなこと分かってる…だけど」


 彼は左手で私のほほに触れる。


「いいですか?今からあなたに、かつてワタシの主人が言っていた『おまじない』を教えます」


「おまじない?」


「はい、【再会のおまじない】です」


 銃声が飛び交う中、改造ADは私を落つかせようと話を続ける。


「再会のおまじない、それは『名前を呼ぶこと』です」


「名前を?」


「はい。名前を呼ぶこと、名前を呼ばれること、それには離れている物同士を引き合わせる力があるそうです。親しい人や愛する人、それらが遠く離れていたとしても、互いが名前を呼び合えたなら必ず再会できると」


 そう言って彼は自分のメインコアに手をかける。


そして。


「あなたに、全てを任せます」


「ちょ…ちょっと!」


コアを引き抜き、私の手に握らせる。


「ワタシ名前は【ラブ】です」


「ラブ」そう名乗った改造ADは電池切れの玩具のように動かなくなった。


「ラブ…愛って名前…」


 不思議と手の震えは止まり、そこにあるメインコアを見つめる。


「やるしかない…」


 作りかけの新しい体に頭部と左腕を接続し、心臓部のカバーを開ける。

そしてコアを強く差し込んで私は言った。


「お願い起きて…ラブ!!!」



ダダダダダッ!!!


「チッ硬すぎだろ…」


 ソウルは苦戦していた。

弾切れも近く、最後のマガジンを手に取ったその時。


「ウソだろ…」


乗り込んできた青いADのうち、残り2体も再起動し動き始めた。


『対象……セ…殲滅せんめつ


『対…た…対象…殲滅』


「チィ……」ソウルは腰のグネレードを握る。そしてピンに手をかけた瞬間。


ドン!!!!


 倉庫の扉が吹き飛び、青いADの1体にぶつかる。

それを踏みつけるように1体の改造ADが飛び出してきた。


「ラブ!」


「お待たせしました!」


『セン…滅』向けられる銃の弾丸を壁を蹴ってかわしていく。

そして先頭の一体に組み付いて腕をへし折り、銃を奪って至近距離から頭部へ何発も撃ち込んだ。


ダダダダダッ!!!


 残骸となったADを盾にし、ラブは残り2体に突っ込む。

一体の首をねじ切ろうと背後に組み付くが、抵抗により手間取ってしまう。

するともう一体のADが味方ごとラブに向かって銃を向けた。


ダダダダダッ!!!


「くっ!」


 軍用ではないラブの体表はみるみる砕けていく。

彼は腕を盾にし、頭部に被弾しながらも力付くでADの首を引きちぎる。


 最後の一体、ラブは全身に銃弾を浴びながらADの心臓部に右拳を放った。


「ハァ!!!」


 拳は砕け、露出した腕の骨格が鋭利な刃物のように突き刺さる。

装甲を貫通し、メインコアを破壊されたADは完全に機能を停止した。

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