第6話  加速

 その頃、クロハとリタはエンジンルームの整備をしていた。


「さすがは、テセウスの学校に通うだけあるねー。こんな作業チョチョイのチョイって感じ?」


「そうでもありませんわ。分からないところは沢山質問しましたし、わたくしなんて全然」


「ええのええの、初めからなんでもできる人なんておらんから。ゆっくりできるようになればええよー」


 クロハはニヤニヤとした表情で作業をこなしている、そんな彼女にリタは尋ねた。


「さっきからどうして嬉しそうなんですの?」


「えー?じゃって年下の女の子が来てくれたんよー?妹が出来たみたいで嬉しいやーん」


そんな底抜けの明るさにリタは不信感を抱く。


「……知っているとは思いますが、わたくしはあたながたの復讐目的。テセウスの名を持つ人間なんですのよ?」


「うんそうじゃね」


「そうじゃねって……もっとこう憎いとか、殺してやりたいとか思わないんですの?」


「うーん、リタちゃんはただ買われてテセウスの名前を持ってるだけじゃろ?なら憎む相手が違うわー」


 たしかにそうかもしれない。だがそうだとしても、クロハからは復讐などという言葉とは無縁むえんの雰囲気を感じる。


「クロハさんといると調子狂いますわ…」


「うん、よく言われる」


 リタは戸惑とまどいながらも踏み込んだ質問をする。


「その、聞いてもいよろしくて?」


「なに?」


「あなたがたの目的がテセウスへの復讐なら、その大義名分たいぎめいぶんとは?テセウスに一体何をされたんですの?」


 その瞬間、クロハの忙しなく動いていた手がピタリと止まる。


「みんな……テセウスに全部うばわれたんよ」


「え…それはどういう?」


「あーごめん、やっぱ詳しいことはサラおばちゃんに聞いて。あの人なら全部教えてくれるけん」


「そう…ですか」


 再び手を動かし、彼女は作業を続ける。


「みんなはさ、テセウスに復讐だ復讐だーって言ってるけど、うちの目的はちょっと違うんよ」


「そうなんですの?」


「うん。うちはただ、ソウルちゃんに幸せになってほしいだけ。復讐なんか早く終わらせて、楽しく生きて欲しいんよ。そのためなら何でもする」


「何でもって…」


 彼女は小さくつぶやいた。


「だって、あの子から全部奪ったのはうちじゃけん」


「え?」



「おーいどうしたー?マリーさーん?」


 ソウルが声をかけ、目の前で手を振っている。

私の手は改造ADの胸を開いたまま硬直こうちょくしていた。


「どう……して……」


 驚愕のあまり意識を失いそうになる。

何故なら私の目の前に、3年もの間あれほど探し求めたメインコア。


ポチと全く同じ【赤いメインコア】が現れたのだから。

 てのひらに収まるほどの小さなそれは赤く強い光を放っている。


「なんで…なんで?どういうこと…?」


力無く、作業台を離れる体をビリーが受け止める。


「おいどうした、しっかりしろ」


「なんで…どうしてここに?」


「一体どうしたんだ」


 そのとき、船内のスピーカーからサラの声が流れた。


『総員警戒、検問だよ』


 外部からの入電が船内に響く。


『こちらはメルギオス宙域第7警備隊。そのまま低速を維持、コチラの質問に答えなさい』


 無線通信でサラと警備隊の問答が始まる。


『何のご用で?』


『何の用だと?それはこちらのセリフだ。この時間に輸送船通航の報告は受けていないぞ』 


『急な物資の注文でね、こちらも急ぎ書類を提出しましたから報告に遅れが出てるんでしょう』


『ならばなおさらだ、物資の中身及び通航IDを確認させてもらう』


 私はソウルに尋ねた。


「……大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ、仲間のハッカーが偽情報を流してくれてる」


 サラは堂々とした態度で返答していく。


『物資はステーション用設備。通行IDはgdz4891』


『確認する。しばらくそのまま』


 船内に静寂せいじゃくと緊張が走る。そして警備隊の返答が返ってきた。


『一致するID確認できず。これより強制調査に移らせてもらう』


 改造ADがソウルに言う。


「”アキラ”がしくじったようですね」


「……チッ」


 不測ふそくの事態にもかかわらず、サラは声色一つ変えず対応する。


『先ほどから言っているように報告に遅れが出ているんしょう。こちらにも納期がありますのでこれで』


『ダメだ、IDが証明されない以上通すわけには行かない。こちらで直接確認させてもらう』


『話の通じない奴め…』


『これからADの調査隊をそちらに送る。言っておくが、拒否権は無いと思え』


 回線を切り、サラが船内に命令を出す。


『いつもので行くよ、総員衝撃に備え』


「急ぐぞ」とソウルは私にADを抱えさせる。


「え、ちょっと」


 3人で固まり荷物用ベルトを体へ巻き付けた後、壁にしっかりと固定する。


「な、何してるんですか?」


「これがカーラのやり方さ」


グオン!!!


 船が揺れ、警告音と共に赤色灯が光る。


「ヤツらもうドッキングを済ませたのか…」


 ソウルが端末を取り出し、画面に監視カメラの映像が映る。


そこにはゲートをこじ開け侵入してくる3体の警備隊ADの姿があった。

ブルーのカラーリングに身を包み。銃を構え前進している。


「あの!本当に大丈夫なんですか!?」私が不安を漏らしたその時


隔壁全閉鎖かくへきぜんへいさ!サラおばちゃん!ぶっ飛ばしちゃって!』


 スピーカーからクロハの声が響いた。

「ガンガンガン!」という閉鎖音へいさおんと共に船のエンジンが轟音ごうおんを上げる。


「ぶっ飛ばしちゃってって……まさか!?」


「来るぞ!」


ドッッッッッッッッッッ!!!


 突如として船が加速する。

けたたましい炸裂音の後に、終わらない耳鳴りと全身を押しつぶされるような感覚が走る。


「ギギギギギギギ!」


 歯を食いしばり、意識が飛びそうになるのを必死に耐える。

 眼球に血液が集中し、鼻血が宙を浮く。


そして視界のすべてが赤く染まったとき、私の意識がプツリと切れるように飛んで行った。

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