第5話 仲間

 改造ADは私を怪しむように見ている。


「ソウル、アナタは専門家を呼んでくると言ったはずですが?」


「ああ呼んできた、この子がそうだ」


「なぜ彼女なんですか…」


その反応は酷く落胆しているようだった。


「まあそう言うなって、これでもテセウスの学生だ。それに壊れた物は壊した奴に直してもらうのが筋だろ?」


「何を言ってるんですか…」


 ソウルは私に尋ねる。


「今日お前にやってもらいたいのはコイツの修理だ。できるだろ?」

「え…?」


 改造ADは私が吹きかけた凝固剤のせいでまともに動けない状態だった。

 関節部に結晶が入り込み、あらゆる可動箇所に影響が出ている。


 通常の修理ならパーツを丸ごと取り替えるところだが…。


「……」


「どうした?パーツならそこら中にあるぞ?設備だって満足にとはいかないがまあまあ揃ってる」 


「いやまあそうなんですけど…彼って改造AD…つまるところ犯罪道具ですよね…」


 私は戸惑っていた。


この改造ADの修理でテロリストに加担すること、ひいてはこの修理で得た改造知識がリタの復讐に繋がってしまうことに。


 ソウルは改造ADの肩に手を置く。


「確かにコイツは犯罪道具。それでもウチにとっては大事な戦力だ、お前ら二人とも″仲間になる”以上必ず触ってもらう代物なんだ。ビビってる暇なんて無いぞ?」


「仲間になる」やはりその言葉はひっかかる。

 私はリタの勝手に巻き込まれただけで、仲間になるつもりなど毛頭ないのだから。

とはいえ今は従う他ない。この改造ADを修理して信用を得た後、隙をついて逃げ出すために。


 私には『やるべきこと』があるのだ。


「わかりました、まずは使えるパーツを選定します。ソウルさんは彼を施術台に固定してください」


 比較的同系のパーツを集め、現在の損傷具合を確認する。


「頭部、左腕への目立った損傷はなし。ここは現状パーツのままで良いでしょう、その他部位を交換していきます」


 ソウルが監視する中、グラインダーで胴体の結晶を除去していく。


 それにしても、このADの姿は異様だ。

昨日は乗務員服を着ていて分からなかったが、別企画のパーツ同士を無理やり取り付けているせいで体の構成が滅茶苦茶。

 頭部は女性型なのに身体は男性型、四肢にいたってもそれぞれ違う。

接続部からは余った配線が飛び出し、少し関節を曲げるだけで強化プラスチックの軋む音が聞こえてくる。


全くもって雑な修理だ。


「一体誰がこんな組み方を…」

「ワタシですが?」


 改造ADが突然口を開き、私は動揺のあまり手元が狂う。


「えぇ!?今なんて!?」


「ワタシが自分で修理しました」


「そんなバカな…ADに自己修復機能なんてないでしょ…」


「普段は整備スタッフやクロハに頼んでいますが、彼女たちは多忙な身です。なので修復手順を記録し可能な限り自身で再現しました。いわゆる見様見真似というやつです」


 彼の異様な姿の理由、それは人への気遣いというなんとも人間的なものだった。

それに対し、私はある推測を投げかける。


「もしかしてあなた、長い間誰かにつかえてた?」


 改造ADは不思議そうに答えた。


「分かるのですか?」


「やっぱりそうなんだ。あなたたちって人と親しくなるほど感情が成長するから、主人に気を使うようになるんだよね」


「詳しいのですね」


「うん、うちの子もそうだったから」


 わずかに感じた親近感。私は少しだけ警戒を解き、自分のことを話した。


「8歳の時、家にADがやってきたの。お父ちゃんが買ってくれたんだけど、私その子が大好きで」


 改造ADの手に触れ、その感触にポチと過ごした日々を思い出す。


「いつもあの子の手を握ってた。お出かけのときも、学校の送り迎えのときも。だから家族で旅行に行くときも一緒じゃなきゃ嫌だーって駄々こねたっけ…」


「それだけ本当の家族だったのですね」


「うん。だけど中学生だったある日、その子は……そう…動かなくなっちゃったの」


「……?」


 おおまかな除去を終え、隙間の結晶を削っていく。


「どうにか直してあげたかった。だからあの子のメインコアを抱えて走り回ったの。でも…どの修理業者に聞いても直せないって。きっと古い物だからとか、こんなコア見たことないとか言われて…」


「でしたら、テセウスへ直接修理に出せばよいのでは?」


その言葉に、私は首のペンダントを強く握りしめる。


「それは…駄目。それだけは駄目なの……」


「なぜです?」


「……えっとほら…費用とか」


 改造ADは視覚のスキャン機能で私を分析する。


「心拍数上昇、皮膚に若干の汗を検知。アナタは今ウソをついています」


「……そうだね、確かにウソついた。でも言いたくないことなの…分かって」


 私は続けた。


「でもその子を直したいって気持ちは本当。だから決めたの、誰も直せないなら私が自分の力で直すって。それから…」


「テセウスの高校に進んだと」


「けどほとんど手がかりはなかった。自分なりに研究して修理も試したけど全然駄目で…大学に進めば何か分かるかもってそれで……あれ?」


 夢中で話しすぎた。

これでは自分の話と彼らの仲間になる話が矛盾してしまう。


 私は咄嗟に口を閉じる。

すると、後ろで聞いていたソウルが尋ねてきた。


「なあ、その話のどこからテセウスに復讐することになるんだ?」


「あの…いや…その」


「お前さっきっから怪しいぞ」


 彼は執拗に距離を詰めてくる。

そして壁に追い詰められた私はうろたえることしかできなくなっていた。


「違うんです…これには訳が…」


両腕で顔を隠したその時、ソウルが私の頭を「ポン」と叩く。


「ま、分かってたけどな」


「え?」


「あのリタって子はともかく、お前は俺たちの仲間になる気ないんだろ?」


「な…な…なんで!?なんでわかったんですか!?」


見透かされたと言わんばかりの反応に、彼は堪えきれず笑いをこぼす。


「バレバレだ。あの子が仲間になりたいって言ったときのお前の面。今にも死んじまいそうで笑いこらえるの大変だったぞ」


「そんなすごい顔してたんだ…」


「リタが協力的な以上、もうお前に用はないからな。本当のこと話していいぞ」


「え?……本当に?試されてるとかじゃなくて?」 


「ああ、さっきはちょっとからかっただけだ」


「よかった…」と気を抜いたのも束の間、私の未来予想は悪い方にばかり進んでいく。


「でも…そしたら私、この後どうなるんですか?やっぱり処分?それとも人身売買?」


「お前俺らのこと鬼か何かと勘違いしてないか?部外者にそんなことしねえよ」

「じゃあこの後は……?」


「ここにいる間は改造ADの修理をやってもらう、その後で最寄りの貿易惑星付近にでも降ろしてやるよ」


「バッ」と顔をあげ、ソウルを凝視する。


「ほんとですか!?」


「まあ、簡易ポッドで放り出すだけだがな。その後は自分でどうにかしろ」


「は…はい十分です!ありがとうございます!!!」


 聞いていた改造ADがソウルに問う。


「良いのですか?サラにドヤされますよ?」


「サラがどう言おうとこれは俺らの問題だ。それに無関係なやつを巻き込まないのが『あの人』のやり方だろ」


「あの人?」私の言葉に彼は「気にすんな」と手を振る。


そして胸ポケットから小さな袋を取り出し、中に入っているカプセル錠剤を見せた。


「本来ならあまり情報を与えず降ろしたかったが、お前は俺たちの名前も目的も知っちまった。だから降りる直前にはこれを飲んでもらう」


「これは?」


「PTSD治療薬の一種だ。これ一粒で数日間の記憶が曖昧になる」


「それ…大丈夫なんですか?」


 錠剤はいかにも怪しく、青い宝石のように輝いている。


「たしかに劇薬だが、無事に降りられるなら安い対価だと思わないか?」


 顔をしかめながらも「そうですね…」と了承する。

ソウルの言う通り無事に船を降りられるうえ、リタとの協力関係を内密に解けるなら安いものだ。


「このこと…絶対リタには言わないでくださいね」 


「わかったから、さっさとアイツを直してやってくれ」


 作業台に戻り、ほっと息をつく。


「ふー…た…助かった…」


「惜しいですね、専門の修理スタッフがいてくれると助かるのですが」


「悪いけど、私にもやらないといけないことがあるから」


 胸部を開け、内部フレームを露出させる。

そして中枢を保護するカバーに手をかけ私は言う。


「それじゃメインコアを新しい体に移すから、開けるよ」


 正直改造ADのコアということもあって緊張した。

しかしどんな代物であれ、あの薬を飲んだら全部忘れてしまうのだ。


「どうにでもなれ」そんな心持ちでカバーを開けたそのとき。


「え………?」


そこには目を疑うような光景が広がっていた。

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