第3話 記憶
「ポチー!ポーチー!」
遠い記憶、幼い私はメイド服のポチに抱きついていた。
長いブロンドヘアをなびかせ彼女は振り返る。
「あらマリー、どうしたんですか?」
「今日学校で作ったの!ポチにあげる!」
ウサギのフェルト人形を渡し「えへへ」と笑う。
「これをワタクシに?まあまあ、手をこんなに傷だらけにして…」
ポチは
「ありがとうマリー、とっても可愛い牛さんですね」
「ウサギなんだけど…まいっか!」
この頃は何もかもが楽しかった。
彼女とこうしている時間が、こんなふうに過ごす日々がいつまでも続けばいいと、
そう思っていた。
「マリーは優しい子ですね。このお人形、大切にします」
「うん!」
「ふふっよしよし」
ポチは手のひらの人形を
それは家に帰ってからもずっとだった。
「むー…」
たしかにあれは自分があげたものだ。
だけどあまりに彼女が可愛がるものだから、私は幼さ故の
「むむー!!」
「あらマリー、どうしました?ほっぺをそんなにふくらませて」
私は不満気に言った。
「ポチは私より人形の方が大事なんだ…」
「え?」
不思議そうな顔の彼女に近づき、手のひらの人形をパシンッとはたく。
「マリー?どうして…」
「うぅ…うわあああん!」
泣きながらポチの体に抱き着き、小さな手で彼女のお腹をポンポンと叩く。
「やだよ…ポチがあんな人形の取られちゃうなんて…そんなのやだ!」
「あら…まあまあ、うふふっ」
彼女は何かを察して私の頭を優しく撫でる。
「マリー、もしかしてやきもちですか?」
「うぅー…」
「大丈夫ですよ。ワタクシにとって一番大事なのは、いつだってあなたなんですから」
「……本当?」
「ええ、マリーが名前をくれた日からずっと」
彼女は床に落ちた人形を拾い上げる。
「あらあら、角が取れてしまいましたね」
「グスン…ごめんなさい…」
「大丈夫。これくらいすぐ直せますから」
ポチは針を使い、チクチクとパーツをつなぎ合わせていく。
「マリー、ワタクシがなぜこのお人形を大切にするか分かりますか?」
「なんで?」
「それは、『特別』だからです」
「とくべつ?」
直した人形を掌に乗せ「よしっ」とポチは笑顔をみせる。
「このお人形には、マリーが私のために作ってくれた”愛情”がこもっています」
「あいじょう?」
「そう。だからこの先古くなって沢山手直しをして、全部のパーツが新しくなったとしても、その愛情が消えることは決してありません。それがこのお人形を特別と思う理由です。分かりますか?」
私は「うーん」と首を傾げ、彼女に問う。
「よくわかんない。全部のパーツが新しくなったら、それはもう私が作った物じゃないし、あいじょうも消えちゃうんじゃない?」
「たしかに、マリーにはそう思えるのでしょう。ではこんなのはどうですか?」
ポチは自分の胸に手を当てる。
「マリー、ワタクシはアンドロイドです。いつか体のパーツが古くなって交換をしないといけない日が来るでしょう」
「うん」
「何度もパーツを交換していけば、現在のパーツはいつか全部なくなってしまいます。そうなったとき、ワタクシはマリーのよく知っているポチと言えるでしょうか?」
私は迷いなく答えた。
「当たり前だよ!だってポチは家族だもん……あっ」
感情的な回答。理屈や根拠ではない心から思った言葉を口にしたとき、
私はポチの言う『特別』を少しだけ理解できたような気がした。
「ありがとうマリー。とっても嬉しいです」
彼女は笑顔で言った。
「マリー、あなたも同じ。いつか大人なって、嬉しいことや悲しいことを経験して変わって行きます」
「そうなの?」
「ええ。でも、そうであっても。あなたの優しさ、愛情だけは変わらずにいてください。そして周りの人をいつも笑顔にしてあげられる。そんな特別なマリーでいてくださいね」
ポチの手が
「いつか、ワタクシが修理できなくなるその日まで」
その言葉に、私は子供らしい根拠のない自信で言った。
「大丈夫だよ!ポチが直せなくなっても私が直してあげるから!」
「マリーが?とっても難しいことなんですよ?」
「大丈夫!テセウスの学校に行っていーっぱい勉強するもん!」
「マリーったら…ふふ、それはとても頼もしいですね」
◇
「ですから……あなた方の期待に…応えられないと」
「そんな言葉を信用すると思…のかい?」
リタだけではない、意識を失う前に聞いた女の声まで聞こえる。
そんな状況下で、私はズキッと脇腹の痛みに起こされるよう目を覚ました。
「いったた…ここは?」
「マリー!?気がついたんですのね!よかった…」
ぼやける視界、見知らぬ船内。
無重力空間で私たちは縛られ、周囲には二人の人物がいた。
先ほど私を殴った男、そして赤いコートを着た女。
年齢は30代くらいだろうか、赤黒い髪の毛でサングラスをかけている。
女はリタに問う。
「お嬢ちゃん、アンタはテセウスの娘なんだろ?教えな、【TS-666】はどこにあるんだい」
「さっきから何なんですの?そんなもの見たことも聞いたこともないと…」
女は舌打ちをし、手袋の上から親指を噛む。
そして「仕方ない」と言ってコートのポケットをあさり始めた。
「これがなんだか分かるかい?」
ポケットから取り出したのは一発の弾丸。
それをリタの眼前で見せつける。
「その弾が…なんだって言うんですの?」
「これはアンタ達を気絶させたゴム弾とは違う、
「
「アンタに使うんじゃないさ」
弾を銃の薬室へ送り、銃口を”私の
「これならどうだい?」
「ひっ…!?」
リタは焦りの表情を浮かべ、語気を強める。
「やめなさい!彼女は!」
「”無関係”なんだろ?だからこそ利用価値があるのさ。この子はお嬢ちゃんに言うことを聞かせるために連れてきたんだからね」
「……ッ」
リタは目を閉じ、「はぁ」とため息をつく。
「証拠をお見せします」
「証拠?なんの証拠だい?」
「わたくしたちがここへ来て何時間が経ちました?」
「時間?ざっと6時間てとこかい?」
その言葉を聞き、リタは男に視線を向けた。
「ニュースを見てください」
男は女に確認を取り、モニターにニュース番組を映す。
番組では様々な情報が流れ、次々と内容が切り替わっていく。
「なんだって言うんだい…」
「いいから見ていてください」
そしてモニターには『テセウスに技術者の卵。入学式挙行』の文字が表示され、アナウンサーが解説を始める。
『本日、テセウス・エンジニアカレッジにて、新大学生の入学式が執り行われました』
その後はただ喜ばしいという旨の情報が伝えられただけで、番組はすぐに次のニュースへと話題を替えた。
「ちょっと待った…これはどういうことだい!?テセウスの娘がいなくなったってのに騒ぎの一つも起きてないじゃないか!」
次々に番組を替えるも結果は同じ。
テセウスの宇宙船が襲撃され、リタが拐われたなどというニュースはおろか、
ネットにさえその情報は載っていなかった。
「これが期待に応えられないと言った証拠ですわ」
女は険しい顔で問い詰める。
「説明しな…」
「当然のことですわ。わたくしはテセウスの代表【アーサー・テセウス】の実の娘ではないんですから」
「なに…?」
「こんな事件、あの男にとってはちょうどいい厄介払いでしかありません。情報統制でわたくし一人消せるなら安いものでしょう」
リタの言葉に女は苛立ち、彼女の
「ならお前は何者だ!!!」
「ただの娘ですわ」
リタは自分のことを語り出す。
「わたくしには生まれた時から父などおリませんでした。母は『
私は聞き慣れない言葉に質問する。
「ごめん、女郎って…何?」
「……性的な
「は…はわわ…」
顔を赤らめる私をよそに、リタは女と話を続ける。
「ですがある日、あの男が。アーサー・テセウスが現れ、母の『右目』が気に入ったと金を積んで連れて行こうとしたんです」
「右目……?」
「母は拒みました。どれだけ大金を積まれても娘とは離れたくないと」
「それでアンタも一緒に買われたわけかい」
リタは頷き、
「連れて行かれた先にあったのは異様な光景でした。母と同じように身体の一部、『手』『足』『指』などを気に入り買われた女性が大勢いたのですから」
後ろの男が気味悪そうに言う。
「異常者め、まるでパーツ集めだな」
「ええ、あの男はまさに異常者でした。集めた女性の気に入った部分をADのモデルにし、用が済めばお飾りの愛人として飼い殺す。あの男は、理想のADを作ることにしか興味がないんです」
女は落胆し、壁をガンッと殴りつける。
「じゃあつまり…アンタは母親についてきたオマケで、人質としての価値は無いってことかい?」
「そう言うことです、あの男がたわくし一人のために動くなど絶対にありえませんから」
「チッここまでやってただの
リタの血縁関係の噂は本当だった。
普段お嬢様で偉そうなリタが、まさかそんな立場にあったなんて。
「でもそうなると、これで私たち用済みってこと?」
ここで処分?それとも人身売買?最悪の未来2つを予想する私の手を握り、リタは優しく微笑んだ。
「大丈夫、わたくに考えがありますわ」
「リタ…」
彼女の言葉に少しだけ冷静さを取り戻す。
(そうだ、リタは腐ってもテセウスの娘、きっとこの状況を覆せる強力な手札を持っているはず)
リタは堂々とした態度で言った。
「貴方がたに提案があります!聞いてください」
(お願いリタ!)
「たしかにわたくしには人質としての価値はありません。ですがテセウスの名を持つ以上、それなりの権限は持っているはずです。貴方がたの欲している情報もこの生体コードを使えば手に入れることができるかもしれません」
そう言って彼女は、認証チップの埋め込まれた右手首を指さした。
(これは映画とかでよくある展開。リタは自分を犠牲に私を逃がそうとしてるっ…見直したよ、アンタのこと一生忘れない!)
「ですから」
(そう!ですから!)
「わたくしたちを仲間にしていただけないでしょうか?」
(そう仲間に………………は?)
最悪の未来3つ目にたどり着いた。
「ちょ…ちょっと何言って…!?」
女は困惑していた。
「何を言い出すんだいこの子は…」
「あなた方の目的はテセウスへの復讐なのでしょう?、それなら話が早いですわ」
「どういう意味だい…」
女に対し、リタはこれまで見せたこともない冷たい表情で言った。
「わたくしも、あの男への復讐を望んでいますの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます