第2話 復讐

「ン゛ン゛ーッ!?」


 リタがとなりで苦しそうにうめき声を上げている。

ADは彼女の口周りを掴むように塞いでいた。

そして内ポケットから何かを取り出して私へ向ける。


「静かに、騒げばこの場で射殺します」


それは消音器の取り付けられた『拳銃』だった。

 私は一瞬理解が追いつかず、数秒遅れて鳥肌が立つ。


「ひっ……!?」


「いいですか?何も言わず、ただワタシの言う通りにしてください」


 ADはリタの口から手を離すと、グラスを手に取り、彼女の胸と私のスカートに飲み物をかけた。

そして床でグラスを叩き、わざとパリンッと音が響くように割る。


「申し訳ありませんお客様。すぐにお着替えをご用意いたします、どうぞ乗務員室へ」


 彼が指で指示を出し、私たちはそれに従う他なかった。


「妙な真似はしないでください」


 背中に押しつけられた銃口に恐怖を覚えながら、乗務員室の奥へと進む。


「うわぁ…」


 そこにはかつて乗務員、操縦士をしていたであろうADたちの残骸が転がっていた。


「心配しなくても自動操縦に切り替えてます。ご学友たちも数時間後には目的地に到着するでしょう」


そう言ってADは残骸を漁り、近くに転がっていた”旧式の頭部”を手に取る。


「やはり最新モデルは馴染みませんね」


 すると次の瞬間、ADは自分の頭部をブチリッ!と引き抜き、たった今拾った頭部を首へ接続した。


 リタは口元を押さえ、驚愕の眼差しで見ている。


「あなた…一体何を!?」


「ああ『改造AD』を見るのは初めてですか」


「改造…AD?」


 その言葉には聞き覚えがあった、ニュースやメディアが取り上げる事件のワードだ。

 近年巷では売れなくなった旧式ADが大量に流れていて、値段も格安のためそれを使った犯罪が頻発しているらしい。


その中で生まれたのが改造ADだ。

 

 身体の中枢を担う”白いマイクロチップ”。【メインコア】に手を加えることで、非人道的な命令や、本来接続不可の武装パーツにも対応できるようになるらしい。

たがら裏社会では御用達ごようたしになっているのだとか。


 改造ADはグキッと首を調節する。


「こっちが元の頭です、乗務員の頭は偽装のために借りただけ。ご理解いただけましたか?"リタ・テセウス" さん」


「やはり……狙いは私ですか」


 残骸から奪ったカードキーをかざし、改造ADは格納庫へ進むよう指示を出す。


 鉄骨階段を下りながらリタは問う。


「あなたの目的…いえ、”あなた方”テロリストの目的はなんなんですの?」


「黙って歩いてください」


「もしあなたの主人の目的が人質なら、そ期待には応えられな…」


「黙れと言ってるんです」


彼女は後頭部を銃で殴りつけられ、ガタンッと階段を転げ落ちる。


「うっ…!!」


「リタ!」


 おどり場でうずくまるリタに駆け寄り「大丈夫!?」と声をかける。

そして私は改造ADをキッと睨みつけた。


「アンタ…女になんてことを!」


「ワタシは黙れと言ったんです。これ以上騒ぐならアナタはこの場で処分してもかまわないんですよ?、コチラはリタ・テセウスさえ生きていればそれで良いのですから」


「くっ…」とリタは苦しそうにしながらも手すりを掴み立ち上がる。


「リタ…」


「大丈夫…歩けますわ…」


 彼女に肩を貸し、ゆっくりと階段を下りて行く。


「ごめんなさい、手をかけさせてしまって…」


「なに言ってんのアンタらしくもない…いつもみたいに偉そうにしなさいよ…」


 残り十数段。

階段の終わりが見えてきた頃、下から何者かの声が聞こえてくる。


「おい、ターゲットは1人じゃななかったのか?」


 ゴーグルをつけた若い男が改造ADに話かける。

男もまた、ライフル型の銃を背中に携えていた。


「片方は目撃者です、救助なんて呼ばれたら困るでしょ?それになるべく証拠も残したくありませんし、ここを離れた後で捨てるなり売るなりすればいいでしょう」


「そうかい、ならさっさと船に向かえよ」


 男が指差す方向には小型搬入口があり、そこに外部から往来用通路おうらいようつうろが取り付けられていた。

 それを見て、私は先ほどの揺れがデブリではなく、彼らテロリストの船の接触によりるものだと理解する。


 銃で背中を押され通路へ進むなか、男は落ち着かない様子で床をトントンと蹴っていた。


「しかしテセウスはすげえな。『擬似重力発生装置ぎじじゅうりょくはっせいそうち』を船に搭載しちまうなんて、いつどこでも重力のある旅をってか?」


「擬似重力発生装置」、その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏にある考えが浮かんだ。

 周囲にある荷物、備品、柱の位置を確認する。


「もしかしたら…」


 リタの袖先ををつまみ、小声で話かける。


「ねぇリタ。けになるけど、この状況を切り抜ける方法があるって言ったら…やる?」


「え?」


 通路は目の前、私達は残り数歩というところで歩くの止めた。


「どうしました?早く進んでください」


 ADが後ろで催促する。私は緊張を押し殺すように深呼吸した後、

大声でリタに合図を出した。


「行くよ!!!」


 ダッと左右に別れ、そして走る。


 私は柱の影に隠れながら備品倉庫へ、リタは開けた場所にあるコントロールパネルへと向かう。


「一体何を!?止まりなさい!」


 予想通りADはリタを避け、私に向けて「パシュッ」と発砲する。

そして柱に当った弾丸の衝撃音が響く。


キィン!!!


「ひぃ!!!」


 男は焦った様子で改造ADを止める。


「やめろ!跳弾ちょうだんがリタに当たったらどうする!あの子が死んだら全部無駄になるんだぞ!」


 リタはパネルを操作し、作戦通り自分に注意を引くよう挑発した。


「どうしまして?わたくしはここですわよ!」


 パネルに「省電力モード」の文字が表示され、自動音声が格納庫内に流れる。


『擬似重力発生装置オフ。格納ブロック、無重力に切り替わります。ご注意ください』


「マリー!できましたわよ!」


「こっちも見つけた!」


 船内の空気が変化し、徐々に体が軽くなっていく。

私は宙に浮き始める限界まで走り、改造ADめがけてジャンプした。


「この! 」


 改造ADは腰からナイフを取り出し迎え撃つ。

しかし変化する環境に体の反応がズレ、やいばは私の頬をかすめて空を切った。


「とりゃあっ」


 体を丸め、そのままドゴッ!!!とタックルする。


「くっ!」


 衝撃で改造ADは吹き飛び、自由のきかない体が「ガン!」と鈍い音を立て壁にぶつかった。


「くらえ!」


 体をひねり、抱えていた消化器型のスプレーを吹きかける。

すると、付着した液体が瞬時に硬化こうかし、やがて改造ADは身動きが取れなくなった。


「これは!?」


瞬間凝固剤しゅんかんぎょうこざい』宇宙船がデブリに衝突した際、船窓せんそうにヒビが入ったり、船体に亀裂きれつが走ったりすることがある。

これはその際に用いられるセメントのようなもので、空気の漏れを防ぐため瞬時に硬化するよう作られている。


「クソ!どうなってる!」


 周囲の荷物が浮び上がり、男は私を見失う。

 改造ADは私の居場所を伝えるも、不規則に動く荷物がさらに状況を混乱させた。


「"ソウル!"荷物の後ろです!」

「どの荷物だ!」


 私はコンテナの影に隠れながら、男の背後に回り込む。


「フー……」


すると男は突然深呼吸をはじめ、目を閉じて両腕を眼前に構えた。

それはまるでボクシングの構えのように。


「なんなのアイツ…?」


 背中はがら空き、私はこのチャンスを逃すまいと距離を詰める。


「もう少し…」


 浮いている工具箱を退かし、視界を確保する。


「よし、やれる」


 有効射程内。凝固剤を構え、引き金に指をかけたそのとき。


カンッ!!


 容器の表面に、工具箱からこぼれた”金属ネジ”がぶつかった。


「そこだ!」


 男はカッと目を開き、背後の私に向かって左拳を突き出した。


ドボッッ!!


「ガハッ!!」


 拳が右脇腹に突き刺さり、吹き飛ばされた衝撃で後方の柱に打ち付けられる。


「カッ!…ハァッ!!…うぅ…」


 激痛により呼吸ができない。

そして今度は男の方が私に距離を詰めてくる。


「悪いな…女に手を挙げる趣味はないが状況が状況だ。拘束させてもらう」


 ワイヤーを取り出した男に腕を掴まれ、万事休すかと思われたそのとき、私の口から「フッ…」と笑いがこぼれた。


「なにがおかしい?」


 不信がる男に私は言った。


「どうやら……賭けに勝ったみたい」

「なに?」


 私は残された力を振り絞り、腕ひしぎの体勢に持ち込む。


「おりゃあ!!」

「うお!?なんだコイツ!!」


 動揺する男に改造ADが声を上げる。


「ソウル!後ろ!」


 男がハッと振り向くと、そこには大型コンテナが数センチの距離まで近づいていた。


「うおおおお!?」


 男は唸り声をあげると、避ける間もなく頭をゴンッ!!!とぶつけ気絶した。


「痛ったた…あばら骨折れたかも……でもなんとかなった…」


 私は脇腹を押さえどうにか立ち上がる。

 先ほど殴られたところがズキズキと痛み、加えて緊張からの解放で、張り裂けそうな鼓動が全身に響いた。


 凝固剤の入れ物を捨て、リタに向けて声を絞り出す。


「終わったよ…リタ!…早く脱出ポッドに!」


 しかしリタからの返事はなかった。


「リタ…?」


 荷物をかき分け彼女のもとへ向かう。


 どうにかコントロールパネルにたどりついたとき、そこにあったのは気絶したように中を浮くリタの姿だった。


「え?」


 背後からカチャリッと音がし、初めて聞く”女の声”が耳に入る。


「お見事だね、運が良かったとはいえ二人とものしちまうなんて。でも護衛対象を一人にしちゃダメだ」


 再び背中に銃口を突きつけられる感覚。

一度おさまりかけた鼓動が前より加速する。


「……あなたたちの…目的は…何?…なんでリタを狙うの?」


「教えてやる義理はないんだけどねぇ、アンタはまだ使い道がありそうだし」


 そう言って女は吐息が聞こえるほどの距離まで顔を近づけ、私の耳元で囁いた。


「テセウスへの『復讐ふくしゅう』さ」


「!?」


 女を振り払い荷物を蹴る。

私は再び撹乱を試みるも、パシュ!という銃声とともに意識を失った。

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