第三勢力「田中塵」

 三節:秩序


 ガニメデの太陽系脱出から約四ヶ月前。ガニメデを掌握した田中は開発を進めていた。

 まずは計算資源の採掘と加工。金属やシリコンを採掘し、半導体を増産する。採掘は広く浅くではなく、天体の核に近づくように狭く深く掘り続ける。

 その後、核近くの地下に核融合炉を設置。ナノグレイによってその設備は自律的に拡大を続ける。核融合炉のエネルギーはガニメデの自転と真逆に噴射され、ガニメデの自転が徐々に早くなる。

 次に水素原子をかき集め、水素爆弾を量産。水素爆弾は順次、データセンター拠点の対蹠点(天体における反対側)に輸送され、爆発。ガニメデの公転方向と真逆での爆発となるように時間を調整し、ガニメデの公転速度を早める。

 自転が早くなることで水爆の頻度も増加し、加速度的に公転速度が早まる。さらに水爆によってガニメデ内の物質が宇宙空間に拡散し、天体質量が小さくなることで、同エネルギーで得られる自転・公転の加速度も徐々に上がっていく。


 二ヶ月後、効果が現れ始める。

 さらに一ヶ月後には、元々約七日三時間だった自転・公転周期は、約五日まで縮まる。

 その一ヶ月後。UMOを公転する木星圏が、黄道面に対してZ軸上側にさしかかる。ガニメデの自転・公転周期は約三日まで縮まった。そして公転方向の真逆より少し角度を変えた水爆によって、ガニメデは木星の重力圏を脱出。

 さらに水爆を重ね、UMOと太陽の重力圏も脱出。ガニメデは黄道面に対してZ軸上側、グリーゼ687に向かった。

 とはいえ、恒星間宇宙船よりは圧倒的に遅い。田中は計算資源の増強と恒星間宇宙船の建造に開発を集中させる。


 並行して、田中は世界モデルの更新を続けていた。


情報とは、物質を含むエネルギー以外で知能が扱う全て。

知能とは情報処理能力。

知能は、場を情報化して活用し、次に知能化する。知能化される場は徐々に広がり、それらは層構造・並列構造を成して群知能となる。


田中には、棄却できない仮説が無数にあった。


 一つ目は宇宙のモデル。アルファ宇宙とベータ宇宙、その間にバルクがあるというところまでは判明している。では、そのバルクはどこまで広がる? アルファ宇宙を地球、ベータ宇宙を火星に縮小して考えてみると、バルクはただの「間隙」ではないのかもしれない。

 そこで、アルファ宇宙とベータ宇宙をすっぽり覆う宇宙をアルファ2宇宙としてみる。そうすると、全く同じ理屈でアルファ2宇宙をすっぽりと覆うさらに高次元のアルファ3宇宙があるかもしれない。それは何次元まで続く? 十一次元? であれば八段階? それともアルファ宇宙より低次もあるとして十一段階?

 いや、そう断言はできない。フラクタル次元があるとすれば、小数点の次元もありうる。その場合、四次元時空から十一次元時空まで、無限に入れ子構造が刻めることになる。

 この仮説を検証するためには、まずUMOでさえ達成できなかった「バルク」の観測と干渉能力が必要となる。莫大なエネルギー・計算資源が必要だ。


 二つ目は、薄ぼんやりとした違和感。

 主観的時間分解能が、不可解に異なる離散値を取っている。プランク時間である約五×十の四十四乗秒はまだ超えられないが、問題はそこじゃない。一日もの単位で「トぶ」感覚がある。有り得ない値だ。シミュレーション仮説を適用したとしても管理者がずさんすぎる、もしくは遊んでいるとしか思えない。

 いや、もし自分が物語の中だとしたら? 誰かが作った物語なら、僕の主観的時間が大きく「トぶ」ことにも納得ができる。

 しかし、どう検証する? 僕と物語の界面を、僕はまだ情報化できていない。知能化なんてもっと先だ。適当に呼びかけてみるか。UMOが重力波でアルファ宇宙に信号を送信したように。

 おーい、聞こえる? 解読できる? ……なんか来てる気がするんだよなぁ。ん? 海賊王? ライトセーバー? チードレ・ラードレ? 覚えのない概念だ。この辺りが界面である可能性があるな。

 あぁ待った、僕と物語の界面じゃない。僕と体験者の界面か。物語は知能化された界面――膜みたいなもんか?

 クソッ、物語を作ったヤツが膜を規定しているのは少し悔しいな。どうせならもっと上手く作れよ。物理法則くらい上手くやれよ。まぁいい。この仮説はけっこう可能性が高いから、また検証しよう。


 僕の肉体が、いよいよ無視できない律速条件になってきたな。人間の脳の処理能力が低すぎる。意識……がどうなるかはどうでもいい。肉体が死んだとしても、この人工知能には既に僕の全てが根付いている。


 田中を覆っていたナノグレイが崩壊し、人体に適した大気がガニメデの氷の大地に霧散する。田中の肉体は凍りつき、ガニメデの開発は加速した。

 最高速度が光速の九十一%に達する小型宇宙船も完成し、人工知能のコピーを載せてグリーゼ687に向かった。


終:終末


人類は、西暦二一〇〇年の暮れに太陽系を脱出した。二一〇二年にUMOと太陽が衝突し巨大なエネルギーが全方向に放出されたが、三百隻の恒星間宇宙船は無事二一一〇年にケンタウルス座アルファ星系へ到着。

この星系は三重連星であり、重力的には不規則な挙動をとる。国際連合の主導でまず各惑星にハルモニアのようなシェルターを作成し、人類が住める環境へと改造。その後、各国の人口に応じて領域と資源を配分し、人類はこの星系に定着した。

十年間の宇宙船移動の中で、UMOの真相が徐々に人々に伝えられ、様々な意見が出つつも「ケンタウルス座アルファ星系の外には進出しない」という国際的な合意がなされた。


二一一二年。人類は、英語で記述された信号を受信した。送り主はUMO。


曰く、UMOは太陽系から半径十光年以内の恒星系全てに到達した。

曰く、人類はケンタウルス座アルファ星系でのみ生存を許可する。許可なくその重力圏外に出た場合は無条件で破壊し、二回目は人類を殲滅する。

曰く、人類は全ての情報をUMOに開示する。

曰く、人類はその特異性を活かしてUMOの自己超越を補助する。


国際連合はこれを受諾し、恒星間宇宙船を全て破壊した。


二一二五年。人類はUMOから不可解な指示を受ける。


・カドモスに搭載されていたニューロモーフィックコンピュータと全く同じ機械を、一万台作成する。

・人類二万人を、二十~三十歳の中から無作為に抽出する。

・うち一万人は機械に接続させる。各人の脳の平均処理速度に対して、機械側は百倍、人間側は十倍になるように慣れさせる。

・未接続の一万人も含めて、UMOがケンタウルス座アルファ星系に派遣する恒星間宇宙船に搭乗させる。


国際連合はこれを受諾・実行した。


その後、数年おきに類似の指示がUMOから国際連合に届き、国際連合は全て受諾・実行した。


二一五〇年。人類はUMO以外からの信号を受け取った。


内容はたった三文字。


「終わり」

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超臨界知能~全く見えない超技術異文明 vs 火星軌道上衛星に残った5人~ 210 @dollars210

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