地球人類の選択
二節:太陽系
即席ポッドに乗ってから、約一時間が経過したガブリエルとアナント。
「ゲホッゲホッ。あぁ、換気が無いのか」アナントがむせる。
「すまないな」七本目の紙タバコに火をつけたガブリエルが悪びれずに答える。
「そろそろ地球圏だと思うんだけどね。ちょっと慣性きたし」窓がないので推測するしかないアナント。
「おそらく、この小さな物体を警戒しているんだろう。火星からシャトルが出たのは、地球圏からも観測できるだろうからな」
「田中もそこまで気が回らなかったかぁ。もし船体にFUCKとか書いてたら最悪だよ。いや、逆に人間っぽいか」
ガチャン。船体が何かに掴まれる。無重力ながらも、二人は少し跳ねる。その後、慣性が右へ左へ作用し、アナントが顔をしかめる。
「この雑さは……さすがに人間のヤツだよね」
「デブリを含むサルベージ系の機械だろうな」
しばらく揺られた後、船体がキュルキュルと削られる音が聞こえだす。チュン、と音が鳴り、船体に穴が空く。
「おい、聞こえるか!!」男の声が小さく聞こえる。
「あぁ良かったぁ……」アナントが安堵の声を出す。
「聞こえる。こちらはガブリエル・ベーカーとアナント……そういえば苗字は何だ?」
「無いよ」
「ガブリエル・ベーカー博士ですね、了解! この穴を中心に直径五十センチで空けますね!」
「分かった」
チリチリとレーザーのようなものが当てられ、壁の一部がガコンと外側に落ちる。
「あぁ、空気が美味しい……」タバコの煙に開放されたアナントが、船体の中ででろんと横たわる。
「出るぞアナント」
敬礼姿勢の軍曹らしき男性が正面に立つ。見渡すと複数の作業員、ノイド、サルベージ船。
「ここはどこだ?」
「地球軌道上ステーション、船外活動機体格納庫です。ステーション長から執務室に来て欲しいと要望があります」
「従おう」
二人は出迎えた男と自律運転車に乗り、執務室に到着した。
軍曹男が執務室のドアを開け、二人は入室。用意された椅子に座る。眼前には三人の人間。真ん中に座った初老の男性が微笑む。
「よく帰還してくれました。ステーション長のスローンです。お疲れの所すみませんが、直ちに情報提供をお願いできますか?」
「その前に」ガブリエルが咳払いをする。「水をもらってよろしいか? 水なしでタバコを吸いすぎたものでな」
「ハハハッ、優雅なポッド生活だったようで何よりです」
ノイドが二人にペットボトルを渡す。
「ありがたい。ところで」ごきゅごきゅと水を飲んだガブリエルはステーション長以外の二人に目を向ける。「この方達は?」
「向かって右側の男性は国際連合大使、左側の女性は宇宙企連連合大使です」
「分かった。問題ない。端的に言うと、UMOは知的生命体だった。そして我々はUMOから、UMOと地球の衝突前に人類全員が脱出できる恒星間宇宙船の建造技術データを得た」
「なに?!」
スローンが席を立ち、大使の二人も目を開く。
「逆に聞くが、地球側は事態をどこまで把握している?」
「火星からシャトルがUMO方向に何度か射出されたことは確認できています。が、特に通信はできず。それで……技術データを得たというのはどのような経緯で?」
「話すと長くなる、後でBスキャンで見てくれ。ただ、まだ共有すべきことがある。技術データを送ってきたように、UMOは我々より技術的に優位に立っている。ハルモニアのデータも全てUMOが握っているため、人類側の情報はほぼ筒抜けだ。それを見越してかUMOは、『人類の生存圏はケンタウルス座星系のみとする』と言った」
「なるほど……UMOが人類を生かす理由も含めていろいろと疑問はありますが、それは後にしましょう。問題はそのデータをどのような建付けで公開するかですね。データの検証はするとして、『宇宙人からもたらされた技術』では国際社会がどう動くか分からない」
「あぁ……そこで一つ提案がある。ここにいるアナント……彼の所属はTISOだ。TISOが極秘に研究を進め、今完成した。そういうシナリオだ」
「なるほど……TISOなら中立勢力ですし、説得力もありますな」
「どの道、うちでデータの検証と微修正はやると思うし」アナントがキョロキョロと周りを見ながら捕捉する。
「ふむふむ。お二方は……」スローンが二人の大使を見る。二人は頷く。「今のところは問題無いようですな。他には? 特に、地球に帰還していないカドモス艦長のマーク・バロウズ、日本人の田中塵、詳しくは把握できていませんが中国側の衛星も火星圏に残っていたようですが」
「マークは死亡、饕餮も火星圏に墜落し、生存確率は限りなく低いだろう。田中は……」ガブリエルが説明に悩み、少し首をかしげる。
「田中はUMOのAIと融合して、ガニメデに向かった」アナントが補足する。
「はっ?」
スローンが目をすばやく開閉する。「えぇと……もう少し説明を。地球に向かっていたカドモスの船体から、あなた達が乗っていたポッドが分離したことは確認しています。その後、カドモスが進路を変え木星圏に向かったことも」
「経緯は省くけど、田中は第三勢力的な感じで、ガニメデを開発しようとしてる」
「それは……味方でもなく敵でもなく?」
「どうなるか分かんない。田中は多分飽き性だから。でも、技術データを整形して安全にしてくれたのも田中だし、僕たちを生かして地球に届けたのも田中。僕たちを殺す方法はいくらでもあったのにそうしなかった」
「なるほど……読めませんな。ちなみに動向は予測できますか?」
「人類と同様に恒星間宇宙船を作り、他の星系に移動する。最も可能性の高いシナリオはこれだ」これにはガブリエルが答える。
「そう断言できる根拠が、何やらありそうですな」
「自己保存と自己超越……語弊を生むかもしれないが増殖と進化、UMOはその方針に非常に忠実に動いている。UMOと同期した田中も、まず計算資源を獲得するためにガニメデに向かうと言っていた。その目的から照らすと、UMOや我々と同様に太陽系から出て次の星系に向かうのが自然だ」
「ありがとうございます。ガニメデの動向は注視するとして、他には?」
「ガブさん、饕餮は」
「今話すべきじゃない」
アナントが頷く。喫緊の話題は無いと判断したスローン。
「分かりました。最後にセンシティブな話になりますが……詳細なBスキャンをさせていただいても?」
「あぁ」
「ごめん僕はムリ」
「分かりました。ちなみに技術データはどこに?」
「僕の端末の中に」
「ふむ……」スローンがわずかに宙を見上げる。「ただちに君をTISOに送り届けますが、国際連合と宇宙企業連合の監査員をつけさせてもらいます」
「いいよ、追い返されるかもしれないけど」
「ありがとうございます。ではガブリエルさんは医療用Bスキャン室へ。アナントくんは地球行きシャトルにお連れしましょう」
「すまない、一服してもいいか?」
「えぇもちろん」
「ガブさん、僕もいく」
「ほう?」
「連れタバコ、意外といい」
「ポッドよりは空調効いてるから、受動喫煙は期待できないぞ」
「あー、じゃあ吸う。頂戴」
ガブリエルは苦笑し、二人は席を立ち部屋を出た。
ガブリエルとアナントが地球圏に到着してから十日後。
TISOが「恒星間宇宙船建造技術」を国際連合経由で発表した。国際情勢や調達可能資源を踏まえて、「五千万人×二百隻」という案は微修正された。
曰く、二十年間極秘に研究開発とシミュレーションを続け、ついに完成。
曰く、四・三六七光年先にあるケンタウルス座星系まで、約十年で到着。
曰く、一隻につき約三千万人、三百隻で九十二億人全員が搭乗可能。
曰く、三百隻は半年で建造可能。
曰く、材料、生産設備などあらゆるサプライチェーンの大変革が必要。
TISOの発表ということもあり国際社会からの信頼は当初から高かった。TISOは更に技術をオープンソース化したことにより、太陽系脱出をテーマとする企業や学者がこぞって確認。「断言はできないが、これならいけそう」と各所から太鼓判がおされた。
その情勢を見て国連は各国協調を推進し、宇宙企業連合もまとまった動きを見せる。宇宙企業連合に属さないが建造に必要な箇所を担う企業の足並みは遅かったが、「全人類が生きて太陽系を出られる」という大衆の希望が推進力となった。
なお、文明としてのUMOの存在は公開されず、田中は死亡扱いとなった。
二ヶ月後。恒星間宇宙船の建造が進む中、木星圏の観測衛星がガニメデの不可解な動きを捕捉した。木星の重力効果では説明できない微細な公転軌道の変化。
さらに二か月後。人類の搭乗準備が始まる中、ガニメデは木星・UMO・太陽全ての重力を振り切り、太陽系外に飛び出した。方角はケンタウルス座とは反対。直進すれば約十五光年先の「グリーゼ687」星系に到達すると計算された。
さらに二ヶ月後。UMOの重力に地球が引き寄せられた頃、人類最後である三百隻目の恒星間宇宙船が地球を発った。高齢者や貧困層を主とする約千万人は自らの意思で地球に残った。
アナントとガブリエルはギリギリまで地球に残り、三百隻目に搭乗。その間、火星圏・小惑星帯・木星圏にいるはずのUMOからは特に通信が無かったが、約五万もの小型の宇宙船が全方向に飛散していくのを観測衛星は捉えていた。
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