第23話 影からの支援


2032年、春。


ドイツ連邦、ベルリン郊外の軍事施設。

重厚な会議室には、国家安全保障会議の高官たちがずらりと並んでいた。厚いカーテン越しに春の陽光は差し込むが、室内の空気はひんやりと張り詰めている。


「報告によれば、日本国内では複数の抵抗組織が活動を続けています」

大佐の声が静かに響く。

「北海道の雪月花、九州の白虎隊──そして関東を拠点とする桜花。我々の独自ルートによれば、桜花はすでに米軍の厚木飛行場を襲撃し、予想以上の機動力を示したとのことです」


席の向こうでは参謀長が眉をひそめた。

「米・中・露のいずれかが日本を掌握し、覇権を奪い合う事態だけは避けねばならん」


「だが、NATOは何もできない。NATO理事会はアメリカの顔色をうかがうばかりで、日本についての議題を避けている。表立った介入には腰が引けているし、各国の利害が絡む中で統一行動など望むべくもない」


別の高官が舌打ちを交えて口を開いた。

「雪月花は確かに対露で戦果を挙げているが、あの戦線だけで日本全体を覆すことはできん。白虎隊は勇敢だが、九州の範囲を出られない。結局のところ、国家の中枢を押さえている米軍こそ最大の脅威だ。これを放置すれば、日本は永久に外勢の傀儡と化す」


議長がゆっくりと手を組み、天井を見上げる。

「歴史的な意味でも、我々は日本を見捨てるわけにはいかない。かつての大戦での盟友としての義務感もある。だが正面からの介入は不可能だ。我々が選べるのは……」


短い沈黙の後、参謀のひとりが低く答えた。

「今、優先すべきは桜花の強化です。首都圏を揺るがし、米軍の支配を突き崩せる可能性が僅かでもあるのは彼らだけ。武器や通信機、医療物資を秘密裏に送り、活動を後押しする──これが現実的な選択でしょう」


議長は机に置かれた日本地図に視線を落とし、港湾施設に赤い丸印がつけられた。

「人道支援の名目で──医薬品と通信機材を極東ルートへ流すことは可能だろう。正規の輸送枠ではなく、民間救援物資として混ぜれば、NATOの監視も掻い潜れる」


部屋の奥、窓の外を見つめる高官が静かに頷いた。

「桜花の存在は、現時点で中露には把握されていない。厚木飛行場襲撃以降、目立った行動もなく、アメリカ側もまだ大きな脅威とみなしていない。その油断こそ、我々が突くべき隙だろう」


「しかし危険すぎるのでは?秘密裏の支援など、結局は裏切りの火種になる」

慎重派の将校が冷ややかに告げる。

「NATOはあくまで人道支援に留めている。我々が勝手に動いたと知られれば、NATO内部で孤立するぞ。さらに米独関係が崩れれば…」


沈黙が落ちる。

ドイツは常に「同盟の調和」を重んじてきた。だが調和は時に枷となる。


やがて低く、別の声が響いた。

「――だからこそだ。公式な承認を得ずにやる。誰も知らぬまま、小さく、静かに」


議長は手元の書類を閉じ、低く息を吐いた。

「これは愚かな賭けかもしれん……しかし他に道はない。表向きは沈黙を守り、影からの支援を行う──それを決定とする」


会議室には安堵の空気がわずかに広がったが、同時に緊張の糸は張り続けていた。

世界の覇権を握らんとする大国の影に挑むため、ドイツはひとつの選択をした。

──桜花という小さな火種に、影から風を送り込むことを。



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