歌うたう彼女

南枝大江

 これは、私の心の中の独り言。自分を許すための愚かな戯言、そしてほんの少しの自己陶酔。

 私たちは弱い生き物です。誰かの弱さに感情移入し、心の隅で安心する。聖人よりも裏切り者が好きで、でも心の中では救世主を求めている。

 そんな、そんな、弱い私なんです。


 あの人は同じクラスの、私と同じ女の子でした。同じクラスと言ってもいつ度も喋ることはなく、というのも、あの子も私も友達と言える人間は一人もおらず、学校ではいつも一人で過ごしていました。

 だから、というのでしょうか。あの子には親近感を抱くと同時に、憧れのような感情を抱いていました。容姿も美しく、運動も得意で、いつも小難しい本を読んでいる彼女は、まるで漫画の中から出てきたような高嶺の花に見えたのです。

 一方私と言えば、容姿も頭も並で、趣味もこれと言ってなく、ただただ毎日を浪費するばかり。本当は友達を作って遊びたいのだけれど、そんなことも叶わない。

 一人でも平気そうで、誰よりも強く綺麗なあの人とは天と地ほどの差がある、そう考えていました。 


 そんなある日、私は放課後街に出て映画を見に行きました。休日にまで身だしなみを整えたくないので、外に用事がある時はできる限り平日に済ませてしまいたいというのも理由の一つなのですが、何より私は夜の街が好きなのです。

 地方都市とは言っても駅前はかなり栄えています。夜なのに明るい街、自分の何十倍もあるかのような建物は七色の光を放っていて、まるで星空が落ちてきたような景色でした。

 その中を私は一歩ずつ、歩くのです。それだけでなぜか心が躍り、余計なことが頭から抜け落ちていく。純粋な子供に戻ったような気分です。まあ、まだまだ私も子供でしょうけど。

 それはさておき、あの子の話をしましょう。

 その日も私は冒険少女になり切って、適当な路地裏をさまよい歩いていました。すると少し離れたところに人影が見えたのです。私は即座に引き返そうとしましたが、私の頭が先程の映像を理解した瞬間、それが事実か確かめるためにもう一度振り返りました。

 それは女の形。左手にたばこを持ち、口から煙を吐く、制服を着た女の子。肩まで伸ばした髪は闇に溶け、人形のように白い肌を一層際立たせる。見間違いはない。二度、三度と見たのだから。

 吸い込まれるような黒い瞳と目が合ったのです。その瞬間彼女は妖しく口元を歪め、小さくもはっきりと耳に届く声でこういったのです。


「——さんだよね……。見られちゃった?」


 余裕の浮かぶ声色。先程の笑みのまま、彼女はこちらへと歩いてきます。


「見なかったってことにしといて欲しいんだけどな……」


 私はひどく混乱していました。突拍子のない状況に頭が追い付かず、それに夜の路地裏という環境と、彼女に名前と顔を覚えてもらえていたという小さな喜び。そのせいで正常な判断力を欠いてしまって、私はあんな突拍子もないことを言い出したのです。


「それ、どんな味ですか」


 彼女は一瞬目を丸くした後、空を眺めながら口を開く。


「えっと……。甘くて、ちょっと苦くて……あっ、吸う?」


 差し出された白い箱に、私は恐る恐る手を伸ばす。意図せずともそう言う意図が含まれているであろう言葉を言った以上、ここで断るわけにもいきません。それに、目の前の彼女に少しだけでも近づきたくて、私は煙草を手に取りました。

 彼女がポケットから取り出したライター、オレンジの光は周囲を照らし、差し伸べられた暖かな光に、私は手を伸ばしました。

 白い煙、たばこの先のオレンジの光。暗闇、照らす彼女の視線。私は思い切って紙巻を口に加え、それを通した空気を吸い込みました。

 肺の中に飛び込む異物感。私は思わずせき込んでしまいました。

 その様子を見た彼女は表情を崩すと、普通の少女のようにあどけなく笑ったのです。


「それ、初めて? 最初は味とかわかんないでしょ」


 この時少し冷静になり、自分の行動を思い出して赤面してしまう。それと同時に、彼女に認められたようでなんだか嬉しかったのです。


「まあ、すぐ慣れるよ。美味しいし、かっこいいし、ついでに寿命も縮む。いいことずくめだね」


 そう言って煙を吐く彼女の横顔は月のようでした。夜空が落ちてきたような街の中、彼女はどんな灯りよりも大きく、輝いて見えた。きっとその時です、その瞬間、私はとっくにいかれてしまったのでしょう。


「じゃあ、それあげるから、今日のことは秘密に」


 そう言って背中を見せるあの子。この時間が終わってしまう。そう考えると居てもたってもいられなくなり、私は必死で言葉を探しました。


「えっと、ここでなにしてたんですか?」

「あー、君がそれ言う?」


 確かに、こんな路地裏なんて普通なら通りかかることすらない。怪しいのは私も同じでした。


「私は散歩……。みたいな感じ、です」


 どうしてこんな所を歩いていたのか、理由が抽象的すぎて、うまく説明することはできそうにありませんでした。

 だけど、彼女は私の言葉を聞いて深く頷くと、わかる。と、言ったのです。


「いいよね、暗いとこ。周りが明るかったらなおいい」


 そして、そう続けました。

 ああ、この景色が好き。それだけでよかったのです。人に説明するのに大層な理由なんて無くてもよいい。たったそれだけのことが私にはわからなかった。


「私も似たような感じだよ。家の周りは暗すぎて、上しか見える場所がないから」

「ちょっと怖いですし」

「動物とかね。それにやっぱつまらない」


 こういうのをきっと、意気投合というのでしょう。人と仲良くなる方法なんて、長らく忘れていました。


「えっと……。ご飯、食べた?」


 その言葉をきっかけに、私たちは二人でファミレスに入ることになりました。駅前のビルの二階、無機質な階段を上った先には西洋風の内装のお店。若々しさと家族の活気にあふれた空間にしりごみしそうになったが、ためらうことなくその空間に飛び込んでいくあの子の背中に勇気をもらいました。そう、今は一人じゃないのです。


「こういうとこ、あんまこない?」


 私があまりにも挙動不審だったからでしょうか、彼女はおもむろにそんなことを尋ねてきます。


「あんまし……」

「案外おいしいよ。安いし」

「よく来るの?」

「一人だけどね」


 タブレット端末で注文を済ますと、後には静寂がやってくる。彼女は平気そうにすまし顔をしていましたが、私はどうも居心地が悪くて、必死に話題を探します。


「いっつも教室で本読んでるけど、どんな本読んでるんですか?」

「色々……夢野久作とか」


 名前だけ聞いたことがある。少し昔の小説家です。

 私がどんな作風の人なのかと尋ねると、彼女は今度貸そうかと言ってくれて、私がそれに勢い良く頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んで何やら考え込んでしまいました。

 今度の沈黙はさほど苦ではありません。次の約束ができたからでしょうか。

 再びの沈黙は店員の声によって破られ、私たちの目の前に暖かい料理が置かれる。味は値段相応で可もなく不可もなくでした。


「食べたね……」


 二人並んで夜の街を歩く。足は自然に駅の方向へと向き、話し合うことなく私たちはそこへと向かい始める。

 ですが、私はまだ帰りたくありません。何か少し、もう少し彼女を引き留めていたいのです。コンビニはついさっき入った。なにか、そう、それらしい遊びだとか。


「ねえ……カラオケとか、行かない?」


 私がそう言うと彼女は一瞬顔を輝かせます。


「いいの? もう遅いけど」

「うん……いい」


 駅前の大きなビルの中に二人で入る。

 実はカラオケに入ったことなんてないけれど、あの子と一緒に居れればそれでよかったのです。

 彼女はこういう場所に慣れているのか、率先して手続きのようなことをやってくれました。

 廊下を歩く。どこからともなく歌声が聞こえる。自分も歌を歌うのだろうかと考えると、少し緊張してしまいます。

 四角い部屋の二面はソファーで、一面には大きな液晶。中央に置かれた机の上には食事のメニューが置かれている。

 彼女がタブレット端末を手に取る。これで曲を流すと、何かで見たことがあります。


「よく来るの? ここ」

「一人だけどね」


 先程と同じ質問に、同じ答え。

 彼女は恥ずかしそうに一人で来ると答えるけれど、私にとってはすごいことです。私にはファミレスも、カラオケも一人で行こうだなんて考えたこともありませんでした。


「歌う?」


 私が首を横に振ると、彼女はじゃあ私がと曲を流し始めます。

 液晶に映し出される夏の海、アコースティックギターの音。彼女が歌いだす。

 透明だった。青空のように透き通っていて、静かだけど良く響く声。存在しない記憶、景色を呼び起こされるかのような歌声。

 思わず瞳が潤んでしまいました。自分でも自分が信じられません。


「……すごい」


 この時私は確信しました。運命とはこういうことなのです。神様を信じる人たちの気持ちを心の底から理解することができました。

 私が拍手を続けていると、彼女は照れくさそうに頭を掻く。


「……はい、そっちも歌って」


 ぶっきらぼうにそう言って、彼女は私にマイクを手渡した。

 とりあえず、私でも知っている有名な曲を入れる。

 歌うと言っても、私にできるのでしょうか。不安の気持ちのまま前奏が終わり、液晶に歌詞が映し出される。

 言葉が詰まって上手く声が出ない。途切れ途切れ、不格好な歌声。

 今すぐ逃げ出したい。真っ暗な水底を進んでいるような気分でした。

 だけど、光が差し込んだ。

 歌詞をなぞる、差し伸べられた優しい声。彼女の声。それを追いかける。

 曲が盛り上がりを増すにつれて、私の緊張もほどけていく。彼女の声はいつの間にか消えていて、だけどそれでも問題なく私は歌えていた。

 ああ、こんなにも楽しいなんて。手を引いてくれた彼女は穏やかな笑みを浮かべている。歌が、声が、こんなに力を持ってるなんて知らなかった、それとも、彼女が特別なのでしょうか。ええ、きっとそうでしょう。


「私、こういうのやっててさ……」


 夜も更け、多少の疲れと共にソファーに腰を沈めていると、彼女が携帯の画面をこちらに向ける。それは動画投稿プラットフォームの画面のようでした。サムネイルの中にはギターを抱える彼女の姿。

 動画のタイトルには私の知っている曲の名前が書かれていたが、先頭の動画だけは違いました。


「曲、作れるの……?」

「ちょっとだけ、ね」


 彼女の指が画面に触れる。アコースティックギターの温かい音色、響く彼女の優しい声。

 音楽の良し悪しは私にはわかりません。だけど、心が叫ばされるんです。この人の歌は、才能は、本物だと。一緒ならどこにだって飛び立っていける。根拠もなくそう思えるんです。

 私がそう言って絶賛すると、彼女は照れながらも誇らしそうに笑ってくれる。私たちはまた学校でと約束を交わし、手を振って別れた。


 その日の空は見渡す限り星が見えて、闇は永遠に深くて、それでも私は手を伸ばさない。星なら今日見つけました。



 彼女は翌日二時間目の終わりに学校にやってきました。遅刻なんか気にしていないとばかりにいつも通りの涼しい顔で、机の間をすり抜けて歩く。

 私と目が合うと、彼女は小さく顔をほころばせる。それだけで自然と私の頬も緩んでしまって、咄嗟に下を向く。

 不思議です。人との関りひとつでこんなに心が軽くなるなんて。いいえ、いいえ、きっと彼女が特別なんです。私はあの歌に、彼女そのものに、取りつかれてしまっているのかもしれません。

 その日から、私の退屈な日常に色がついた。学校が楽しい場所だったなんて、私は知りませんでした。


 そんなある日、私は彼女の家に行くことになりました。というのも、彼女が学校を休んだので携帯で心配の節を伝えると、突然家に誘われたのです。

 彼女の家は学校の北にあって、近くに駅がないのでバスを使うことになりました。

 住宅街の真ん中の一軒家。それが彼女の家でした。

 チャイムを鳴らすと、返事の代わりに携帯の着信音が鳴る。どうやら鍵は開いているそうなので、扉に手を掛ける。

 何の変哲もない、普通の民家。それなのに特別に見えるのは、私が他人の家に入ったことがないからなのでしょう。

 彼女の指示通りに歩き、茶色の扉の前に立つ。

 なぜだか緊張しながらドアノブを回す。


「やっほー」


 私はてっきり病気か何かで寝込んでいるものだと思っていましたが、部屋の中央の椅子に座る彼女は服も髪も出かける前のように整っていました。


「あれ……元気?」


 部屋は妙に片付いているし、なんというか、まるで私が遊びに来たみたいです。


「ん? ああ、サボタージュだよ」


 何でもないことのように、あっさりとそんなことを言う。私はそんなこと考えたことすらなかった。


「せっかく買って来たのに……」


 右手にぶら下がったレジ袋の中にはスポーツドリンクとゼリー飲料が入っている。およそ五百円、バイトをしていない私にとっては決して安い買い物ではありません。


「厚意は受け取るよー」


 図々しくも彼女はこちらに手を伸ばす。

 私は袋の中身二つを手に取ると、どっちがいいかと尋ねる。


「ゼリーでいい? お昼食べてないから、お腹すいちゃって」

「食べてないの? やっぱり病気……」

「いやいや、この家、昼は誰もいないからさ」


 理由になってないと思います。

 私はゼリー飲料を彼女に手渡すと、促されるままに近くの座布団に腰を下ろす。

 部屋の隅には学習机、その上にはパソコンが乗っていて、近くにはギターが置かれている。乱雑な棚の上には本が目立つ。後はベッド。少し暑くなってきた季節だというのにまだ布団と毛布が置かれている。

 これが普通の部屋かどうかは判別のしようがありません。だけど私の素直な感想としては、彼女らしい部屋だと思いました。


「あ、ギター」


 ギターは二つ並んでいる。片方がエレキギターで、もう片方はアコースティックギターでしょう。

 彼女はアコギを手に取ると、慣れた手つきで弦を鳴らしながら上部のつまみを回し、音程を合わせる。


「歌おうぜ」


 口を斜めにし、きざったらしい台詞を吐く。これぞ待っていた言葉。私もきっと同じ表情、普段より一段高い声色で、もちろんと答えます。

 弦を弾く右手、それを抑える左手。そのどちらも目にも止まらないような動きで、素人目にも彼女がすさまじい技術を持っているとわかる。それに加えて歌声。音程を外さないのはもちろんのこと、表現力も優れている。こうして客観的に見たとしても、彼女の音楽の才能は素晴らしいものなのです。


「はい、ギター持って」


 突然そう言って、彼女は手元のアコースティックギターを私へと手渡します。

 持てと言われても、ギターの弾き方なんて私にはさっぱりわかりません。私がそう言うと彼女はそんなことわかっているとばかりの反応で、エレキギターのシールドをアンプに繋ぎます。


「叩くの。掌の付け根あたりで、丸いところの上あたりを」

「こう……?」


 言われた通りの場所を叩くと、低い音が響く。ドラムの音に似ているような気がします。

 とんとんとん、と、一定間隔でリズムを刻む。それに合わせて彼女のギターの音が響きだす。

 

「次は丸の左、指先で叩いてみて」


 今度は先より高い音。さっきのがドンだとしたら、こっちはタッという感じ。

 彼女と目が合う。言葉は不要とばかりに口元を歪めて。

 二つの音を組み合わせ、単純なビートを繰り返す。

 その音にメロディーが合わさる。彼女はギターを鳴らしながら、じっとこちらの瞳を見つめる。

 叩く音の組み合わせを変えてみる。完璧に合ったメロデイーが返ってくる。拍子を変えたとしても、それは変わらない。

 何をやっても合わせてくれる。だから私は安心して、好き勝手にリズムを鳴らすことができました。

 

「楽しいでしょ、ギター」

「うん……! ギターの楽しさとは、ちょっと違うかもしれないけど」


 不思議な高揚感、自然と上がる口角。もうすでに私は音楽の虜になっていました。


「いいの。音が鳴れば音楽だから。——じゃ、そろそろ弦弾いてみよっか」


 どうやら彼女は私に本格的にギターを教える気のようです。私としても異論はありません。ギターを叩く音だけであれならば、彼女のようにギターが弾けたならどれほど楽しいことでしょう。

 

「ま、今日はこんなものかな」

「ええ……」

「最初はね、やりすぎると指先の皮が剝げるから」


 まだ若干弦の感触が残る指先。練習はただ長い道のりを実感させられるだけだったけれど、ほのかな満足感がありました。


「ライブとかって、やる予定あったりするの?」

「ライブかぁ……。やりたいよね」


 楽しそうに妄想を膨らませる彼女。きっと彼女の頭の中で、彼女は数えきれないほど多くの観客に囲まれて歌っているのだ。武道館か、それとも東京ドームだろうか、そこまでは私にはわかりませんけれど。


「文化祭、とか」

「……まずは、だね」


 どうやら、気が早すぎたようです。


「一緒に出よ。ね」


 彼女は私のことを考えていてくれたのでしょう。私はまだまだ経験を積んでいかなくてはいけません。それには答えないと。



   ◇



 彼女と初めて話してから二か月。今、夏、真っ盛り。


「進学だっけ、そのまま上がるの?」

「私は……東京行きたいなって」


 私たちの高校は大学付属の高校で、ある程度の成績があれば内部進学で大学に上がることができる。ですが、私はこの街ではなく、日本の中心に出てみたいのです。

 と、言っても、最近はその気持ちも揺らいできました。彼女と一緒に居たい。その気持ちの方が強くなってきたのです。


「東京! 実は私も……音大とか考えてて」


 照れながらそう言う彼女ですが、誰も彼女を笑うことはしないでしょう。彼女ほどの実力があれば、きっと余裕のはず。


「じゃあ、一緒に東京だね」


 彼女と一緒なら、どこへだって行ける。そんな確信があります。彼女は私をいろんな初めてに連れ出してくれました。電車に乗っての日帰り旅行。眩く輝く、空よりも深く見えるような海。

 夏を楽しいと思ったことなんて、小学生のころ以来でしょう。今まで取りこぼした青春を全部取り返すかのような夏。この時間が永遠に続けばいいと何度思ったことでしょう。


「よし……今日はお出かけしよっか」


 いつも通りに二人でギターを弾いている最中、彼女が突然立ち上がる。彼女はいつもこうだ。


「歌いに行こう」


 そう言うと彼女はギターをケースに入れ、それを背中に背負った。

 カラオケにでも行くのでしょう。私もそれに倣ってギターを背負い、彼女の背中について歩く。


「暑い……、死にそう」

「だね……。まあ、一曲ぐらいなら大丈夫でしょ」


 一瞬で命の危険を覚えるほどの暑さ。とても人間が生きられる環境ではありません。


「え、到着?」

「そこの木陰にしよっか」


 たどり着いたのは近場の公園。人通りは少ないとはいえ、誰にでも聞かれ得る屋外です。


「ここでやるの?」

「もう大丈夫でしょ。ちゃんと弾けてるよ」


 彼女はそう言うものの、まだ全然足りていません。


「これで……、顔写ってないよね」


 彼女は木に携帯を立てかける。

 彼女の歌がいまいち伸びていなかったのはプロモーションが圧倒的に下手だからです。SNS運用を代わりに私がすると、少しずつではありますが数字も伸びてきました。


「じゃあ、やろっか」


 不安で仕方ない。また手が止まる。

 そう思っていました。

 ギターを構えて、目を閉じる。蝉すら鳴かない夏の真ん中。そっと、初めの音を鳴らす。

 優しい音、響く。

 単純なコードの繰り返し、拙いギター、これが私の全部。

 瞼を開く、眩い夏、横に彼女が居る。

 声が、音が、歌になって、それが世界のすべて。

 

 大きく息を吐く、大粒の汗が地面に落ちる。私たちは目を合わせて、満足げに笑いました。

 

「完璧」


 そして、どちらからともなくそう言ったのです。


 そこからも私たちは毎日のように彼女の家に集まり、思うがままに音を鳴らしました。そうしていると、あっという間に二学期が訪れます。


「明日は学校来てよ……」


 放課後、彼女の家でギターを抱えながら私は言う。

 二学期になってからというものの、彼女は一回しか学校に来ていません。彼女曰くギリギリまで休むとのことですが、明日はどうしても来てもらわないと困ります。


「文化祭のあれ、だっけ」


 文化祭のステージに出るには事前に審査を受ける必要があります。審査と言っても形式上の物で、最低限出し物が形になっていることを確認するだけという話です。


「——ちゃんはすごいな……。毎日学校行って」

「普通だよ」

「私と遅くまで遊んで、家でもギター弾いて、受験勉強もしてるんでしょ?」


 音楽も勉強もまだまだ力不足です。それに、忙しさもそこまで苦ではありません。


「……それで、結局文化祭なにやるの?」

「一昨日見せた新曲、あれで行く」


 曲は間違いなく名曲です。私としても一通り弾けるようにはなっているので問題ありません。ですが。


「ドラムとベースは?」

「どこかで拾えればいいんだけど……、まあ、打ち込みかな」


 妥当な判断です。

 そこでなぜかほっとしている私が居ました。


 翌日、私は朝早くに起きて、彼女の家に彼女を迎えに行きました。

 朝起きた時は涼しいように感じたけれど、日が照ってくるととたんに不快な暑さが辺りを包む。


「……」


 家の前に立ち、彼女に電話をかける。しかし、電話は電子音を繰り返すだけで一向に繋がらない。

 チャイムを押しても人は出てこず、仕方なく私は合鍵を使って家の中へと入ります。


「おはよう……。入るよ」


 一応ノックをし、声をかけてから彼女の部屋に入る。

 見慣れた、ほとんど自分の家のように使っている部屋。その中央に彼女は立っていた。


「起きてるじゃん」


 彼女は若干上擦った声で私におはようと言う。

 今入ったらまずかったのでしょうか、何か隠すことでもあるのか。——コップがある。匂いはしませんが――。


「飲んでた?」

「はは……」


 ばれちゃった、と、彼女はばつが悪そうに微笑む。

 私はため息をついて、彼女に支度を急かします。

 その時の私は気づきませんでした。ゴミ箱の中、錠剤の包装が入っていたことに。否、覚えてたということは気づいていたということなのです。どう見ても健康体な彼女がどんな薬を飲むというのでしょう。私は目を逸らしていた、彼女は精神的にも完全であってほしかったのです。


「緊張する?」

「まさか」


 空き教室の前に立って、彼女と目を合わせる。ギターの重みが背中にのしかかるけれど、全く重さは感じません。

 教室の中から歌声が聞こえる。四人組のバンド、見たことのある顔なので、きっと同級生なのでしょう。


「よし、行こうか」


 緊張はありません。外では何度も演奏していて、何よりも彼女が真横に居る。

 バンドとすれ違いで教室に入り、先生に名前を確認されると私がそれに応える。

 ギターは二人ともエレキギター。エフェクターボードを用意してきた彼女に対し、私はオーバードライブが一つ。音作りに関しては彼女に任せているので、私はアンプを触っている彼女を眺めるだけです。

 

「音、鳴らして」


 Aコード。なんとなくギターを触ると大概指がこの形になっている。


「そのまま……」


 視線を交わす。それ以上の言葉はいらない。

 四つのコードを繰り返す。彼女がギターを構える。瞬間、パワーコードをかき鳴らす。

 透き通り、太陽のように力強い歌声。難しいフレーズを完璧に弾きこなすギター。それを同時にやっているのだから、脳みそが二つあるとしかお目ないような彼女の離れ業。

 ぴったり合わさった演奏。何の問題もなく、それは終わりを迎える。

 一礼の後、目と目を合わせてハイタッチ。


「最高」


 どれだけ慣れたとしても、この高揚感は変わらない。噛みしめるように廊下を歩く。これだけ盛り上がって終われるわけがない。できるだけ急いで彼女の家へと二人で向かうことにしました。


 翌日、ようやく一人で学校に来た彼女と教室の隅でご飯を食べていると、見知らぬ人物に声をかけられました。


「あ、居た! 昨日の!」


 底抜けに明るい、私たちとは正反対の場所で生きているであろう女の子でした。


「私、B組の三田。昨日2人の前にやってたバンドの……」


 あー、あの。と、ろくに覚えていないのに知っているかのような返事を返す。


「顔は見たことあってさ、それで昨日の歌すごかったから、話してみたいなって」


 三田さんの視線は私の正面に座る彼女へと向けられている。どうやら目的は彼女のようです。


「ありがと。バンドもよかったよ」


 彼女の視線が泳ぐ。表情も声色も自然なように見えるが、私から見たらそれは自然とは程遠い作り物です。


「いつからギターやってるの?」

「小学生ぐらい……かな、気付いたらって感じで」

「へぇ……。そうだ、あの曲ってなんて名前?」


 相手からどんどん言葉を引き出すような会話。私には到底まねできないようなものです。


「そうだ、私たちスタジオ行った後カラオケ行くんだけど、来る?」

「いいの……?」


 そう言いながら彼女は私の方を見る。その瞬間は、はっきりと目が合った。

 私は好きにしていいよと言わんばかりに頷いて見せた。


「いいよ。みんな――さんのこと褒めてたし。話してみたいとは思うよ」

「じゃあ、——ちゃん……」

「うん、いってらっしゃい」


 別に彼女は私の物でも何でもありません。遊びに行くのは自由です。


「なに言ってんの。——さんもだよ!」

「……へ?」


 頓狂な声を出してしまう。が、すぐに立て直す。

 確かにそうするべきでしょう。知らないグループに一人で頬りこまれることほど気まずいことはありません。


「うん、じゃあ、私も」


 そうして私たちは知らないバンドの集まりに呼ばれることになったのです。


「怖あ……」


 彼女が漏らした言葉。私も同じ気持ちです。あれほどグイグイと来るような人種とはあまりかかわったことがないので、どうしても苦手意識を覚えてしまいます。


「まあ、よかったんじゃないかな」


 だとしても、友達が増えることはよいことです。こういったチャンスを自分から作ることのできない私たちにとっては願ってもいない機会であって、心のどこかでワクワクしている私もいます。


「頑張ろう」


 目を合わせて、頷き合う。


 ——が、駄目でした。


「えー、作曲できるの⁉ すごーい!」

「まあ、うん……」


 三田さんみたいな性格の人が四人。彼女は囲まれてたじたじになっているし、私はと言えば完全に蚊帳の外です。


「どんな曲だったっけ……?」

「そうだ、ちょっとやってみてよ。ギターあるし」


 彼女と目を合わせる。情けない現状を打開するにはこれしかない。


「じゃあ……」


 おずおずとギターを受け取り、ストラップを肩にかける。軽く弦を弾き、ペグを締める。


「では、いきます。人間みたい」


 大きく息を吐く、スイッチが切り替わったかのように世界が静かになる。今までで一番緊張するけれど、大丈夫。彼女が居る。


「……やっば、うま……」

「でしょー」


 分かりやすく調子に乗る彼女。演奏は大成功、私も輪の中に入ることができて、最終的な結果としては囲われてたじたじになる人間が二人になっただけでした。


「まあ、うん。上手くやったよね」


 帰り道、苦い笑みを交わす。携帯に送られてきた写真には中のよさそうな六人組がまるで友達のように映っている。

 三田さんたちと一緒に遊んで、大変なだけではありません。間違いなく楽しかった。胸の中に留まるほのかな満足感は、きっと彼女と同じでしょう。


「明日、ちゃんと学校来てよね」

「うん」


 宣言通り、彼女は翌日から毎日学校に来るようになりました。昼食は三田さんたちと食べるようになって、放課後はいろんな場所に行くようになった。時には三田さんたちのバンドに混ざって演奏をしたり、カラオケに行ったり。

 充実した、私が思い描いた高校生活とはこういうものだったのです。

 そして、彼女はずっと隣に居る。毎日楽しそうな彼女が居る。これ以上ないほどの恵まれた環境なのです。


「ねえ、一緒にこのまま進学しない?」


 そんなある日、突然彼女がそんなことを言い出しました。

 このままと言うのは、内部進学のことでしょう。


「東京も、いいんだけどさ。みんなと一緒にっていうのも……どうかな」


 控えめに、斜め上を向きながら彼女はそう言う。確かにそう言う選択もありかもしれません。今の生活がずっと続くなら、どれほどいいことでしょう。


「ちょっと、考えとく」


 決めるなら急がないといけません。私たちはもう三年生なのですから。



「これ難しいよー」


 弱音を上げる三田さんを彼女は優しく励ます。いよいよ明日が文化祭、ライブに向けての練習も煮詰まってきました。


「リハーサルで弾けたんだから、ね」


 順番としては、私と彼女がトップバッター。緊張はするけれど、彼女と一緒なら何一つ問題ありません。

 アンプから妙な音が鳴る。またエフェクターで遊んでいるのでしょう。

 ドアが開いて、三人が戻ってくる。練習再開です。私たちが部屋の隅に退こうとした瞬間。


「ちょっと三田、これ何」


 怒気を含んだ低い声色。朗らかな雰囲気が一瞬にして凍り付く。


「いや、それは……」


 携帯の画面を見せられている三田さん。その内容はここからでは窺い知れない。


「……仕方ないじゃん」


 ボソッとそう呟く三田さんに「ふざけないで」と怒号が飛ぶ。

 隣を見る。彼女と目が合わない。ただ顔を青くして、彼女は喧嘩を見つめている。


「ちょっと……」

「関係ないでしょ、黙ってて」


 仲裁しようと声を挟むも、冷たい声に遮られる。

 彼女が口を開く。弱々しく、それでもよく通る声。


「やめてよ……」

「黙って!」


 即座に遮られる声。怒りはヒートアップして収まりがつかない。

 私は手早く荷物を纏めると、彼女の手を引いて扉の方へと向かう。


「……どいて」


 扉の近くで喧嘩を続ける四人の横を舌打ちしながら通り過ぎ、そのままスタジオの外まで歩く。


「あいつら……ちょ、大丈夫?」


 振り返るとそこに居た彼女の顔は真っ青で、息も切らして、今にも倒れそうな様子に見えます。

 ひとまず近場のベンチに彼女を座らせ、自販機で水を買ってくる。


「……ごめん」


 意味もなく、彼女は何度も謝る。

 その度に彼女から何かが剥がれ落ちていくような気がした。

 ああ、この感覚は知っている。例えば彼女が孤独を恐れていると知った時。彼女が精神的な病を患っていることを知った時。彼女が音楽よりも友達を優先しようとした時。彼女が俗物的なことで悩んでいると知った時。

 どれも普通のこと。誰にでも有り得ること。だけど私はそれらのことを知って、がっかりした。

 剥がれ落ちてその中から出てきたのは普通の、かけがえのない友達です。

 それでいい、それで私はいいんです。

 友達なんて今までできなかったから。ほしくても手に入れられなかった眩しい日々だから。

 それ以上を求めるのは、それこそ傲慢というのです。


「こういうの、苦手で……」


 彼女の漏らすような言葉。

 ぽつぽつと語られる彼女の過去。特筆すべきことはない、ありふれたトラウマ。

 耳を塞いでしまいたかった。彼女にそんなこと言ってほしくなかった。だけど私は親身になって、彼女の言葉を受け止めます。だって友達だから。こんな彼女は嫌だから。

 

「ごめん、ありがとう……」


 涙を拭いた彼女を家まで送り届ける。


「明日! 頑張ろ!」


 らしくもなく声を張り上げる。きっと、明日になったら彼女も元通りになるはずです。

 そう信じて、長い帰路に就く。

 一人になると、どっと疲れが肩にのしかかる。六月のあの日からずっと、毎日、疲れも忘れるほどに楽しい日々でした。

 部屋に帰るとギターを壁に立て掛け、早めに布団の中に入った。



 翌日。眩しい朝日。私は五時に目を覚ました。

 一時間ほどギターを弾いて、それから朝食を食べて支度を済ませます。

 午前七時半。完璧な状態で家を出る。彼女にメッセージを送り、今から家に行く旨を伝えた。


『先行ってて! 学校で会おう』


 電車に二十分ほど揺られた頃に彼女からの返信が返ってきました。どう考えても来ないような雰囲気を感じますが、ひとまずは彼女を信用しましょう。

 幸い、学校と彼女の家は歩いていける距離、時間が迫ってきたら呼びに行けばいいのです。


「あ、——さん。店番頼めるかな」


 完全に忘れていましたが、クラスでも何か屋台をやるようです。断ろうとしましたが、準備を一切手伝っていないと指摘されてしまい、断ろうにも断れなくなてしまいました。


「この二択だったら……先かな」


 後半だとライブの最中になってしまうので、消去法で開始からの三時間の当番を受け持つことになりました。

 こうなると仮に彼女が来なかったとしても、家まで呼びに行く余裕はありません。

 電話をかけても彼女は出ない。

 メッセージの返信は来ない。

 ただ時間だけが過ぎて、不安だけが膨らんでいく。


 三時間は一瞬にして過ぎた。こんな時だけ時間は早く進むのです。

 一人で体育館に向かう。

 先生に彼女の不在を伝えると、ライブ自体をどうするかと尋ねられる。

 私は即座にやると伝えました。


 エフェクターは一つ。音は耳で覚えている。曲は変えざるを得ない。ギター一本でも成り立つ、彼女の曲。

 時間はさらにあっという間に過ぎる。

 気付けば私はステージの上。正面にマイク、更に向こうにたくさんの人。

 目を閉じて、音に耳をすませる。

 ざわめき。私の呼吸の音。

 ここには私一人。

 一音目を、鳴らす。


『作文は一行目から空白で 感想なんていつまでたっても思い浮かばない 世界は私一人』


 白状します。私は彼女をどこか神聖視していました。完璧な幻想の中に居る、私を外に連れて行ってくれる救世主。私が彼女に求めていたのはそれなのです。


『瞳が裏返ったら 頭の中が覗けるのかい そしたらわかってあげられるのかな』


 でも、違いました。彼女と一緒に居るにつれて、だんだんとベールが剥がれていきます。彼女も普通の人間で、私が彼女に救われたように彼女も私に救われていて、どこまでも同じ人間でした。


『私 私と仲良くしたいの 教えてよ 欲望だけじゃなく』


 友達。かけがえのない、友達。

 だから、私は一人でこの舞台に立ったのです。彼女に手を引かれるばかりの私が、自分の脚で立てたと教えるために。

 それでようやく、彼女と対等になれる。


『だから 言葉放つ今 ほんとの私に届くまで うたう こんな言葉が作り物だとしても 返事はなくとも 叫ぶ私は 人間みたい』


 ストロークが滅茶苦茶。歌は音程を外している。

 歌もギターも彼女の物には遠く及ばない。だけど、私はここに立っている。

 正面、ステージの下には見知った顔がいくつも見える。スッと世界が広がったような気がしました。私が思っていたより、ずっと世界は広かったのです。

 顔を上げる。足元なんか見なくたって、どうせ転ばない。

 さあ、間奏が終わる。歌が動き出す。

 私の歌が――。


「分厚い鎧をまとって、私は私を守りたかった。強く見せたくって、取り繕った私」


 声が響く。言葉が響く。

 綺麗で優しくて力強い、心の叫びのような言葉。

 スピーカーを通して体育館中に響くそれは、間違いなく彼女の声だった。

 ギターを弾く。アルべジオで、声の背後に。


「重たくって動けない。それでいいって思ってた。だけど、連れ出してくれたんだ。衝動は私を突き動かして、過去は悲しいものじゃないって思いだして、だから、また立ち上がれるって思いだした。傷ついてもいいよって、私は私に言えたんだ」


 真横。彼女は言葉を紡ぐ。

 一瞬止まった、演奏。彼女と一瞬目を合わせて、それは再び始まる。


『ゆらりと揺れる視界は真っ白で あなたの手が温かくない だから私は夏だった』


 会場が急激に温まっていく。

 ライトの光を一身に浴びて、彼女の言葉を響かせる。知らない歌詞、それは今の彼女の歌。


『私の世界を変えたあなたの 終わらない歌になりたい どこに居たって どこに行ったって 聞こえてよ 眩しいあなた』


 圧倒的な歌声を体育館中に響かせる。

 眩しい。眩しい。眩しい。

 彼女の声が、歌う横顔が、全部見通す瞳が揺れる黒い髪が踏みしめる足が膝までのスカートが身体が手が耳が鼻がそのすべてがどうしようもなく眩しくて私の目を焼いてキラキラと輝いてステージの上で誰よりも何よりもまばゆい光で彼女がそこに居る私の横に居る。

 歌う。


『だから うたを歌う今 私の声を遠くまで 叫ぶ これが私の全部なんだから 君と一緒並んで歩く 私ようやく 人間みたい』


 強がっていた私が馬鹿みたいに思える。

 ああ、ようやく思い出した。

 私が好きになったのは、あの日私の心を焼き切ったのは、この彼女の歌なんだ。本当は私を眩しいところに連れて行って欲しい。一人でステージに立つのが本当は怖かった。歌うのが、ギターを弾くのが怖かった。でも彼女が居れば、彼女の横なら、あの眩しい場所に建てる。暗い場所から私を連れ出して。

 対等なんて嫌だ。彼女に追いつこうとするのは辛いから。

 だから。

 ああ、私の神様、人間なんかにならないで。



 ライブは大成功でした。三田さんたちも私たちの元に謝りに来て、完全に仲直りです。

 翌日、私は彼女の未成年飲酒、喫煙の証拠を学校に送りつけました。

 結果として、彼女はしばらくの間謹慎になりました。内部進学もこれだと難しいでしょう。

 これで三田さんたちとはお別れです。あんな彼女、二度と見たくないから。

 落ち込む彼女を慰めて、私は優しくこう言います。


「一緒に東京行こう。ね」


 彼女の中の神様は私が守る。これ以上人間みたいにならないように。

 私はギターを手に取り、いつかの彼女のようにペグを回す。


「歌おうぜ」


 少しずつ上手くなってきたギター。まだまだ彼女には届かない。だけど、それでいいんです。

 だって、うたを歌う彼女は――。


「ねえ、ずっと一緒だよ」


 彼女は照れながら、嬉しそうに微笑んだ。



 


 




 




 


 


 

 



 



 


 

 


 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歌うたう彼女 南枝大江 @abcdefddd

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ