第5話:赤い首輪のコレクション
チリン……。
赤い革の首輪が、薄暗い部屋の床で虚しく転がっている。
その音だけが、やけに鮮明に鼓膜に響いた。
胃液がせり上がってくる。さっき食べた肉じゃがが、喉の奥で不気味な存在感を主張している。あれは、誰かの家族だったのかもしれない。そう考えただけで、吐き気がこみ上げてきた。
俺は目の前の彼女から目を逸らせない。
彼女は、俺の反応を待っている。俺がこの状況をどう「定義」するのかを。
「……ま、まさかな。ハハ、冗談キツイぜ、コックリさん」
声が震える。引きつった笑みを浮かべ、必死に平静を装う。
「これ、どっかで拾ったんだろ? そうだよな?」
彼女は答えない。ただ、ガラス玉の瞳で俺をじっと見つめるだけ。
その沈黙が、何よりも雄弁に「いいえ」と語っていた。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。最悪の可能性が頭をよぎる。
ニュースでは言っていた。『この一週間で確認されただけでも五十件を超えています』と。
だとしたら。
「……なあ」
俺は床に転がる首輪を、震える指で指し示した。
「ちょっと、待てよ……? まさか……これ、ひとつじゃ、ないんだろ?」
俺の問いに、彼女は初めて、嬉しそうに(そう見えたのは、俺の願望だったかもしれない)目を細め、そして、はっきりと、
こくり!
と頷いた。
次の瞬間。
彼女はすっと立ち上がると、部屋の隅にあるクローゼットへと向かった。俺がほとんど使っていない、安物のクローゼットだ。
ギィ、と扉が開かれる。
そして、俺は見た。
「うわーーーーっ!!」
悲鳴が、喉から迸った。
クローゼットの中。
ハンガーにかけられた俺の数少ない服の隙間から、色とりどりの、無数のそれが、ぶら下がっていた。
赤い首輪。青い首輪。鈴付きの首輪。名前のプレートが付いた首輪。キラキラしたラインストーンで飾られた、小さな首輪。革製、布製、プラスチック製……。
それはまるで、戦利品を飾る猟師の小屋のようだった。
ひとつひとつが、失われた命の証。誰かの悲しみの結晶。
それが、おびただしい数、俺のクロー-ゼットを埋め尽くしている。
チリン、チリン、と。
扉が開いたことで生まれたわずかな風に揺れて、いくつかの首輪についた鈴が、まるで鎮魂歌のように、か細く鳴り響いた。
彼女は、そのおぞましいコレクションを背に、ゆっくりとこちらを振り返った。
その表情は、やはり能面のように変わらない。
だが、俺にはわかった。
彼女は、俺を喜ばせようとしていたのだ。
俺が毎日「美味しい」「最高だ」と褒め称えるから。
彼女は俺の願いを叶えるため、俺を満足させるため、より効率的に、より多くの「食材」を調達し、その「証」を、褒めてもらえるのを待つ子供のように、大切に集めていたのだ。
俺が褒めなければ。
俺が「まずい」と、あの一言を言えていれば。
この惨劇は、起こらなかったのかもしれない。
「ああ……あ……」
腰が抜けて、その場にへたり込む。
目の前には、俺の歪んだ欲望が生み出した、無垢で、純粋で、そして最高にイカれた殺人鬼(ペットキラー)が立っていた。
彼女は、俺の絶望した顔を見て、不思議そうに、こてん、と首を傾げた。
どうして、そんな顔をするのですか?
あなたは、これを望んだのでしょう?
その虚ろな瞳が、そう問いかけているようだった。
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