第4話:虚無の食卓と失踪事件

虚無の食卓と失踪事件


あれから一週間。

俺と彼女――コックリさんの奇妙な同棲生活は、すっかり日常と化していた。


「うん、今日の肉じゃがも最高! 味が染みっ染みだ!」


俺は満面の笑みでそう言い放ち、無味のジャガイモを飲み下す。向かいに座るコックリさんは、俺の言葉に満足したように、こくりと頷いた。

もはやプロの領域だ。俺はどんな虚無料理を出されても、完璧な食レポをこなせるようになっていた。コツは、見た目から味を全力で想像し、それを声に出すこと。脳を騙すのだ。


『完璧な照り! 甘辛いタレが食欲をそそる生姜焼き(味は無)』

『魚介のダシが凝縮された絶品パエリア(味は無)』

『フワフワとろとろの親子丼(味は無)』


毎日三食、彼女は律儀に手料理を振る舞ってくれる。ありがたい。本当にありがたいのだが、俺の舌はそろそろ限界を迎えそうだった。時々、深夜にこっそりコンビニのカップ麺をすすっては、その化学調味料の暴力的な旨味に涙している。


「ごちそうさまでした」


虚無の食卓を終え、俺はテレビのスイッチを入れた。行儀悪く寝転がりながら、ぼんやりとニュースを眺める。どうせ大したニュースなんてやっていないだろう。


『――続いてのニュースです。首都圏近郊で、飼い犬や飼い猫が相次いで行方不明になる事件が多発しており、警察は注意を呼びかけています』


ん?

俺は少しだけ体を起こした。画面には、深刻な顔をしたキャスターと、泣きながらインタビューに答える飼い主たちの姿が映し出されている。


『特に、小型犬や猫の被害が集中しており、この一週間で確認されただけでも五十件を超えています。専門家は、転売などを目的とした、組織的な犯行の可能性も指摘しており――』


「へえ、物騒な世の中だなあ」


他人事のようにつぶやきながら、ポテチの袋に手を伸ばす。味の濃いものが、無性に恋しい。

その時、ふと、ある疑問が脳裏をよぎった。


(そういえば……うちの食材って、どこから来てるんだ?)


コックリさんは買い物をしない。それなのに、冷蔵庫は常に新鮮な食材で満たされている。鶏肉、豚肉、牛肉、魚……。俺が「〇〇が食べたい」と願えば、翌日にはその材料が完璧に揃っている。

今まで便利すぎて深く考えていなかったが、冷静になると異常だ。


まさかとは思うが。

嫌な汗が背中を伝う。頭の中に、先ほどのニュースがフラッシュバックする。

『小型犬や猫の被害が集中』

まさか。まさかな。うちのコックリさんは、そんな残酷なこと……。


俺は震える声で、ソファの隅で静かに座っている彼女に尋ねた。

「なあ、コックリさん……」


彼女が、虚ろな瞳をゆっくりと俺に向ける。


「今日の……この肉じゃがの、お肉って……何の、肉?」


俺の問いに、彼女は答えない。

ただ、じっと俺を見つめ返すだけ。その無表情が、肯定にも否定にも見えて、心臓が嫌な音を立てる。

やがて彼女は、すっくと立ち上がると、音もなくどこかへ歩いていく。そして、すぐに戻ってきた。


その手には、何かを握っている。

彼女は俺の目の前に来ると、その手をゆっくりと開いた。


――チリン。


乾いた音がして、床に転がったのは、小さな、赤い革の首輪だった。使い込まれて少しだけ色褪せた、可愛らしい鈴付きの首輪。

ニュースで飼い主が涙ながらに握りしめていたものと、よく似ていた。


コックリさんは、床に転がった首輪を無感情に見下ろすと、次に俺の顔を見て、


こてん。


と、無垢に首を傾げた。

その仕草は、まるで「これで、答えになっていますか?」とでも言っているかのようだった。


俺は、声も出せずに固まった。

胃の中で、さっき食べたばかりの『何か』が、ゴポリと不気味な音を立てた。

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