【第4章:フェルシア国】第1話 約束の場所

ラウルとやらの亡骸を背負って森へと向かう。

雨の匂いと血の匂いが混ざり合う空気。

この死体が見つかれば、ソルト王に要らぬ不幸が降りかかる可能性がある。

それは絶対に避けなければいけない。

僕に出来ることはそれくらいしか無いのだから。

彼の為なら僕はセナを傷付け、人を殺すことも厭わない。

それであの方を救えるのなら、全ての雑務を甘んじて受け入れよう。

森の奥深くで、死体を下ろす。

今やこんな姿でも、ソルト王の元友人か...

苛立つ気持ちを抑えて、丁寧に丁寧に服を脱がした。

二人の間に何があったのか分からない。が、あの表情を見るからに間違いなく、この人が悪だ。

腹の奥から沸き上がる憎悪。

あの人の心を傷付けたこの人が憎い。許せない。ぐちゃぐちゃに壊してやりたい。

やめろ...感情に流されるな。

僕は人形だ。

それはこの人生で得た教訓だった。

そう思えば何も苦しくなどない。

深く息を吸った。

両脚に隠している二つの短剣を引き抜く。

この作業の為に常備している刃の厚い短剣。

この島に連れて来られてからは日の目を浴びることが無かった。

刃の薄い短剣で関節を切り外し、厚手の短剣で細い骨を断つ。

脂が少ないお陰か、順々と捗る作業。

もう原型を留めているのは頭部だけ。

これは流石にバラす訳には...

そんなことをしたらソルト王の顔を見れなくなってしまう。 

少し危険だが埋めるべきだろう。

動物のように無我夢中で穴を掘り、そこに頭部を埋めた。

細かくなった体を残して立ち上がる。

これくらいで十分か。

この国の人達に見つかることは無いだろう。

それよりも、今はソルト王が心配だ。

高原に向かって全力で走った。

そこに彼の姿は無かった。

ハァハァ。

荒い息を撒き散らすように辺りを見渡す。

海岸に人影を見つけてまた走り出した。

ハァハァ。ハァハァ。

何事も無くて良かった。

軽く息を整えて、その人物の元に歩み寄る。

夜明けの遠い海岸で、ソルト王は城の方角を見つめていた。

立ち呆けている彼に触れる勇気も無い。

ただ傍にいることしか出来ない。

「ユナさんに何も告げずに離れて...後悔しませんか?」

コクリと浅く頷く姿。

「シュガはいいの?」

その言葉と同時にこちらに移った視線。

星空のように広がる藍色の瞳。その奥に見える綺麗な緋色の瞳。

「ええ、貴方とならどこまでも。」

どこまでも堕ちていくだろう。貴方がいる世界...それが僕の幸せです。

波の穏やかな海岸。

戦乱の痕跡だけが異常に思える。

黙ったままのソルト王を乗せて舟を出した。

海岸からゆっくりゆっくり離れていく。

明日には城中が騒がしくなるだろう。

ソルト王の選んだ道は...正しい道ではないかもしれない。そんなの僕も同じか...。

もう答えなんてずっと分からないまま、この人の傍にいる。

この月のように同じ道をただ昇っては落ちて。繰り返している。

いつの間にか、これが正解だと祈ることも信じることもしなくなっていた。


それから、ソルト王の言う「約束の場所」を目指してサルサ国に上陸した。

幼少期に見たアルマン大国の殺風景な景色とも、ステラテラの真っ白な大地とも異なる、濃い緑の刺々しい森。

静かで冷たい空気は似たようなもの。

不気味な程真っ直ぐ伸びる木が規則正しく並んでいる。

草花の背は低く歩き易い。

木漏れ日がチラチラと足元を揺らす。

「ここがサルサ国なんですね。」

「シュガははじめてだったよね。」

「はい。」

ソルト王の顔はこの数日でかなりやつれていた。

「少し休息を取りましょう。食事も摂らずに数日が経っています。」

「いや、いいよ。早く行こう。」

彼は足を止めることなくずんずん進んで行く。

まるでこの先の何かを渇望するように。

「ソルト様は道が分かるんですよね?それなら川まで案内して下さい。」

「僕はいいって。」

「貴方がそれでは僕が困るんです。」

ソルト王は何も言ってはくれなかった。

ただ目の前に広がった光景を見てホッとした。

ソルト王は、小さな小川を前に足を止める。

「少し休もうか...。」

「はい。実はその言葉を待っておりました。」

くふっ。小さく漏らした彼の笑みに思わず釣られて笑ってしまった。

久しぶりに笑った顔を見ることが出来た。

もうずっと切羽詰まったような顔をしていたから。

「シュガはなんで包帯取ったの?」

「貴方には見られてしまったので...もう必要ありませんから。」

「あの時はごめん...。」

「いえ。いつかその時が来る...その覚悟はずっと前からしていましたよ。」

「じゃああの時のお詫びに獲物でも見つけて来るよ。」

そっと立ち上がったソルト王。

「では自分は、この辺を整えておきますね。」

「うん。」

それから休み休みに歩き続けて2日程が経った。

このサルサ国とやらは案外広いらしい。だがステラテラ以上に何も無い。

何ひとつ変わらない景色の中でふと、ソルト王は足を止めた。

「ここ...。」

目の前には真っ直ぐ伸びた一本の木。

周りの木と何も変わらない。

辺りに目印になるようなものも無く、何を手掛かりに辿り着いたのか分からない。

「本当にここなんでしょうか?」

ソルト王は木の幹をスゥッと撫でた。

その指の跡にあったのは小さな切り込みだった。

腰程の位置に、離れて並ぶ2つの切り込み。その下には器のような半円が歪に刻まれている。

「間違いないよ。この傷は僕がつけたもの。」

ソルト王はその跡から手を離そうとしない。

薄く開いていた瞼が静かに閉じた。

「僕は小さい頃に一度、父とはぐれたことがあったんだ。この辺は景色も変わらないから自分がどこにいてどこから来たのか分からなくなっちゃって...ずっと彷徨ってた。日が落ちて、辺りが真っ暗になって、歩き疲れて、この木に辿り着いた。その時はもう、このまま父さんに逢えずに死んじゃうんだと本気で思ってた。だから、この傷をつけた。僕を見つけた父さんが悲しまないように。僕は怖くないし悲しくもない。幸せだから大丈夫って残すために、ね。」

聞き慣れない子供っぽい話し方。

この人の本質はきっと何も変わっていないのだろう...。普段は無理をして背伸びをしているだけ。

木に残された笑顔の跡を見て、どこか安心した。

「貴方が生きていてくれて本当に良かったです。」

「ふふっ目を覚ました時には、父さんの背中の上だったよ。それから父さんは僕に言ったんだ。もし、また迷子になったらこの木を探せって。必ず迎えに行くって.....だからここが僕と父さんの約束の場所なんだよ。」

そう言ったソルト王は腰を折った。

彼の見つめる先の盛り上がった土。

幹の根元に何かが埋められているようだった。

そこへ手を伸ばそうとする彼の腕を掴んだ。

「こういう事は護衛官の自分にお任せください。」

後退したソルト王に変わり木の根元に、膝を付ける。

湿った硬い土を掻き出すように、手で掘り続けた。

そう深くない位置で触れた硬い感触。

土を払うと紋章のようなものが見えた。

ソレを傷付けないように丁寧に掘り起こす。

土の中から出てきたものは、両手程の箱だった。

金属だろうか?陶器だろうか?高価そうな立派な箱が土に塗れている。

土を綺麗に払いきって、彼に手渡した。

「僕に知はありませんが、ただの国民には手が届かなそうな代物ですね。」

「ね。父さんは...何かを隠しているのかな。」

ソルト王は躊躇う素振りなく箱を開いた。

中には土や虫のひとつも入っておらず、湿った様子も無い綺麗な本が一冊入っていた。

その表紙には何か書かれている。

恥ずかしいことに全く読めなかった。

「なんて書いてあるのですか?」

「僕が愛したたったひとりの悪魔へ...。」

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僕が愛したひとりの悪魔 003 @_003

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