第23話

 雪鬼を乗せた船は、翌日の昼前には海景のいる離れ小島に到着した。

 前回訪れた時よりも、島の様子は活気に満ちている気がする。

 子どもたちの笑い声が響き、老婆たちも穏やかな顔つきで日向ぼっこをしていた。

 その中心には、若者や元気な老婆たちにテキパキと指示を出す海景の姿があった。


「こんにちは」


 雪鬼は忙しそうな海景に、声をかける。


「雪鬼さん、良い所に来てくれました。これから嵐になりそうなので、手伝いをお願いできますか?」


 焦った様子の海景は、荷物を運んでいた。

 その荷物を雪鬼に持たせると、子どもたちには建物内に避難するように伝え、のほほんと日向ぼっこする老婆の手を引く。

 荷物を持たされた雪鬼は驚きながらも、海景に指示されるまま荷物を倉庫に運んだ。

 しかし、今のところ天気は良さそうに見える。


 海景は子どもたちを寺子屋のような場所へ集め、元気な老婆と若者はそれ用の施設に連れて行く。

 病気の若者と老婆、子どもは病院のような場所にいるので大丈夫だ。


 元々は全員、質素なテントで雨風を凌いでいたが、海景は元気な者と病気の者を一緒にしておくのは衛生的にも良くないと、建物を自力で建てて分けたのだ。

 海景が取り急ぎ作った掘っ立て小屋なので、ちゃんとした作りではないが、それでも分けたことで衛生面は劇的に良くなった。

 風に耐えられるようにと、動ける者たちで急いで建物を補強する。

 まとめられていた荷物と、自分が持ってきた荷物を倉庫に入れた雪鬼も、建物の補強を手伝う。


 そんなことをしている間に、空には不穏な嵐の兆候が見え始めていた。

 遠くの空に暗雲が広がり、風が次第に強くなる。

 島の者たちは不安な表情を浮かべるが、海景は冷静に嵐に備える指示を出していた。

 雨風が強くなる中、本格的な嵐が来る前に建物の補強を終えることができた。


 海景は食料や薬品の備蓄を確認する。

 この島はかなり作物が育ちにくい環境である。

 人魚であるため、飲み水は海水でもよく、食料は海藻や魚介類が主だ。

 あとは海景がこの風土でも育つ生命力の強い薬草を育てているくらいだった。


「海景さん、大丈夫ですか?」


 いつもの表情を崩さない海景だが、どこか不安そうに見え、雪鬼は声をかける。


「ええ、雪鬼さんが来てくださり助かりました」


 海景は笑顔を作って見せる。

 しかし内心は嫌な予感に胸をざわめかせていた。


 この島に来て、嵐は何度か経験していた。

 しかし、今回はかなり大きな嵐になりそうな気がする。

 自分が建てた掘っ立て小屋が耐えてくれるか分からない。

 建物が壊れること自体はまた建てれば良いため構わないが、中の人に被害が出たらと思うと、海景は気が気ではなかった。



 雨は強さを増し、強風が吹き荒れ、木々の枝が不気味に揺れる。

 嵐が本格的に始っていた。

 嵐は激しさをどんどんと増し、離れ小島を襲った。

 やはり小屋にも被害が出始め、壊れた箇所を必死に補強する。


「怖いよ、先生」


 子どもたちは怖がり震えていた。


「大丈夫よ、先生がいるからね。寝ていたら嵐なんてすぐにどこか行っちゃうわ」


 海景は気丈に笑って見せると、子どもたちに子守唄を歌って聞かせた。



 夜が更け、雷鳴が轟く中も走り回り、指示を出す海景。

 雪鬼は海景の強さと優しさを改めて目の当たりにした。


「そっちはどう?」


「病院の方は直しました。病人たちに異変はありません」

「老人ホームの方も大丈夫です」

「子どもたちはよく寝ています」


 海景と若者数人、そして雪鬼は嵐が落ち着くまで、走り回っていた。




 明け方、なんとか嵐のピークを乗り切り、疲れ果てた海景が、冷えた身体を抱きかかえるように座り込んでいる。

 うとうとして、壁に頭をぶつけていた。

 雪鬼は彼女の隣に静かに座った。


「大丈夫ですか?」


 そう声をかけて頭を支える雪鬼。


「ありがとうございます。嵐はピークを過ぎましたが、まだ何があるか分かりません。寝てはいられませんね。雪鬼さんも一晩中ありがとうございました。他の方は寝ているので、雪鬼さんも寝てください」


 海景は眠い目をこすって起きようとする。

 周りには海景の指示で動いていた若者たちが疲れて寝ているというのに、海景はまだ寝ない気だ。

 自分が一番疲れているだろうに。


「鬼の俺の方が体力があります。俺が見張るので、海景さんは寝てください。何かあればすぐに起こしますから」


「そういうわけにはいきません。私が起きているので雪鬼さんが寝てください」


「いいえ、俺が見張ります」


 そう、少し言い合いになってしまった。

 海景は頑固である。

 そんな頑固なところも好きだ。

 海景はフッと笑って見せる。


「海景さん、あなたはこの島を、あなたの愛する人々を、一人で守り抜くつもりですか?」


 海景は、雨音にもかき消されないしっかりとした声で「はい」と答える。

 雪鬼は、そんな海景を抱きしめた。


「俺は、あなた一人にこんな思いをさせたくない。俺に、あなたと、この島を守る手伝いをさせてください。あなたの生涯を、俺に預けてください」


 嵐が過ぎ、雨音だけが残る中、雪鬼は海景への愛を言葉だけでなく、その行動と決意で示した。

 海景からの返事はない。


「海景さん、あの、嫌でしたか?」


 あまりに静かな海景にびくびくしてしまう雪鬼。

 しかし、抱きしめた身体を離そうとはしない。

 これは「良いよ」という意味だろうか。

 彼女の照れ隠しなのだろうか。

 俺はどうしたら良いのか。

 恋愛に慣れてない雪鬼はテンパってしまう。


「あの、せめて良いのか悪いのか教えてください。察しが悪いもので申し訳ありません」


 たどたどしく言う雪鬼だが、それでも海景の返事はなかった。

 流石に心配になった雪鬼は海景を離して見る。

 スヤスヤとよく眠ってしまっていた。

 雪鬼に抱きしめられた海景は、その胸の音に安心したのか、熟睡モードに突入してしまったのだ。


「海景さん……」


 たしかに「寝てください」とは言ったけれど、そんな一瞬で眠りについてしまうなんて。

 でも、俺の胸で安心して寝てくれたのなら嬉しいな。

 雪鬼はそっと海景をござに寝かせ、自分は耳をすませて危険がないかアンテナを張り巡らせる。

 海景が寝ている間に何も無いようにと警戒を怠らない雪鬼だった。

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