第24話
完全に朝日が昇ったころ、離れ小島には静けさが戻った。
雪鬼は、眠る海景を優しく起こす。
「海景さん、海景さん、無事に嵐は過ぎ去りましたよ。とても良い天気です」
「ん……」
目を開ける海景は、いつの間にかござで寝てしまっていたことに気付いて飛び起きる。
「ごめんなさい! 雪鬼さんは寝ましたか?」
「いえ、俺は鬼なので平気ですよ」
実際、二日三日寝なくても、雪鬼には支障はない。
逆に海景の寝顔を堪能できて得であった。
「見張りを任せてしまって申し訳ありません」
海景はひどくやらかしたという表情で、土下座しそうな勢いだ。
「本当に大丈夫ですから」
「このお詫びは後でさせてください。とりあえず被害状況の確認に行きます」
「俺も行きます」
「雪鬼さんは寝ていてください!」
一人で被害状況の確認に向かおうとする海景に、雪鬼はついて行く。
動き出した二人の立てた物音で、他の者たちも何人か目を覚ましたようだ。
村を見て回ると、避難していた建物は補強をして何とか立っているが、他の小屋はほぼ全壊である。
物資もいくらか流されてしまっていた。
その現状を見た島の者たちは落胆し、顔色を曇らせる。
しかし、海景には落胆した様子はなく、いつも通りの威厳を保っていた。
テキパキと指示を出し、復興作業に取りかかる。
だが、問題は山積みであった。
まずは建物をどうするかだ。
全て建て直す必要があるだろう。
しかし、この島は木々の育ちも悪く、大きな木はほとんどない。
流木が頼りである。
よりにもよって溜めておいた大事な木々が流されてしまっていたのだ。
食料は大丈夫だったが、海景はどうしたものかと頭を悩ませた。
それでも今できることをしなければならない。
「海景さん、俺、鬼島から色々持ってきたんですが、簡易テント式住居を持ってきたんですよ。あれは組み立ては簡単ですが、硬化させなければいけなくて、雨や風に当たると駄目になってしまいます。俺が見るに今日は大丈夫そうですが、今日は一日中晴れですか?」
「え!? 簡単テント式住居って何ですか!? 私の予報では明後日まで晴れの予定です」
急な雪鬼の言葉に、渡りに船である。
「テント式に建てられる手軽な住居です。陽の光で硬化させれば硬くなるので頑丈で強く、雨風にも負けることのない立派な住居になるんです。この島に良いかと思って持って来ました」
「そんな便利な物があるのね! 助かります。早速建てましょう」
空き地なら沢山ある。
「ええ、テント張りは簡単で子供でもできるものなので、みんなにはテント張りを任せましょう。俺は建物の撤去と瓦礫整理をします」
「指示をお願いします」
海景は雪鬼に指示を委ねた。
島の住人は元気な子供が6人、元気な大人が先生と雪鬼を含めて8人、元気な老婆が4人、病人が10人の計28人だ。
元気な子供たち6人は昨夜あまり眠れずに疲れ切っているので、寝かせる。
寝たきりの病人はそのままに、動ける病人と元気な老婆たちにテント張りを頼んだ。
雪鬼は瓦礫撤去や建物の解体は一人で行うつもりだったが、海景や元気な大人たちは雪鬼について建物の解体と瓦礫の撤去に参加する。
大きなテントを病人用、子供たち用、元気な老婆と大人用、そして倉庫用を建てる。
お昼前に三つのテントを建て終えた。
昼食は元気な老婆と子供たちで丸めたつみれ汁である。
食事を終えた午後から、動ける病人と元気な老婆には休んでもらい、倉庫用のテントを子供たちに建ててもらった。
その後は実習をさせる。
建物と瓦礫の撤去は夕日が沈む前に中断した。
まだ半分ほど残っているが、続きは明日で良いだろう。
テントの設営を昼前にほとんど終わらせることができたので、夕日が沈む前に硬化を終えたものがほとんどである。
倉庫だけ少し建てたのが遅くなり、まだ硬化が終わっていなかったが、住居は終わっているため、全員移動してもらう。
白いドーム型の建物には、窓もあり、快適そうだ。
子供たちは喜んでいる。
海景や雪鬼、元気な大人たちで病人を病人用建物に移す。
それから全員で大人用建物に移動した。
大人の中には男性は雪鬼一人である。
子供と病人の中にも男が一人ずついるが、子供や病人は良いとして、雪鬼が若い女性人魚と同じ建物を使用するわけにはいかないだろう。
「私は子供たちの建物で、子供たちを見ながら寝ようと思います。雪鬼さんも一緒にどうですか?」
大人用の建物に入らない雪鬼に気付いて出てくる海景。
「いえ、俺は外で寝ます。天気も良いので大丈夫です」
暖かく、快適であった。
「そうですか……今回は本当にありがとうございました。とても助かりました」
海景は雪鬼に頭を下げる。
「もう寝ますか?」
雪鬼は海景の顔を見つめる。
海景はそんな雪鬼を不思議そうに見つめた。
「一緒に少し散歩しませんか?」
雪鬼はおもむろに海景を散歩に誘う。
海景は断る理由もなく、雪鬼に並んだ。
「この島は人魚島が病人と孤児を隔離するために使っている島なんですが、最近は良くなる人もいるんです。回復した病人や成長した孤児が長距離を泳げるほどになれば、人魚島に帰ることができます。そういう人魚が隠れ住んでいるのが下級人魚部落なんですけど……人魚島の方がここよりは住みやすかったので。でも、今は回復しても残る人魚ばかりで、私の手伝いをしてくれるんですよ。子供たちも残りたいって言ってくれる子がほとんどなんです。でも、作物は育ちにくいし、病人がいる島なので元気になって泳げるようになったら人魚島に行った方が幸せなんではないかと思ったりもして、複雑な気持ちです」
海景は自分の思っていることを雪鬼に話す。
こんな風に自分のことを話してくれる海景は珍しく、雪鬼は聞き入っていた。
浜辺は波音が心地よく、空には満点の星空、隣には海景。
雪鬼は胸がいっぱいだった。
「何が言いたいかと言えば、私は一人ではないので大丈夫ですと言いたかったのです」
海景は止め処無い話になってしまい、困ったように雪鬼を見る。
雪鬼は一瞬、何の話だろうかと思った。
「雪鬼さんは『あなた一人にこんな思いをさせたくない。この島を守る手伝いをさせてください』と言いませんでしたか? 夢でしたか?」
海景は寝落ちる前の雪鬼の言葉を思い出していた。
返答をしようとしたが、急激な眠気におそわれ、耐えられずに寝てしまった。
雪鬼の胸がとても安心できたから……。
「俺の告白、ちゃんと聞いていてくれたんですね!」
「ええ、でも、私は一人ではありませんし、島を守る手伝いをしてくれる人もいます。ですから安心してください」
海景は雪鬼を突っぱねるようなセリフを言う。
「すみません、俺はただ貴女の側にいたい、愛しているんです。俺が嫌ですか?」
雪鬼は海景の手を掴む。
もし、嫌だと言うなら無理強いする気はない。
諦めるつもりもないが……。
「嫌いじゃありません」
「じゃあ側にいても良いですね。無理に俺を愛してくれとは言いません。いつか愛してもらえるように行動するだけです」
「なんで私にそこまでこだわるんですか。雪鬼様はこんな所にいて良い方ではないでしょう」
海景は雪鬼の告白に心を揺さぶられていた。
雪鬼がこの島にいるだけでどれほど心強かったか。
しかし、海景は雪鬼がこの島に留まることに不安を感じる。
鬼島の未来を担う雪鬼が、自分のような者と離れ小島で暮らすことは許されないのではないか、と。
そして、もし雪鬼がこの島に留まることを選べば、鬼島との関係が悪化しかねないと。
「冬鬼様の許可は得ました。引き継ぎもしました。俺はここで、海景さんの側にいたい」
雪鬼は海景を優しく抱きしめる。
嫌なら振りほどけるほどの強さだ。
「冬鬼様も、俺の決意を応援してくれています。もし人魚島の長に許されなかったとしても、なんとかします。俺は貴女を諦めない」
雪鬼は強い気持ちを海景に話す。
雪鬼の揺るぎない愛と決意に、海景は涙を流した。
「本当に? 私と貴方が愛し合うことは許されるのでしょうか……」
人魚島では虐げられ、一夫多妻制の末席に置かれ、旦那様にも一切愛されず、最終的に捨てられた人魚の私が、本当に雪鬼様に愛されているの?
「俺は有言実行する男として鬼族の間では有名ですよ」
まだ不安そうな海景の両手を取り、軽く口づける。
雪鬼はこの島を守っていくことを誓った。
二人は、嵐の後に満点の星空と月明かりを浴びながら、手を取り合って新しい未来を歩み始めるのだった。
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