12-7

『夕映、やったな!』


「え?」


 いきなり聞こえてきた、やたらと明るい声に度肝を抜かされる。

 受賞を逃したのに場違いな彼の声が脳裏に響く。不可解すぎて二の句が継げない私に、『大丈夫か?』と彼が心配してくれた。


「う、うん、大丈夫だけど……『やったな』ってなんのこと?」


『はあ? お前、まだ結果見てねえの?』


「見たよ。受賞できなくて落ち込んでたところ」


 私がそう言うと、瑠伊は「ああー……」とため息をついた。


『確かに、大賞や優秀賞をとれなかったのはすんげえ悔しいけど、でも奨励賞・・・もらえて良かったじゃん!』


「奨励賞……?」


 瑠伊に言われて、時が止まったかのような感覚に陥る。奨励賞、ともう一度優奈のお墓に向かってつぶやいてみる。


『ほら、よく見てみろよ。HPの下のほう。奨励賞って項目があるだろ』


 瑠伊の言う通りに指をスマホの画面でスクロールした。


「本当だ……!」


 そこには確かに、「奨励賞」というタイトルと、「惜しくも受賞を逃したが、審査員の心を動かした作品に授与します」という説明書きがあった。

 その下のいちばんめに、私たちの作品『海と空とユリと未来』が載っている。瑠伊が描いた絵と、私の短歌、それから私たち二人の名前が添えられていた。

 さらに、講評まで載っている。ゆっくりと目を通した。


『単に目に見えている風景を描くのではなく、ダイナミックに描かれた白ユリの向こうに広がる無限の未来を想像させられて、圧巻でした。作者の二人はまだ高校生のようですね。これから輝かしい未来へ羽ばたいてほしいです』


 顔も知らない審査員からの熱いメッセージに、思わず込み上げてくるものを抑えられなかった。涙が頬をすべり落ちる。優奈の墓石の前にポタポタと落ちたそれは、確実に、私がいまここにいることを教えてくれてた。

 そして、信じられないことが起きた。

 脳裏に、この絵の実際の風景が広がっていくのを感じたのだ。

 写真で見た風景を再現しているのではない。瑠伊と一緒に潮風園芸公園に行った時の記憶がざざーっと流れ込んでくるのを感じた。雨でぬかるんだ土、ペトリコールの匂い、二人で傘を差して並んで椅子に座ったこと、カフェでミートソースパスタを食べたこと。隣に彼がいることに言いようもない喜びと愛しさを感じていたこと。

 失っていたその日の記憶が、走馬灯のように駆け抜ける。その瞬間、胸に点いた灯火が、ぶわりと大きな光に変化した。

 希望だ。

 間違いなく、私が未来を生きていくための希望だと思った。


「瑠伊、私、デートの日のこと思い出したよ」


 震えながら電話口で告げる。瑠伊が『はい?』と間抜け声を上げる。それがおかしくて、ぷっと吹き出しながら話を続けた。


「潮風園芸公園に行った日のこと。瑠伊が一生懸命デッサンしてくれたこと。コンクールで落選する未来の記憶を見てしまったこと。あの日のことぜんぶ、思い出した」


 一瞬、二人の間に沈黙が訪れた。

 長い間があって、その間に瑠伊が私の言葉をじっくりと咀嚼しているのがよく分かる。突然記憶が戻ったと言われて信じられないのだろう。私だって同じだ。でも、頭に思い浮かぶ海と空と白ユリの風景は、間違いなくこの目で実際に見たものだ。


『ほ、本当か……? 本当にあの日のことを思い出したのか?』


「うん。突然のことで私もびっくりしてる。でも間違いないよ。瑠伊と一緒にデートに行ってすごく嬉しかったことも覚えてる」


『まじか。やった……やったじゃん、夕映!』


 もし、彼が今目の前にいたら、私の前でぴょんぴょんと飛び跳ねていそうだ。それぐらい、感極まった声が聞こえてきた。


「う、うん……! 嬉しい。本当にこんなことがあるんだ。私の記憶、一部分だけど戻ったんだ」


『夕映が強くなった証拠だよ。本当におめでとう』


 嬉し涙でぐしゃぐしゃになった顔を、瑠伊に見られなくて良かった。

 もう二度と戻ってこないと思っていた。失った過去は、もう手に入らないって。でも違ったんだ。奇跡は起こせる。強い気持ちさえあれば、どんな困難だって乗り越えることができる。

 大好きな親友の優奈と、恋人の瑠伊が教えてくれた。

 私は世界でいちばん、幸せ者だ。

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