12-2
「私も瑠伊のことが好きだよ。出会った時から今までずっと好きだった」
想いを口にするのが、こんなにも勇気のいることだなんて思いもしなかった。瑠伊の気持ちを知っていてもなおそう思うのだから、先に伝えてくれた瑠伊はやっぱり強い。
「……まじ?」
心底驚いた様子で、くりくりと瞳を動かす。その姿がちょっと滑稽でおかしくて、ついクスッと笑みをこぼした。
「こんなところで嘘つくわけないじゃん。誰かさんと違って」
「そっか……そうだよなー……って、誰が嘘つきだって?」
むっと唇を尖らせて彼が私に身体を寄せる。私は、ぷっと吹き出して、「きみだよ」とニタリと笑った。
「なんだと~言っただろ、全部夕映のことが好きだからだって」
「はいはい、分かったよ。ありがとう。私も大好き」
勢いづけて彼の腕に飛び込む。咄嗟の出来事だったので、瑠伊がわっと姿勢を崩して倒れそうになる。でも、ちゃんと私を受け止めてくれた。そのまま彼の唇が私のそれに触れる。初めてのキスは、思った以上に熱くてドキドキして、全身が溶けてしまいそうなほど甘かった。
「瑠伊、本当にありがとう。事故から守ってくれたことも、今までのことも全部」
「これからのことは?」
「それは未来の私が考える」
ちょっとだけ彼をからかうと、「ちぇ」と舌打ちをしつつも、瑠伊は嬉しそうに笑っていた。
「あ、そういえば、あの絵が完成したんだ」
思い出したかのように彼がポンと手を打った。
彼が傍に置いていたトートバッグから見慣れたキャンバスを取り出す。側面にところどころ手垢が付いていて、彼が何度もキャンバスを手に闘ってくれていたことを教えてくれた。
見せてくれた絵には、それはそれは美しい光景が広がっていた。
白ユリがいちばん手前。ダイナミックに描かれていて、たくさんの花の中でもいちばん前にあるものはカメラでクローズアップしかのように大きい。そこから遠近法で奥に行くほど花はだんだん小さくなる。魚眼レンズを覗き込んだかのような丸い構図になっているのも魅力的だった。
続いて背景には海と空。透明感あふれる水色の空に、その空の色を反射した美しい青。一つの色だけでなく、いろんな種類の青を重ねて描かれていることが分かった。実際の海よりも綺麗なんじゃないかと思うぐらい、きらきらと輝いている。瑠伊と見たこの景色を、私は覚えていないけれど、絵を見た瞬間ぱちんと思い出が弾けるみたいに、さーっと心に風景が広がっていった。
「すごい……」
圧倒されて、それ以外の言葉が出てこない。
どんな想いで色を重ねたの、とか。
実際に見た景色とどこをどう変えて描いたの、とか。
聞いてみたいことは山ほどあったけれど、今の私たちの間に言葉は必要ない気がした。この絵を通して垣間見える彼の心の音を聞く。耳を澄ませて対話する。この絵に似合う三十一音を思い浮かべる。やがて、頭の中に浮かび上がる言葉たちを声に出して紡いだ。
「“あおのそば見えない
私たちは真白湖で出会い、その青のそばで語り合いお互いを知った。
明日という未来は、明日にならないと見ることができない。不確定な未来を生きていくのは怖いけれど、未来が決まっていないからこそ希望が持てる。
あなたを想う気持ちは海のように広い。時々荒れるほどに激しく昂ったり、穏やかに凪いだりもする。
心の中にはいつだって白ユリが揺れている。あなたを想うこの気持ちは、真っ白なユリの花のように気高く尊いものだ。
「いい歌だな」
歌の意味を、声に出して説明することはしなかった。そんなこと口にしなくてもきっと伝わっている。私のすぐそばで、私を見守ってくれている瑠伊は分かってくれると信じている。
「俺たちの作品、完成したな」
二人で顔を見合わせてにっこりと微笑み合う。
瑠伊がキャンバスを空にかざすと西日がすっとキャンバスを貫き、絵の中の空と海が橙色に染め上げられた。
ここに来る前と、何もかもが違って見える。ふと視線を移すと真白湖の水面は西日により橙色に光り輝き始める。その幻想的な景色を、瑠伊と並んで見ていた。いつまでもいつまでも。飽きることなく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます