第十一章 きみと描く未来(瑠伊side)

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 ザザザ……

 夢の中にいるとき、まるで海の中を漂っているような感覚に浸っていた。

 無意識の中で微かに鼻を掠める薬品の匂いに、自分が病院のベッドで寝かされていることを、なんとなく理解していたように思う。それでも、心地の良い波に揺られて、海面に差す少しの陽の光を下から見上げていた。


 時は少し遡り、七月五日。


 夕映を助けて事故から目覚めたとき、自分の中に以前とはまったく違う記憶の波が押し寄せてくるのを感じた。事故に遭う前と目覚めてから圧倒的に何かが違う。何が……と振り返って、抜け落ちていたはずの中学時代の記憶が蘇っていることに気づいた。


「まさか……あの事故の衝撃で記憶が戻った?」

 

 失われた記憶がどのようにしたら元に戻るのか……今まで何度も医者に尋ねてきたが、はっきりとした答えは得られなかった。何か、記憶に関連する物事に触れた場合とか、記憶を失う原因になったストレスを取り除けた場合とか、いろんなパターンがあるらしい。俺の場合、再び頭部に衝撃を与えられたことで、記憶が舞い戻ってきたらしい。


 ナースコールを押して、看護師がやってきたあと、医者の検査を受ける。


「記憶が戻ったようですね」


 どうやら頭部の怪我はたいしたことがないらしく、それ以上に俺が失っていた記憶が戻っていることに、医者も驚きを隠せない様子だった。


 病院から連絡を受けた両親が急いで駆けつけてくれて、俺を心配そうなまなざしで見つめた。二人とも、「記憶が戻って良かったね」とは口にしない。

 俺にとって、失っていた中学時代の記憶はトラウマそのものだから。


『海藤の母ちゃんってガイコクジンなんだろ? そうか。お前もガイジンだもんな。だから髪の毛、金髪でも先生に許してもらえるんだ』

『海藤だけずるくない? てかガイジンのくせに海藤瑠伊って名前は日本人じゃん。やっぱ髪の毛染めてカラコン入れてんだろ』

『このクラスにガイジンはいりませーん。一人だけエコ贔屓されて調子乗りやがって』


 同級生たちからの心無い言葉は、いつ何時でもドス黒い墨を塗りつけた刃のように暗く尖っていた。何も感じないように、心を無にして登校する日々。

 高校に行けば、こいつらとおさらばできる。

 みんなが行かないような偏差値の高い高校なら、今までの人間関係をリセットして、また一からスタートを切れる。

 場所だってここじゃなくて、別の地域がいい。東京の有名私立高校ならどうだろう。学校で一人だけ推薦がもらえるという噂がある。そこに行くことができたら、もう誰も俺のことを外国人だからと差別することもないんじゃないだろうか。

 実際のところは分からないけれど、思い切って環境を変えて、新たな人生を歩み始めたかった。


 親には、「とにかく東京の有名私立高校に行きたい」という熱意だけを伝えた。学校でのいじめのことを話せば心配をかけるし、何より母親が自分を責めてしまうんじゃないかと思うとできなかった。


 両親は俺の決断を受け入れ、背中を押してくれた。塾に通わせてくれて、参考書もたくさん買ってくれた。ここから抜け出したいという強い気持ちが、俺を奮い立たせてくれたのだ。


 そして見事、俺は学校からたった一枠しかない推薦枠を勝ち取ることができた。

 これでみんなとも、今までの自分ともおさらばできる。

 希望に満ち溢れた世界で、日常の風景が明るく輝いて見えた。

 でも。


——なんで外国人のお前が推薦もらえて、俺が弾かれるんだよ!


 俺をいじめていた主犯だった男子が、再び俺に牙を剥いた。許せなかった。俺が推薦をもらったのは、外国人がどうだとか関係ない。俺の努力を認めてもらえたからだ。それなのに、どうして俺がこんなひどい言葉を浴びせられなくちゃいけないんだ——頭に血が上るのを自覚した瞬間に、彼の襟首に掴みにかかっていた。


 でも、喧嘩慣れしていない俺はあっという間に隙をつかれて突き飛ばされて、そのまま教卓の角に頭をぶつけて——。


 こうして俺は中学時代の記憶とともに未来を生きる希望を失った。

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