7-4
怖気付いたわけではなかった。
けれど、日曜日に瑠伊とデートをして以来、彼と会えていないのは事実だ。
瑠伊からはLINEで「今日は時間ある?」と毎日のように連絡が来ている。「短歌の調子はどう?」とも。一緒に瑠伊が描いている絵の進捗状況を写真で撮って送ってくれていた。デッサンが終わり、背景の色がうっすらとついたその絵は、潮風園芸公園で実際に目にした景色以上の迫力があり、完成したらさぞ美しいだろうと思った。
でも、彼の絵を見ても、短歌を考えられなかった。
五音、七音の一節はなんとか捻り出してみたものの、それ以上考えようとすると、心が思考に蓋をしてしまったみたいに、考えることを拒否するのだ。
そして今日。
瑠伊から「今日こそ会わないか」という誘いを断って、放課後、私は新幹線に乗って福岡まで来ていた。
時刻は午後八時。人通りの多い博多駅前にあるレストランで、みんなを待っていた。
向井さんに用事があると言ったのは本当で、今日は中学三年生の頃の同級生と軽い同窓会が行われる予定だった。わざわざ遠方の地元までやってきたのは、優奈との思い出を共有しているみんなと話すことで、少しでも彼女の存在を確かめたかったから。
「あ、夕映!」
お店の前で私を笑顔で出迎えてくれたのは、優奈とも私とも仲が良かった
「めぐ、久しぶり」
「夕映、遠かったでしょ。来てくれてありがとうね」
みんな、地元の高校に進学しているから、私だけが遠方からやって来た。私に合わせて、同窓会の場所も博多駅前にしてくれたらしい。その配慮に感謝しつつ、めぐとレストランの中へ入った。
レストランと言っても、いわゆるファミレス的な店ではなく、どちらかと言うと居酒屋に近い、個室メインのお店だった。大部屋に通された私たちは、ざっと二十人ほどの元クラスメイトたちを見渡す。中学を卒業してまだ三ヶ月程度しか経っていないので、正直それほど久しぶりという感覚はなかった。
「あー夕映にめぐだ。こっちこっち!」
智子ちゃんに促されるままに、私が智子ちゃんの右側に、さらに私の右隣にめぐが座った。私が二人に挟まれるかたちになった。
「よおし、これでみんな集まったか? 俺たちの青春にカンパイ〜!」
お調子者の男子が、立ち上がって声高らかにグラスを持ち上げる。中身はコーラ。私たちも、つられて飲み物を掲げる。たった三ヶ月しか経っていないのに、随分時が経ったみたいに、ふわりとした感覚に襲われる。
「ねえ、夕映は福岡戻って来たの、卒業以来?」
「う、うん」
智子ちゃんが早速話しかけてくれる。みんな、各々仲良しだったメンバーとすぐに談笑し始めた。料理はコースメニューらしく、注文せずとも勝手に運ばれてくる。私は、目の前のサラダを咀嚼しながら答えた。
本当は、瑠伊と一緒に一度優奈の家に行っていたらしいけれど、私にはその記憶がない。だから無難に頷いておいた。
「そっかー。どう? 引っ越し先での生活は」
「ん、楽しい、よ」
元クラスメイトのみんなは、私が優奈を失ってから一時引きこもりになっていたことをもちろん知っている。だから、高校で私が普通に生活できていると聞いて、智子もめぐも安心した様子で「よかった」と笑ってくれた。
「友達はできた?」
「……一応、できた」
「へえ、良かったやん! 女の子? 今度紹介してよっ」
ここで、男の子、なんて返す勇気がなくて、私は曖昧に頷いた。
「でもさ、本当に良かったよね。夕映、優奈が亡くなってからずっと塞ぎ込んどったけん。もう友達もつくらんっちゃないかって思って、ちょっと心配しよったもん」
めぐの言葉が私の胸をじっとりと湿らせていく。
友達もつくらないんじゃないかって思って。
実際そう思っていた。めぐの想像通り、記憶障害のことがなければ、私は今も瑠伊と知り合うこともなく、ひとりきりで膝を抱えていただろう。
「だよね。夕映と優奈、“ゆうゆうコンビ”でめちゃくちゃ仲良かったもんね。二年の時の運動会の二人三脚、二人のペアがダントツで速くてめっちゃ盛り上がったよね〜」
「そうそう! あれは引くレベルで速かった。息合いすぎてびっくりしたもん」
二人が、私と優奈の仲良しエピソードを語った瞬間、ざらりとした手で背中を撫でられた心地がした。
「……夕映? どうしたと?」
気がつけば短い息をハッハッと吐いて、額がぐっしょりと濡れていくのを感じる。
「夕映っ」
めぐが私の背中をトントンと軽く叩く。焦りを帯びた声がぐわんと耳に反響する。
知らない。
優奈と二人三脚をしたって……?
ダントツで速かったって。そんなの知らない。
同窓会に行くと決意した時から、こうなるかもしれないと予想はしていた。
みんなで優奈との思い出を語るうちに、どこかで記憶の欠落が浮き彫りになるかもしれないって、頭では理解していたのに。
でも、実際に目の前で失くしてしまった優奈との大事な記憶があることを突きつけられて、息ができなくなった。
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