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「リプ、だ」


 先ほど私が呟いたSNSの投稿に返信が来ているのだと分かった。フォロワー数が二桁しかないあのアカウントの投稿にリプをもらうのは初めてで、一体誰がどんな返信をしてくれたのだろうと気になる。


 そっとアプリを開いて返信欄を見てみると、そこには「ルイ」という名前で、ヨーロッパかどこかのカラフルな家が並んだ写真をプロフィール画像にしているアカウントからの返信が表示された。



【初めまして。突然のリプ失礼します。俺も、記憶喪失の症状に悩まされている者です。辛いですよね。自分が過去に何をしたのか分からなくなるのって。俺でよければ、話聞きますよ】



「記憶喪失……まさか」


 彼は私が投稿した『記憶喪失になっちゃったみたい』という投稿に反応をしてくれていた。

 ごくりと唾をのみこむ。この「ルイ」という人物が言う記憶喪失というのは、いわゆる一般的な記憶喪失のことだろう。私のように、過去の記憶を失う代わりに未来の記憶の映像が流れ込んでくるということはないと思う。けれど、少なくとも普通の健康な人間よりは同じ痛みを共有できると思うと、胸がドキドキとして、逸る気持ちを抑えきれなくなっていた。



【初めまして。リプありがとうございます。自分だけが悩んでいると感じていたので、共感していただけてとても嬉しいです】



 自分の特殊な記憶喪失の詳細については伏せておくことにした。変に気を遣われたくないし、対等に話したいと思ったから。

 返事はその後すぐに来た。



【ご返信ありがとうございます。悩みますよね……! あんまり他人に言えることでもないし、俺もよく一人で抱え込んではここに愚痴を書き込んでます(笑)でも同じ悩みを共有できる方を見つけて、今ほっとしてます】



 言葉を選んで返信をくれるルイという人物に、早くも好感が持てた。

 家族以外の誰かとこうしてまともに会話をしたのはいつぶりだろう。

 SNS上とはいえ、空っぽだった私の心に新鮮な水を注いでくれているような感覚にさせてくれる。


 

【ですよね! 私も一人で不安で不安で仕方なくて……。実はまだ家族にも言えてないんです。だから、ここで吐き出すしかなくて。ルイさんに見つけてもらって嬉しいです】



【そうなの!? ご家族には言った方がいいよ! ……って、すみません。思わずタメになっちゃいました】



【いえ、とんでもないです。あなたの言う通りだと思います。時期を見て家族に相談してみようかと】



 私の症状を聞いて困惑する母と父の顔が目に浮かぶ。それでも、ずっと隠しておくことはできない。いつか言わなくちゃ、と思っているところで背中を押された気分だ。



【そうしてみてください。あの、良かったらこれからもここで話しかけていいですか?】



 ルイからの提案に、じっと画面を食い入るように見つめてしまう。

 SNSで話をする関係——それは、「友達」に入るのだろうか。

 頭の中で、優奈の顔がちらちらと思い浮かぶ。優奈と一緒に過ごした二年と二ヶ月の時間が、今でも私の中で忘れたくない記憶として残っている。もし友達をつくったら、また優奈みたいに悲しいお別れをすることになるかもしれない。そう思って、これまで友達をつくるのを避けてきたんだけれど……。

 この人は、友達というより同志だ。

 そう自分に言い聞かせて、たっぷりと時間を空けたあとにこう返信した。



【はい、もちろんです。これからよろしくお願いします】


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