第1話 変化した世界

俺は、家の外を歩いていた。もしかしたら、記憶を取り戻すヒントが見つかるかもしれないと思ったからだ。それに、長い間ベットにいたから、筋力も落ちているだろうからな。


「川…か」


俺は河川敷に来ていた。そこから見える川は穏やかに流れている。まるで、時間の進みを可視化したようだった。


「ふぅ…」


河川敷に腰を下ろした。川を見ていると、心の中にある不安が水と共に流れていくように感じた。日の光は川を照らし、より一層輝かせている。


「…記憶をなくす前の俺も、ここに来たことがあるんだろうか…」


思い出そうとしても、頭の中には浮かんでこない。そのことが、俺をより一層不安にさせる。


『ここは大切な場所だったのではないか』


『ここでの思い出は、心の支えになっていたんじゃないか』


そんな不安が頭をよぎる。考えれば考えるほど、その不安はより強くなっていく。


「やめだ。今考えても仕方のないことだ」


俺はこの不安を振り払うように頭を振る。


「今はただ、この景色を…」


ふと、俺の頬を風が撫でた。その風は優しく、暖かいものだった。


「…ッ」


その時、俺の頭に軽い痛みが走った。一瞬だけ、河川敷で笑う2人の幼児の顔が見えた気がした。何かを言っていたが、聞き取れなかった。


「はぁ…」


俺はため息をつき、ほかのところへ行こうと立ち上がる。そして俺は、今も変わらずに流れ続ける川の音を背に、再び道を歩き始めた。


———————————————————————————————————


先ほどの河川敷から少し進み、店が多く立ち並ぶ場所に着いた。そのまま歩き続けていると、不意に1人のおばさんに話しかけられた。


「あら、優人君。今日はお買い物?」


とても優しそうな笑顔を浮かべた人だった。俺の名前を知っているということは、前にもあったことがあるんだろうか。


「いえ。今日は少し散歩でもしようかと思いまして」


「随分とよそよそしいわねぇ…。前みたいに…あぁ、そういえば、記憶喪失になってしまったのよねぇ…。かわいそうに…」


「…ッ!急用を思い出したので、これで失礼します」


俺はおばさんに背を向けてもときた道を早足で戻っていった。理由は分からない。ただ、あのおばさんの声を聴いていると、どうも虫唾が走る。自分でも驚くほどの不快感が体の奥底から込み上げてくるのだ。あの笑顔も、声も、全てが不愉快に感じる。理由は、分からない。


————————————————————————————


「ハァ…ハァ。ど…どうして、あの人は、一体…?」


商店街から離れ、またあの河川敷に戻ってきた俺は、思わず座り込んでしまった。理由が分からない不快感とは、想像以上に心を削るのだということが分かった。


「あの…大丈夫ですか?」


突然、後ろから声が聞こえた。驚いて声のした方を見ると、そこには日傘をさし、制服に身を包んだ少女が立っていた。俺は彼女の姿に思わず目を奪われた。その少女の姿を例えるなら、まるで雪のような印象を受けた。


「すみません…。大丈夫、です」


「それなら、いいのですが…。というか、どこかで見たことがあるような…」


その少女は俺の目をじっと見つめ、何かを思い出そうとしているようだった。


「あっ!あなたもしかして、Kismet Pulseの月島さんですか!?」


「…ええ。そうです。一応。今は活動を休止していますが」


「すご〜い!本物だぁ!まさか、この街にいたなんて!」


少女のイメージが先ほどのイメージから大きく変化した。先ほどの雪のような印象から一転して、太陽のような印象に変化した。その変化に戸惑っていると、少女がさらに捲し立ててきた。


「私、雪神陽彩ゆきがみ ひいろと言います!よろしくお願いしますね!月島さん!」


「よ、よろしくお願いします。というか、その制服って…」


「あ!気になりますか!?私が通っている帝星学園の制服なんです!」


「それは知ってるよ。俺もその高校に通っていたらしいからね。それに、妹がその高校に通ってるんだ」


「そうなんですか!?そういえば、隣のクラスに月島さんという方がいたような…」


「まあ、もし関わることがあったら、仲良くしてやってね」


「はい!もちろんです!…ところで、失礼かもしれませんが、月島さんって一体何歳なんですか?見た目的に、私よりも年下だと思っていたんですけど、妹さんが高校生なら、私よりも年上なんですか?」


唯華が言うには、俺は昔から年下に見られることが多かったようだ。何でも、かなりの童顔らしい。


「これでも一応19歳だよ」


「やっぱり年上なんですね…!大学には通っていないんですか?」


「大学は、海外に行っててね。もう卒業してるよ。飛び級ってやつだね」


「ということは、頭がいいんですね!すごいです!」


「ありがとう。でも、雪神さんだってかなり勉強は得意なんじゃない?確か、帝星学園ってかなりの進学校だったと思うんだけど」


「それはそうなんですが、私はかなり下の方の順位で合格したので、授業に置いてかれることがよくあるんですよね…」


「……もしよければ、俺が勉強を教えようか?」


俺の口からこんな言葉がこぼれた。初対面なのに、不思議だ


「いいんですか!?でも、ご迷惑じゃないですか?」


「迷惑ではないよ。この後やることもないからね。いや、無理にとは言わないけど…」


「お願いします!!」


「わ、分かった。どこで勉強する?」


「月島さんの家がいいです!」


「え…初対面なのに?」


「月島さんなら、信頼できそうなので!それに、妹さんともお話ししてみたいですから!」


「そ、そっか。じゃあ、今から行く?」


「はい!」


この少女との出会いは、色を失った俺の世界に大きな変化をもたらすことになる



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