第三章:炎に消えた永遠
語り:帝
月が澄み渡る夜だった。
かぐやが去ってから、幾度この庭に月が降りたことだろう。
それでも私は、今なお月を仰ぐたびに胸が締めつけられる。
――なぜ、あの時、何もできなかったのか。
掌の上で、不死の薬が淡い光を放っている。
かぐやが私に託した、永遠の命。
この雫を口にすれば、私は老いることなく、命尽きることもない。
けれど、その永遠に――彼女はいない。
「かぐや……」
名を呼んだだけで、胸の奥が空虚に沈む。
もしも彼女が隣にいてくれるのなら、この命はどこまでも続いていい。
だが、彼女なき世界で、何を願い、何を愛せばよいのか。
私は静かに決めた。
――せめて、この薬を、かぐやに近い場所へ捧げよう。
月に最も近い山の頂で、想いと共に燃やし尽くそう。
家臣たちは、口々に言葉をかけてきた。
「帝、その薬を……お飲みください」
「姫君を追い、再び巡り逢えるかもしれません」
けれど私は、黙って首を振った。
かぐやが遺したのは、ただ永らえるための薬ではない。
――彼女は、私に何を託したのか。
私は薬瓶を見つめる。
その光の中に、微かに彼女の微笑みが浮かんで見えた気がした。
「……この薬を焼けば、想いも消えるのだろうか」
否。
むしろ、この痛みこそが、彼女が確かに私のもとにいた証なのだ。
私は家臣を伴い、日本で最も高い山へ登った。
頂に立ったとき、夜空の月が手の届きそうなほど近くに感じられた。
「かぐや……私は、おまえを愛している。だから――」
言葉の続きは、胸の奥で燃えていた。
私は、薬の瓶を炎へと投げ入れた。
白い光が一瞬、炎の中で輝き、音もなく消えていく。
夜空に向かって細い光が昇っていった。
それは、かぐやの涙のようで――私の心を、そっと締めつけた。
「おまえのいない永遠ならば……私は、いらぬ」
その山は、やがて「不死山(ふじのやま)」――富士山と呼ばれるようになった。
続く~第四章(最終章)へ~
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