第二章:薬を託した夜

語り:かぐや


あの夜、庭は月光に満ちていた。

花々はかすかな光を宿し、夜露は宝石のように煌めいていた。


帝の瞳は、月よりもなお深く澄んでいた。

「かぐや……おまえが月に帰るというのは、真か」

その声には、深い悲しみがにじんでいた。


私は答えられなかった。

言葉にすれば、胸の奥から溢れてしまいそうだったから。


やがて私は、袖の中から小さな瓶をそっと取り出した。

それは、ほのかに輝く不死の薬――

私の想いすべてを込めた、一滴の祈りだった。


帝は瓶を見つめ、眉を寄せた。

「これは……?」

私はかすかに息を呑み、小さな声で告げた。

「……不死の薬です」


それは別れではなく、願い。

その想いを感じ取ってほしかった。


帝の指がわずかに震えた。

「これを飲めば、私は……」

続きの言葉を、飲み込んだ彼の横顔は、熱を帯びながらも、どこか寂しげだった。


私はそっと帝の手に触れ、微笑んだ。

もう、言葉はいらなかった。


空がいっそう白く輝き、私の身体が徐々に透き通り始める。

「かぐや……行ってしまうのか」

その声は、胸を引き裂かれるような切なさを帯びていた。


私はほんの一瞬、静かに首を振った。


――本当は、行きたくない。帰りたくない。

その想いを、伝えたかった。


光が私を包み込み、帝の姿が遠ざかってゆく。

その瞬間、私の胸の奥に浮かんだのは、たったひとつの願いだった。


――いつか、帝があの薬を飲み、私を追ってきてくれますように。

そして、再び巡り逢えますように。




続く~第三章へ~




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