第6話 時の修復者

『時の鼓』に意識を向けた三人は、激流のような時間の奔流に飲み込まれた。


無数の時代の断片が目の前を通り過ぎる。古代の神殿、中世の城、近世の町並み—そして、瑠璃と彩音が歪めた時間の傷跡が、赤い光となって脈打いている。


「あそこ」織音が指差す。「戦国時代……瑠璃が最初に時間を歪めた場所」


三人は赤い光に向かって降下した。


---


降り立ったのは、戦場跡だった。無数の武士が倒れ、血が大地を染めている。しかし、その光景には異様な点があった—死んでいるはずの兵士たちが、微かに息をしているのだ。


「生と死の境界が曖昧になってる」響が呟く。「瑠璃が恋人を蘇らせるために、死の概念そのものを歪めた」


織音と美月は手を繋ぎ、『時の守り手』としての力を発動させた。二人の鼓動が同調し、歪んだ時間の流れを感じ取る。


「ここにいる」美月が震え声で言う。「瑠璃の恋人……まだ、生と死の狭間で苦しんでる」


戦場の中央で、一人の若い武士が呻いている。致命傷を負っているにも関わらず、死ねずにいる。その周囲だけ、時間が異常に遅く流れていた。


「六百年間、死ぬことも生きることもできずに……」響の声が震える。


織音は武士に近づいた。


「もう、楽になっていいのよ」


織音が武士の手を取ると、その記憶が流れ込んできた—瑠璃への愛、戦場での死、そして永遠の苦痛。


「瑠璃……俺を……許せ……」


武士の最期の言葉だった。


織音と美月は力を合わせ、歪んだ時間を正常に戻した。武士はようやく安らかに息を引き取り、周囲の死者たちも本来の安息を得る。


戦場から赤い光が消えた。


---


次に向かったのは、江戸時代の大火事の現場。


ここでは彩音が、瑠璃を救うために多くの人々の運命を変えていた。本来なら火事で死ぬはずだった人を生かし、生きるはずだった人を見殺しにしている。


「歴史の流れが完全に狂ってる」響が顔をしかめる。「この影響は現代まで続いてる」


美月が炎の中に入ろうとしたが、織音が止めた。


「一人じゃダメ。必ず一緒に」


二人は手を繋いだまま炎の中に入った。熱さを感じない—時間の歪みの中では、物理法則も曖昧になっている。


燃え盛る屋敷の中で、彩音の残留思念に出会った。


「なぜ邪魔をするの?」彩音の声が響く。「瑠璃を救うために必要なことだった」


「でも、その代償で多くの人が犠牲になった」織音が答える。


「知ったことではない!」彩音の思念が激しく揺れる。「友のためなら、世界だって敵に回す」


美月が前に出た。


「私も織音の親友よ。その気持ちは分かる。でも……」美月は織音を見る。「本当に愛してるなら、相手を破滅の道に導いちゃいけない」


彩音の思念が静まった。


「私が……瑠璃を破滅に導いた?」


「止めることができたのは、あなただけだった」響が優しく言う。「でも、止めなかった。愛ゆえに」


彩音の思念が泣いているのが分かった。


「私は……瑠璃を愛していた。恋人としてじゃなく、大切な友として。だから……」


織音と美月は彩音の思念を包み込んだ。


「今からでも遅くない。一緒に修復しましょう」


彩音の思念が光に変わった。そして三人の力と合わさり、江戸の大火事を本来の歴史に戻していく。


---


最後に向かったのは、瑠璃と彩音が最期を迎えた場所。


古い神社の境内で、響の師匠が二人と対峙している。師匠の顔には、深い悲しみが刻まれていた。


「なぜここまで堕ちた……」師匠の声が震える。「瑠璃、お前は優秀な守り手だったのに」


「優秀?」瑠璃が嘲笑った。「優秀な守り手は、愛する人を見殺しにするものなの?」


「それが……守り手の宿命だ……」


師匠が剣を抜く。その手も震えている。


「待って」


織音が間に割って入った。現在の三人の姿が、過去の光景に重なる。


「まだ方法がある」


瑠璃と彩音が振り返る。


「誰……?」


「あなたたちの後継者」美月が答える。「そして、あなたたちを救いに来た」


響も前に出た。


「師匠」


師匠が驚いた表情を見せる。


「響……?未来からか……」


「はい。僕も、ようやく理解しました」響は師匠を見つめる。「憎しみでも義務でもなく、愛をもって止めるべきだったんです」


響は瑠璃と彩音に向き直った。


「あなたたちの行為は間違っていた。でも、その動機は理解できる。だから……」


響の体が光り始めた。


「僕の命と引き換えに、あなたたちを救いたい」


「響、だめ!」織音と美月が声を揃える。


「大丈夫」響が微笑む。「僕は調律師として、ようやく本当の役目を果たせる」


その時、『時の鼓』の光が三人を包んだ。織音と美月の鼓動が、響の心音と完全に同調する。


「一人で背負うなって言ったでしょう」織音が響の手を取る。


「私たちは三人で一つ」美月がもう片方の手を握る。


三人の力が合わさると、新しい可能性が生まれた。破壊ではなく、救済。消去ではなく、浄化。


瑠璃と彩音の魂が光に包まれ、歪んだ時間から解放されていく。


「ありがとう……」瑠璃の声が遠ざかる。「私たちにできなかったことを……」


「次に生まれる時は……」彩音の声も薄れていく。「正しい道を歩める守り手になりたい……」


二人の魂が天に昇っていく。その光が時間の傷を癒し、歴史を正常に戻していく。


---


現在に戻った三人は、時計塔の中で抱き合っていた。


『時の鼓』は今まで見たことのない安定した光を放ち、千夜町全体が温かい輝きに包まれている。


「やったね」美月が涙ぐみながら微笑む。


「ああ」響も安堵の表情。「瑠璃と彩音も、ようやく安らげる」


織音は『時の鼓』を見上げた。その表面に、新しい文字が浮かんでいる。


『三位一体の守り手』


「私たちの新しい称号ね」織音が呟く。


「一人の守り手、一人の調律師じゃなく……」美月が続ける。


「三人で支え合う、新しい形」響が締めくくった。


外では、千夜町の住人たちが家から出てきている。長い眠りから目覚めたように、生き生きとした表情で。


「これで終わり?」美月が聞く。


織音は首を振った。


「これは始まり。私たちの、本当の物語の」


三人は手を繋いだまま、時計塔の外に出た。


千夜町の街並みは、もう夢幻ではない。確固とした現実として、そこに存在している。


そして遠くから、新しい時代の始まりを告げる鐘の音が響いてきた。


それは『時の鼓』が奏でる、希望の調べだった。


三人の鼓動と完全に同調した、永遠のリズム。


守り続けよう。


支え合いながら。


時間と、愛と、すべての命を。


—了—

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千夜の鼓動 マスターボヌール @bonuruoboro

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