第43話「散歩道の影、先生の『美』の再燃

生徒会長として多忙な日々を送る夏希は、藤堂悠の事件を乗り越え、自分だけの「好き」を見つける旅を続けていた。藤堂は警察署から釈放されたものの、彼の歪んだ執着が完全に消え去ったわけではないことを、夏希は無意識のうちに感じ取っていた。しかし、その執着が、夏希の知らない場所で、新たな形で暴走しているとは、夢にも思っていなかった。

十河飛雄は、いつものように放課後の散歩コースを歩いていた。九九は相変わらず「ににんが……バナナ!」だが、彼の直感は、時に誰よりも鋭い。彼は、校舎裏の小道から続く、普段は通らない住宅街の路地へと足を踏み入れた。そこは、偶然にも新任教師・藤堂悠の自宅へと続く道だった。

ふと、飛雄の目に、藤堂の自宅の玄関先で、藤堂が幼げな男子中学生と親しげに話している光景が飛び込んできた。中学生は、可愛らしい顔立ちで、どこか儚げな雰囲気を持つ「男の娘」のようだった。藤堂は、その生徒の肩に手を置き、完璧な笑顔で何かを語りかけている。その光景は、一見すると微笑ましい教師と生徒の交流に見えた。

しかし、飛雄の純粋な直感が、その光景に微かな違和感を覚えた。藤堂の瞳の奥に、夏希に向けられていたのと同じような、異様な熱を感じたのだ。それは、まるで獲物を見つめるような、粘着質な視線。飛雄は、わたあめを頬張る手を止め、その光景をじっと見つめていた。

(あれ……なんか、藤堂先生、なっちゃん見てる時と、同じ目してる……?)

飛雄は、その違和感を胸に、散歩コースを後にした。

翌日、飛雄は夏希の生徒会室に飛び込んできた。彼の顔には、いつもの無邪気な笑顔の裏に、どこか真剣な表情が浮かんでいる。

「なっちゃん、昨日さ、散歩してたら藤堂先生見たんだ! なんか、すげー可愛い中学生の男の子と話してたんだぜ! なんだか、なっちゃん見てる時と同じ目してたんだ!」

飛雄の言葉に、夏希の胸に不安がよぎる。藤堂の事件は、夏希の心に深い影を落としていた。その影が、再び動き出しているのか。夏希は、飛雄の言葉に、思わず息を呑んだ。

夏希の隣でタブレットを操作していた雀堂天音は、飛雄の報告を聞き、即座に藤堂の行動パターンと夏希の幸福度データへの影響を再分析し始めた。

「十河先輩の報告は、藤堂先生の行動パターンにおける新たな異常値を示しています。お姉様の幸福度データにも、微細な下降トレンドが観測されました。これは、藤堂先生の執着が、新たな対象へと移行し、お姉様の心に間接的な負荷を与えている可能性を示唆します」

天音の分析は、藤堂の執着が完全に終わったわけではないことを明確に示していた。

放課後、御園絢人が生徒会室を訪れた。彼は、夏希の様子がいつもと違うことに気づき、飛雄の報告を聞くと、その完璧な笑顔の裏に、静かな警戒心を抱いた。

「藤堂先生が、新たな生徒に……。夏希くん、心配いらないよ。君の『美』は、誰にも汚させない。僕が、藤堂先生の動向を独自に探ってみる」

絢人は、夏希への恋心から、藤堂の行動に強い警戒心を抱き、独自に調査を開始した。彼の瞳には、夏希を守るという強い決意が宿っていた。

生徒会副会長・東雲は、飛雄の報告と天音の分析、そして絢人の動きを受け、学園の秩序を乱す新たな要素として、藤堂の動向を厳しく監視することを決めた。

「藤堂悠……。彼の執着は、学園の秩序を脅かす。生徒の安全を確保するため、生徒会として、彼の行動を徹底的に監視する」

保健室の先生・三葉薫も、夏希のメンタルケアの視点から、藤堂の再犯の可能性を察知し、生徒を守るために水面下で動き出した。彼女は、藤堂の過去の行動パターンを再確認し、新たな犠牲者を出さないための対策を練り始めた。

絢人と三葉先生、そして天音の協力により、藤堂の新たなアトリエ活動が突き止められた。旧美術室とは別の、藤堂の自宅に隣接する隠されたアトリエ。そこには、夏希の裸体画や彫刻に加え、新たに描かれた幼げな男子中学生のフルヌード画が、無数に並んでいた。その光景は、藤堂の欲望が、もはや夏希一人に留まらず、新たな「美」の獲物へと暴走していることを示していた。

(藤堂先生は、反省していなかった……。僕の『美』を『記録』するだけでは飽き足らず、新たな生徒の『美』まで……!)

夏希の心に、再び深い不快感と、そして怒りが込み上げてきた。彼の「モテ地獄」は、もはや彼自身の問題だけではなかった。それは、彼と同じように「美」を持つ生徒たちが、藤堂の歪んだ欲望の犠牲になる可能性を示唆していたのだ。

その夜、夏希は日記を開いた。

“藤堂先生の秘密が、また暴かれた。僕の知らないところで、新たな生徒が、先生の歪んだ欲望の対象になっていたなんて。僕の『モテ地獄』は、まだ終わらない。でも、今度は僕が、あの生徒を守る『王』になる。僕の『美』は、誰かに『剥製』にされるものじゃない。僕の『美』は、僕自身が、僕自身の『好き』で、表現していくものだ。そして、僕が、みんなを守る『王』になるんだ。”


藤堂の暴走する欲望は、夏希の男子校での「モテ地獄」に、新たな、そして決定的な波乱をもたらした。夏希は、自分だけの「好き」を見つけ、自己肯定へと繋げていくため、この見えない戦いに、生徒会長として、そして「王」として、立ち向かうことになる。

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